弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年8月18日

明治天皇の一日

著者:米窪明美、出版社:新潮新書

 天皇の一日を朝から晩まで刻明に紹介した本です。万能の独裁者というものが、実はいかに窮屈なカゴの鳥のような生活をしているか、よく分かり、大変面白い本です。これでは自由気ままに動きまわっている庶民に独裁者があこがれるのも無理ないと思えてきます。
 明治天皇の起床時間は午前8時。おひーる、という甲高い一声で関係者の活動が始まる。朝8時の起床をゆっくりしていていいな、と思う人もいるでしょうが、それは若い人のセリフです。年をとると早起きになるものです。私は毎朝7時に起床していますが、実は、朝6時前に目が覚めることがしばしばです。30代のころには絶対になかった現象です。ところが、天皇は目が覚めても勝手に床を離れることはできません。なぜなら、朝6時に天皇が「おひーる」になってしまったら、宮殿につとめる関係者全員の出金が朝6時を前提とした体系に変わるから。天皇の時間に対する几帳面さは、性格によるものではなく、周囲に対する配慮から。身分社会は上に位置するものが一方的に恩恵をこうむる社会ではない。
 天皇の寝室は朝陽の届くところにはない。奥まった一室にあり、窓もついてない。だから起きても、今朝は晴れているのか、曇っているのか、雨が降っているのかだって見当もつかない。なんだか可哀想ですね。
 天皇が目を覚ますと、侍医が健康チェックする。脈を計り、舌を見る。それはいいけど、検便が毎回されるというのが驚き(どうも、これは今も続いているようです・・・)。
 朝食は一人でとる。「おなかいれ」という。食事は、すべて当番侍医が「おしつけ」、つまり毒味をすませたもの。熱々の料理に舌鼓を打つというわけにはいかない。
 天皇は食事中以外、椅子にすわらず、一日中ずっと立ちっぱなし。
 明治天皇は下働きの者が自分の前に顔を出せないような旧来の制度を改めなかった。その一方、臣下に迷惑をかけたままで平気な人物でもなかった。そこで、天皇は自分が下働きの者の側へ行かない引きこもりの道を選択する。
 明治天皇が空箱を再利用したり、軍服に何度もツギをあてて古びたまま着ていたというのも驚きです。ところが、ダイヤモンドも大好きだったのです。うーん、人間って、やっぱり複雑な存在なんですね。
 天皇は、お風呂にも自由にははいれません。天皇の体を洗うのは女官です。いいなあと、ついうらやましくなります。でも、上半身と、下半身とを担当する女官が違うのです。ケガレの問題があるというのです。なんだか、信じられません。
 便器は、黒の塗箱で、モミガラを底に敷いて、その上に美濃紙を重ねて置く。これを検便する。検便が終わったら、皇居の堀に捨てる。なんということを・・・。
 明治天皇は刺身が嫌いで、鶏肉を軽くあぶって、熱燗のお酒をそそいだ鶏酒を飲んでいた。ヒレ酒のヒレを鶏にかえたもの。
 夜は皇后と寝るのではない。アンマとハリを好んでいた。それが終わると、女官(権典侍)は、日ごとに交代していた。一人の女性が天皇を独占することはできないというシステムだった。うーん、ここまで来ると、好き放題にやっていたというより、なんだか哀れな独裁者という気すらしてきます。

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