弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年10月24日

昆虫ー脅威の微小脳

著者:水波 誠、出版社:中公新書
 まさに、おどろき、驚異の世界、生命の不思議のオンパレードです。こんな本を読むと、生きていて良かった。ああ、そうなんだ、人間ばかりが万物の霊長なんて言って威張っているのはチャンチャラおかしい、そんな気がしてきます。
 著者は、前書きで本書を通して、日ごろ感じている昆虫の微小脳の面白さ、凄さの一端を伝えたいと書いていますが、たしかに、その凄さはしっかり伝わってきました。こんな大変な研究をして、それを分かりやすく伝えてくれる学者を大いに尊敬してしまいます。
 地球上の昆虫は登録されているものだけで100万種にのぼり、すべての動物種の3分の2を占める。熱帯雨林には1000万種をこえる未登録の昆虫が生息していると推定されている。昆虫は海にはほどんどいない。昔、浅い海を生活の場としていた甲殻類の一部が陸上への進出を試み、そのなかの成功したグループの一つが昆虫の祖先となった。
 昆虫が繁栄できたのは、一つに軽くて薄いクチクラからなる翅を獲得し、高い移動能力を実現したこと。二つは変態によって、成長と繁殖の完全分離を実現し、効率的な資源利用を可能にしたこと。三つには、花をつける植物(被子植物)と共生関係を結んだこと、にある。
 ハエには、哺乳類のような血管系はなく、すべての組織や気管は直接血管に浸されている。これを開放血管系と呼ぶ。血液は、背脈管という心臓の役割をする気管の働きによって、体中を循環する。ハエには肺もない。酸素は体の両側にある気門から気管系によって体の組織へ運ばれ、また代謝によって生じた二酸化炭素は気管系によって体外に排出される。小型のエンジンでは空冷式の方が水冷式よりも効率がよいのと同じで、ハエのような小さな動物では空気を直接組織に運ぶほうがはるかに効率がよい。
 ハエは翅を1秒間に300回も上下に羽ばたく。これによって、1秒間にその体長の 250倍も飛ぶ。これを誘導するのが複眼。複眼の視力(空間分解能)はヒトの眼より何十分の一と劣るが、動いているものを捉える時間分解能は数倍も高い。蛍光灯が1秒間に100回点滅するのをヒトは気がつかないが、ハエには一コマ一コマが止まって見える。だから、ヒトがハエを追っかけて叩こうとするとき、ハエにはスローモーションのように見えるので逃れることができる。
 昆虫の複眼も微妙に異なっている。トンボの複眼は、空を見る背側(上方)の部分にはサングラスがかかっていて、過度の光が光受容細胞に入るのを防いでいる。
 ハナアブでは、オスとメスの複眼の大きさも形も異なっている。オスは左右の複眼が正面で接していて、正面の物体を同時に捉えることができる。メスは、左右の複眼が離れているので、両眼視はできない。ハナアブは飛びながら空中で交尾する。オスは眼の正面にメスを捉えて距離を測りながら追尾し、タイミングを計って交尾する。メスは追跡行動しない。なーるほど、うまくできているんですね。
 トンボの複眼は、左右2つあわせても個眼は5万個。デジカメの画素数500万というのに比べると粗い。単眼は、空と大地とのコントラストを検知している。単眼は、空間解像力を犠牲にして、明暗の変化を感度良く受容できるようになっている。
 単眼は、ごく単純な情報しか検知できない。しかし、素早い行動の制御のためには、複雑な情報処理を行う複眼よりも圧倒的に有利だ。
 鳥の翼は前肢が変化したもので、昆虫の翅は胸部の背板が側方に伸びて生じたもの。起源がまったく異なる。
 ゴキブリの実験を紹介しています。
 ワモンゴキブリに、砂糖水を与える前に、特定の匂いをかがす訓練を2〜3回すると、匂いを嗅がしただけで唾液の分泌を起こすようになる。ええーっ、これってパブロフの犬の実験と同じではありませんか。哺乳類以外にも唾液分泌の条件付けが可能なんですね。
 ミツバチの有名な8の字ダンスが、実は真っ暗な巣箱のなかで行われるものであること、したがって、周囲のハチは視覚的に捉えることはできず、触覚にある音受容器によって音として読みとる。
 ひゃあーっ、そうだったのですか。ちっとも知りませんでした。てっきり、見て分かっているのだとばかり思っていました。長さも幅も高さも、わずか1ミリ以内という昆虫の脳って、かくも精密なものだったんですね。大自然の奥深さに驚きます。

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