弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年11月 6日

さよなら、サイレント・ネイビー

社会

著者:伊東 乾、出版社:集英社
 オウムには、きちんと整合、首尾一貫した教義は存在しない。金剛乗仏教だと言っているが、主神とされるシヴァ大神はヒンドゥーの神様だし、ハルマゲドンはユダヤ教、キリスト教そしてイスラム教の概念だ。典型的な新興宗教による教義の合金(アマルガム)。どんな非現実的なストーリーでも、自分たちは攻撃されているという被害者意識にとらわれたら、人は簡単に隘路におちこむ。
 麻原が説く潜在意識は徹頭徹尾「孤独」だ。人間として受け容れ、あるいは受け容れられるという豊かな経験を一度も持つことがないまま歪んだ松本の欲望は、自分を神聖な存在=グルと位置づけることで、それこそ顕在意識レベルの解消を図ろうとする。
 オウムの信者であった豊田亨は、東大でも最難関の物理学科を卒業した。その出家期間は、わずか3年にすぎない。オウム自作自演の「ハルマゲドン」を演出するために、東大卒の物理学者が必要だった。ただそのためだけの出家=拉致。いったん出家した後は、自身が関わってもいない「実験」の説明をテレビカメラの前でさせられたり、教祖に都合のよい会話の相手役をさせられたり、あげくの果てに、地下鉄に毒ガスを散布する実行役を押しつけられてしまった。
 どうして、東大でも最難関の理論物理学教室に入って勉強していた優秀な人物が、あんなエセ宗教に身も心もささげて、殺人までしたのか、本当に不思議でなりません。この本は、豊田亨の同級生の著者がその点を追究しようとしたものですが、私には今ひとつよく分かりませんでした。
 次に紹介するアフリカ・ルワンダの話は、すごいことだと思いました。出張したとき、私が福岡で見損なった映画『ホテル・ルワンダ』をたまたまビデオで見ることができました。権力を握った者の扇動によって大勢の人々が狂気にかられ、客観的には同じ民族を大量に虐殺していったというおぞましい事態のなかで、勇気ある人もいたという映画です。
 1994年の4月から7月にかけて、アフリカのルワンダでは、たった3ヶ月間に、 100万人の人々が虐殺された。主な凶器は鉈(なた)。ということは、その実行にも  100万人規模の人間が関わったことを意味している。治安が回復して、これらの人間を裁かなくてはいけなくなった。でも100万人の人間を殺した100万人の人間を再びすべて死刑にしたら、虐殺を二度くり返すことになる。本当に国が滅びてしまう。実際には、100万人の犠牲者に対して、1996年に22人の虐殺指導者を処刑したにとどまる。
 ルワンダ政府は、容疑者を4つのランクに分けた。第一は虐殺を計画した者、第二はそれを実行した者、第三は殺人は行わなかったが略奪などした者、第四は、自分の家族や財産などを守るために正当防衛した者。
 第一ランクの容疑者だけで3000人をこえてしまう。全員の処刑など、現在の国際世論が決して許さない。これらの容疑者を裁くために、「ガチャチャ」と呼ばれる伝統的な裁判が大量に組織された。地域の信頼される長老を中心に16万人の裁判官が選ばれ、1万2000の法廷がつくられた。2005年現在も、毎週土曜日に法廷が開かれ、いまだ裁判は終わっていない。
 ガチャチャは糾弾・断罪ではなく、和解と補償を勧めている。赦しは、ときに処刑より強い刑罰となりうる。すでに10万人規模の受刑者を抱えるルワンダの刑務所は、これ以上の犯罪者を収容できない。
 虐殺に関係した多くの人々は、灰燼に帰した祖国の土を耕し、家を建て、外貨を獲得できる作物であるコーヒーを育てる。日々、生きるために労働しながら、虐殺の実行者たちは、自分の行為のトラウマから逃れることは終生ない。
 すごく重い事実ですね、これって・・・。
(2006年11月刊。1600円+税)

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