弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年11月 8日

伝統の逆襲

社会

著者:奥山清行、出版社:祥伝社
 かつては日本の技術が「猿真似」だと非難されることもあった。しかし今では、そんな批判があたらないということが世界的に認知されている。元のオリジナルが何であったのか分からないほど、完全に自分のものとしてマスターし、新たな日本の「オリジナル」となっているからだ。
 器用さと開発能力に加えて、日本の職人には大きな特徴がある。寡黙なことだ。
 トリノの塗装職人は、日本円にして年収3000万円を得ている。しかも、イタリアのマエストロは社会的地位が確立していて、周囲から尊敬の念をもって迎えられている。日本の大企業の役員に匹敵する。日本の家具メーカーのトップクラスの職人は、世界的に高い技術を持ちながら、年収は300万円ほどでしかない。
 著者は日本の美大を卒業したあとアメリカに渡りました。そこで、カーデザインを専門に学ぶ大学に入り、GMから奨学金をもらいました。1年間に350万円もの奨学金をもらっていたのです。ですから、卒業後、GMに入り、その研究センターに入りました。そして、1500人いるデザイン部において社内評価が3年続けて1位になったというのです。才能と努力、どちらもすごいですね。
 30歳のとき、ポルシェに移り、新型911のデザインにとりくんだ。そして2年後、またGMに戻った。4年後、イタリアのピニンファリーナに移った。フェラーリをはじめ、世界の名だたる名車のデザインをしている会社だった。しかし、給料はGMのときより3分の1に下がった。秘書なし、オフィスなし、肩書きなし。しかも、言葉も話せない。それでも移ったのは、自分の作品をつくりたい、残したいと熱望したから。
 うーん、すごいことです。若いからやれたのでしょうね。
 1995年にピニンファリーノに入ったとき、デザイナーはわずか5人だけ。この5人は1人ずつ独立して仕事をする。社長がそのうちの2〜3人のアイデアを選ぶ。選ばれたデザイナーは、プロジェクトの最後まで一人で関わる。ほかの人が手伝うことはない。勝者だけが次にすすみ、敗者には仕事がない。敗者はコーヒーでも飲みながら、勝者の仕事を見ているしかない。これは、デザインのようなクリエイティブな要素は、結局、個人の頭の中から出てくるもので、集団で議論してつくるものではない、という考えによる。
 仕事はムチばかりの恐怖政治では人は動かない。モチベーションを上げて、気持ちよく仕事をしてもらうのが本筋だ。ところが、欧米の経営者やマネージャーには、自分がいなくても成り立つような組織をつくろうとする人間はまずいない。逆に、自分がいなければ問題が起きる仕組みや、短期的に業績が上がって自分の給料も上がり、辞めたとたんに業績が落ちるような仕組みをわざとつくる。
 むむむ、そうなんですか。日本でも後者のようなことはあるんじゃないでしょうか。
 アメリカの特徴は、大きなスケールで「もの」をつくることが絶対的な善であると考えていること。ある程度の数がこなせてこそビジネスが成立するという考え方。だから、どうしても大量生産を主眼にした開発や生産に力点が置かれる。
 アメリカがインチ表記を続けている限り、緻密なものづくりは難しい。アメリカ製品が総じて大雑把につくられている最大の理由は、インチという単位にある。
 ドイツ人は不器用であるかわり、ひとつの仕事をするのに非常に時間をかけ、精魂を傾けて道具をきちんとつくる。
 イタリアは厳しい階級社会のため、名家の出身でもない限り、いくらがんばっても社会的に高い地位にはつけない。どうせ上には行けないのだから、今のレベルで楽しもうという「あきらめ」が根底にある。
 ヨーロッパにおけるイギリスの絶大な存在感。イタリアの上流階級は、ほとんどが子女をイギリスに留学させる。
 日本人は想像力に長けているおかげで、深い思いやりと洞察力をもっている。
 日本人の問題解決能力は非常に高い。課題が与えられたら、苦労しながらも、工夫と努力で解決してしまう。
 フェラーリは、社員3000人、年間の生産台数は5000台。ポルシェは10万台。フェラーリは2000〜3000万円台。
 2002年に発表したエンツォ・フェラーリは1台、7500万円。著者が最初から最後までデザインを担当した。これを349台、限定販売すると発表したら、世界中から 3500人もの顧客が押し寄せた。そこで、フェラーリは、申込金を預かったうえで審査した。年収、社会的地位はもちろん、レース経験、フェラーリの所持実績(2台以上もっていたか)など、ブランドにふさわしい人物を選んだ。投機目的の人を排除し、希少性を保った。
 いやあ、世の中にはすごい人がいるものです。たいしたものです。
(2007年8月刊。1600円+税)

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