弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2006年11月16日
私のように黒い夜
著者:J・H・グリフィン、出版社:ブルース・インターアクションズ
衝撃そのものでした。オビに、世界に衝撃を与えた幻の「奇書」と書かれています。「奇書」だというのには異和感がありますが、世界に衝撃を与えた、というのはなるほど、そうなのだろうと思います。
著者と、その周囲の人々は、この本を刊行したあと、いつ自分と家族が殺されるかと本気で心配したといいます。いえ、キリスト教やイスラム教の原理主義者から襲われるというのではありません。一見するとフツーの白人からテロ攻撃を受けるかもしれないと恐れたのです。
では、いったい著者は何をしたのでしょうか。白人の作家が紫外線で皮膚を焼き、白斑病の治療薬を飲んで黒くなり、顔に黒い顔料をすりこんで、頭もそって黒人に化けてアメリカ南部の町々を渡り歩いたのです。そうなんです。たったそれだけのことで、まるで別世界に入りこむのです。そこでは非人間として扱われます。黒人がアメリカで、どんな差別待遇を受けているのか、それを告発するレポートを書いたのです。おかげで白人至上主義から強烈な反発を喰らいました。それは、まさしく自分と家族の身の危険を感じるほどのすさまじさでした。
といっても、実は、これは今から34年前のアメリカでの話です。正確には1959年10月から12月、ミシシッピー州のニューオーリンズなど南部の町での体験記です。
黒人になったとたん、彼はトイレにも自由に行けなくなった。黒人用のトイレは町はずれの不便なところにしかない。普通の店には入れないし、トイレを利用するなんて、もってのほか。下手すると、水だってありつけない。黒人用トイレにたどり着いて、そこで水を飲むしかない。
一生この町に住んでいたって、調理場の下働きとして以外、有名なレストランには黒人は絶対に入れない。黒人は二流の国民どころか、十流の国民としか扱われていない。
ただし、軍服を着ている軍人、とくに将校はめったに差別をしない。これは、おそらく軍隊における無差別待遇のためだろう。
白人の女には、目を向けてもいけない。下を向くか、反対の方を向くようにするんだ。映画館の前を通ったとき、外に白人の女のポスターが出ていても、それを見てはいけない。
白人の男は、すべて、黒人の性生活について病的なまでの好奇心を示す。黒人は人並みはずれた大きな性器と千変万化の性行為の体験をもった、疲れを知らないセックス・マシーンであるという、判で押したようなイメージを心の底に抱いている。一見すると紳士の男たちが、相手が白人なら、たとえどんな社会の落伍者であっても示す遠慮というものを、相手が黒人ならば示す必要がないというのを見せつける。
白人のオレたちは、お前たち黒人に恩恵を施している心算(つもり)なんだ。お前たちの子どもに白人の血を分けてやってな。白人の男たちは、黒人の女を抱きたがっている。これは、それを合理化する言葉なのです。
このあたりのやり方を教えてやる。白人のオレたちは、黒人のお前たちと商売はする。それに、もちろん黒ン坊の女は抱く。しかし、それ以外は、オレたちに関する限り、お前たちは完全に存在しないも同然なんだ。お前たちがそういうこと頭に叩きこんでおけば、それだけお前たちは暮らしよくなるってわけだ。
著者が本を出してから受けとった手紙は6000通。そのうち、罵りの手紙はわずかに9通だけ。多くの好意的な手紙が最南部の白人から来た。これは、南部の白人は、一般に異端視されるのを怖れて隣人には隠しているが、実際には、見た目よりもはるかに立派な考えをもっていることを示している。しかし、彼らは黒人を怖れる以上に、仲間の白人の差別主義者を怖れている。
当時のアメリカ国民は、人種差別という忌まわしいことが行われていることを否定し、この国では、あらゆる人を人間としての特性で判断していると心から信じていた。しかし、この本は、それをまったく間違っているとした。
そんな真っ当なことを言うと、近所の人にアカ、つまり共産主義者と言われてしまう。だから、アメリカには勇気ある立派な共産主義者が少なからずいることを「証明」してしまった。
著者が恐れたのは根拠なきことではありませんでした。実は、一度、KKK団につかまり、容赦なく叩きのめされてしまったのです。それでも著者は生きのびて人種差別とのたたかいを続けました。1年間に7人の同僚・友人を失ったことがあります。そのうち自然死は1人のみで、残りの6人は殺されたのです。
こんな厳しい状況で敢然とたたかったわけです。さて、40年たって、いまのアメリカに人種差別は本当になくなったのでしょうか。好戦的なライス国務長官の姿を見るにつけ、アメリカにおける人種差別は手を変え、品を変えて残っていると私は思わざるをえません。みなさん、いかがでしょうか。
最後に付言します。ご承知のとおり、今どき白人、黒人とは言いません。アメリカ系アフリカ人とかアフリカン・アメリカ人と言います。でも、40年前のアメリカの実情を紹介した本なのですから、ここでは、この本にあるとおり昔ながらの白人と黒人としました。言葉だけ変えても意味ないからです。