弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年8月24日

華族事件録

著者:千田 稔、出版社:新人物往来社
 実は、この本は何年か前に買って(2002年7月発行)、どうせキワモノだろうとそのまま棚ざらしにしていたのです。でも、華族について別の本(「華族」、中公新書)を読んだこともあって読みはじめたところ、案外に真面目な本で面白く読めました。偉人の子孫たちが親の威光の重さに耐えかねて自沈していったケースのなんと多いことか、驚くほどです。
 最後の将軍徳川慶喜の子孫は事件や問題を起こす者が少なくなかった。四男厚は自動車でひき逃げ事件をおこし、弟は自殺し、厚の次男の妻は不貞事件で世間を騒がした。これは慶喜の子が多かったことにもよる。正妻との4人の子は死んでしまったが、2人の側室には、それぞれ6人の子どもをもうけた。
 西郷隆盛の子寅太郎は侯爵となった。その妻が大散財をして、家屋敷は成金へ9万円で売却された。昭和43年の佐藤内閣で法務大臣となった西郷吉之助は寅太郎の三男である。
 岩倉具視のあとは公爵家となって、公家華族の筆頭だった。しかし、家計のほうは火の車だった。具視の孫の具張(ともはる)は300万円という巨額の借金をかかえてしまい、行方不明になった。
 東郷平八郎の孫娘が家出をして、浅草雷門の喫茶店で女給として働くようになった。新聞に知られて大騒ぎになり、客から問いつめられて本人が実家に戻った。
 北里柴三郎の長男俊太郎は赤坂芸者と心中を図った。
 勝海舟は明治20年に伯爵になり、明治32年に徳川慶喜の10男精(くわし)を長男の長女の婿として養嗣子として、家督を相続させた。ところが、この精が昭和7年に自殺してしまった。その生前、華族くらい馬鹿らしいものはないと友人に言っていた。
 華族の子弟に赤化した者が少なくないのを知って驚きました。こんなにもいたのですね。
 大河内子爵の嗣子正敏の長男信威は18歳ころから左翼芸術に関心をもち、昭和3年に、全日本無産者芸術連盟(ナップ)の書記となる。昭和5年、父の正敏は貴族院議院を辞任した。この信威については、真面目な華族だから、社会問題に関心をもった、と書かれています。
 八条隆正子爵の次男隆孟(たかなが)は、東京帝大を卒業して日本興業銀行に入った。ところが、隆孟は、帝大時代から読書会、反帝同盟、新聞班などで左翼活動を始めていた。昭和6年10月、帝大前にいた学習院の在学生、卒業生を組織して弾圧下の日本共産党の資金源をつくる責任者となり、銀座の喫茶店で資金を共産党に渡していた。隆孟がとりこんだ学習院在学の華族とは、子爵松本貞宗の長男従五位直次、男爵山田貞春、男爵久本道秋の次男道春らである。女子学習院では、公爵岩倉具栄の妹靖子が含まれ、爵位をもたない者をふくめると男女30人あまりになる。たいしたものです。
 子爵森俊成の一子森俊守は明治42年生まれ。これは私の亡父と同じ生年です。東京帝大を卒業した。「資本論」読書会に入り、月3円を提供する共産党シンパとなり、赤旗などの共産党印刷物を配布していた。特別資金局の学習院班を結成し、ザーリヤの第二分隊長になる。昭和7年7月には、学習院班を片瀬、鎌倉、軽井沢、東京の四班に分けた。四班に分けることのできるほどの人数を獲得していたわけなんですね。
 公爵岩倉具春(ともはる)の三女靖子は学習院から日本女子大の英文科にすすんだ。純粋なクリスチャンだったのが、マルクス主義に傾斜し、ついに地下に潜った。靖子は共産党シンパとなり、資金を集め始める。上村従義男爵の嗣子邦之丞らと突撃隊を組織し、女子学習院の責任者となる。警察に検挙されたあと、転向したが、保釈されて実家に戻って自殺した。
 伯爵土方久敬(ひじかたひさよし)は左翼演劇活動にうちこみ、ペンネーム与志(よし)として、小山内薫らと築地小劇場をつくり、日本社会の現実を批判的にとりあげるプロレタリア演劇運動にすすむ。日本を抜け出し、パリ経由でモスクワに到着し、ソヴィエト作家同盟の大会で演説した。昭和8年には、共産党に6千円もの大金をカンパしている。これに対して宮内省は爵位返上の処分をした。戦後釈放されるまで与志は転向せず、戦後も劇場の演出家として活躍した。
 いやあ、すごいものです。華族の子弟にまで日本社会の悲惨な現実が見えていたことを意味すると思います。今の日本ではどうなんでしょうか。財界の大物や社長族の子弟に社会の現実は見えているのでしょうか。社会奉仕のボランティア活動をふくめて、社会改革の運動に身を置いている若者はどれだけいるのでしょうか。私は大学生のとき、セツルメント活動に4年近くいそしみました。地域の現実を見て、足を地に着けた活動の大切さを学ぶことができました。弁護士活動の原点として、今も忘れていません。

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