弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年11月 7日

階級社会

著者:橋本健二、出版社:講談社選書メチエ
 日本にも階級社会がある。日本は階級社会である。一昔前にこんなことをいうと、とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主とみなされかねなかった。1970年代から90年ごろにかけては、大部分の日本人が平等幻想・中流幻想にどっぷり浸かっていて、日本には階級がないというのは、とくに証明を必要としない自明の事実のようにみなされていた。
 ええーっ、そうなんだー・・・。私は驚いて、著者の年齢を急いで見てみました。1959年生まれです。団塊世代のひとまわり下というわけです。
 団塊世代の私が大学生のころは、労働者階級というのは厳然として生きた言葉でした。社会変革の原動力は労働者階級だと、私も信じて疑いませんでした。チャランポランな学生は、規律を身につけた労働者に学ぶ必要がある。先輩たちから、そう教わりました。ところが、セツルメント・サークルに入った私の目の前にあらわれる労働者は必ずしも規律正しい人ばかりではありませんでした。どこを、どう学んだらいいのか、正直いって戸惑いもありました。だから、階級意識を身につけろと言われても異和感があったのです。それにしても、日本が階級社会だというと、とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主だなんて、わずか10年で、すっかり世の中が変わっていたのですね。
 ところが、今や、またまた日本は階級社会だといって、何ら不思議でない状況になっている。100円ショップが急成長する一方で、高級ブランドも多くの客を集めている。「中流」の人々に支えられてきたダイエーや西友などの大手スーパーは凋落が著しい。自動車は、低価格の軽自動車とレクサスのような高級車と二極分化傾向をみせている。マンションも一般サラリーマン向けの売れ筋は4000万円台から3000万円台へ移る一方、都心にある1億円以上の高額物件の売れ行きが伸びている。
 エリート大学の入学者の大部分は高所得の家庭に育った、私立中高一貫校の若者によって占められ、勝ち組と負け組の格差は世代を超えて続いていくことになる。
 東京の下町と山の手の格差は大きくなっている。平均所得も高額所得も比率が際だって高いのは、千代田・港・渋谷の三区。ところが、墨田などの東部は低くなり、品川などの西部はほぼ現状維持。こうやって都内でも格差は拡大しつつある。
 1962年の日本レコード大賞は橋幸夫と吉永小百合の「いつでも夢を」、新人賞は倍賞智恵子の「下町の太陽」だった。それぞれ同じ題名の映画ができた。私は見た覚えがありません。この映画は、まさに当時の日本には厳然とした階級差があることを描いているのだ、とこの本は指摘しています。なるほど、と思いました。
 次に「巨人の星」「あしたのジョー」が取り上げられます。私も大学生のころ愛読しました。マンガ週刊誌の発売日が待ち遠しいほどでした。私の住んでいた大学の寮(駒場寮)では、寮生がマンガ週刊誌の廻し読みをしていました。
 この劇画原作者の梶原一騎は、東京・下町の生まれで、彼こそが常に階級にこだわり続け、上層階級を憎悪し、下層階級を擁護し、作品の中では、いつも下層階級とともに上層階級を打倒しようとし続けた、稀有な書き手だった。いやー、そうだったんですかー。ちっとも知りませんでした。なるほど、そうなんですね。愛読者の一人として、ご指摘はまことにごもっとも、と思いました。
 経済格差をあらわすジニ係数でみると、日本は、アメリカ、ポルトガル、イタリアに続いて経済格差の大きい国となっている。日本は平等な国だという一昔前の常識は、今ではまったく通用しない、いまや日本は貧困者の多い国なのである。
 フリーター、無業者層を特徴づけるのは、その下層的性格である。フリーターは、きわめて低賃金の労働者である。企業は、多くの若者たちを労働力の所有者とみなさなくなってきている。高卒者を採用しない理由にもっとも多いのは、高卒の知識・能力では業務が遂行できないから。肉体的労働力のみしか所有しない人々は、通常の労働条件のもとでは資本に収益をもたらさない。つまり、搾取不可能な労働力なのである。フリーター、無業者が増加したのは、企業が低賃金の非正規雇用労働者を広く活用する方針に転じたから。
 資本家階級の女性は4割、旧中間階級の女性は6割が、それぞれ同じ階級の男性と結婚している。つまり、結婚には階級の壁があり、同じ階級所属の者同士が結婚する同類婚的傾向がみられる。貧困化しているのは、女性たち、しかも一部の女性たちである。貧困の女性化、シングル女性への貧困の集中傾向がある。
 格差拡大を擁護する人々にとって、それを裏づける統計はない。むしろ、格差拡大の容認は人間に対する侮辱である。所得格差が拡大すると、社会的信頼感が損なわれ、連帯感や社会的結束が衰退してしまう。市場メカニズムによって形成された大きな格差を放置し続ける社会では、長期的には、人材を育成して適切に配分するメカニズムが崩壊する危機に瀕するだろう。
 人間に、人間の社会の流れを変えることのできないはずはない。労働時間の短縮こそが、そのカギである。うむむ、鋭い。何度も膝をうって、同感、同感と叫んでしまいました。

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