弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年11月22日

藤沢周平 父の周辺

著者:遠藤展子、出版社:文藝春秋
 藤沢周平の一人娘である著者が父のことを語っています。ほのぼのとした味わいの語りなので、ゆっくり舌に文章をころがしながら味わいました。
 藤沢周平を私が読みはじめたのは、比較的最近のことです。山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」「隠し剣・鬼の爪」を見たころからでしょう。今度の「武士の一分」もぜひ見たいと思っています。封建社会のしがらみのなかで、必死に生きている人間の姿が、胸にぐっときます。そして、見終わったあと(本の方は、読み終えたとき)、なんとなく爽やかなのです。といっても、テーマは、案外、重たいものばかりなのですが・・・。
 今から30年前、弁護士になるころは山本周五郎を愛読していました。いま石巻で開業している庄司捷彦弁護士から勧められて読みはじめて、止まらなくなってしまったのです。周五郎の江戸下町人情話は実にいいですよね。なんか、こう、しっとりとした情緒があります。胸にじわっと沁みてきます。
 藤沢周平の本名は小菅留治(こすげとめじ)。山形県鶴岡市の生まれです。周平は省内方言でいうカタムチョ(頑固)でした。若いころ結核で療養生活を余儀なくされました。
 周平はギターもピアノも上手に弾けたそうです。教員時代に身につけたのです。
 著者の生みの母親は病死して、周平は後妻を迎えます。幸い娘とはうまくいったようです。周平の妻は秘書その他もろもろの用をこなしました。
 妻は仕事の進み具合を体重で分かるというのです。締め切り間際になると、体重が2キロから3キロは減ってしまうのです。妻は夫・周平の仕事をきちんとしているかどうか訊くため、「体重はいま何キロ?」と訊いたのだそうです。体重が減っていたら仕事をきちんとした証拠で、変わっていなければ仕事をしていないことになるというのです。まさに作家の仕事というのは、心身をすり減らすものなのですね。
 周平は自律神経失調症であり、閉所恐怖症でした。やっぱりそうなんですね。あんなにこまやかな性格描写ができるということは、自分の心身の状態にどこか不安がなければ無理だと私は思います。健康そのものの人に人間のゆれ動く心理描写がどれだけ出来るのか、私には疑問があります。
 著者の母、すなわち周平の妻の趣味は周平でした。冗談ではなく、本人が言っていたそうです。他に何の趣味も持たず、ひたすら周平のために尽くしてきました。たとえば、周平が原稿を書き上げると、誤字脱字のチェックをします。それも、周平の原稿用紙に直接書き込むのではなく、別の紙に何頁の何行目などと書いて編集の担当者に渡していたそうです。周平の原稿は直しの手が入ってない完成版だったそうです。よほど推敲していたのでしょう。
 周平の一日はとても規則正しかった。朝7時に起床。7時半に朝食。白いご飯と味噌汁。納豆、のり、チーズは毎日欠かさない。朝食のあと2階へ周平は上がり、妻が周平の仕事場に入ることはない。周平は2階に上がると、横になって新聞を読む。肝炎のため必要なことだった。
 午前10時、散歩に出かける。途中で喫茶店に立ち寄りコーヒーを飲む。
 午前11時に帰宅して、自分あての郵便物を受けとり2階へ上がる。1時間ほど仕事する。昼食は12時ちょうど。そのあと、また2時間は横になり、CDを聴きながら昼寝する。その後、夕方6時まで、みっちり仕事をする。夕食はきっちり6時にとる。7時半に風呂に入り、夜9時から10まで仕事をする。11時に寝る。
 作家は自由気ままな生活をしているより、規則正しい生活をしている方が偉大な仕事が出来ると誰か有名な人が言っていました。藤沢周平も同じだったんですね。私も、毎日、同じように過ごしています。大作家を夢見て・・・。
 土曜日(18日)から一泊で鹿児島に行ってきました。桜島が雨に煙っていました。

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