弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年7月18日

レンタルお姉さん

著者:荒川 龍、出版社:東洋経済新報社
 訪問して引き出そうとする相手が、仮に「ノー」だと拒んだとしても、それが100%の「ノー」だとは限らない。相手が口にした「ノー」のなかにも、いまの生活ではいけないという危機感にもとづいた、30%のイエスが隠れているかもしれない。そんなイエスを信じてがんばる。30%のイエスを、創意工夫で40%、50%へと大きくしていく。それがレンタルお姉さんの仕事だ。
 レンタルお姉さんという語感からは、何かいやらしいイメージを抱かせそうになりますが、これはまったくそういうものではありません。ニートとも呼ばれる若者たちを家庭の外へ、実社会の中へひっぱり出そうという仕事なのです。
 レンタルお姉さんたちは何かの資格をもったカウンセラーや医療関係者ではない。フツーの20代、30代の女性たち。レンタルお姉さんは、ともかく相手の言い分を受けとめる。受けとめることで相手を尊重する。けっして相手を否定しない。
 レンタルお姉さんの仕事は、ニートの若者と交流して、彼らが自宅に引きこもる生活をやめさせること。そして就学や就労に向けて新たな行動を起こさせること。それは、手紙、電話そして訪問という順序ですすめられる。最初に本人に会うまでに3ヶ月から半年。ひきこもりをやめさせ、新たな生活を始めさせるのに半年というのがひとつの目安となっている。手紙は手書きが原則。メールもダメ。
 彼らに社会に出るための練習段階として、NPO法人(ニュースタート)が運営する「若者寮」に入ることをすすめる。ここで同じような経験をもつ若者たちと共同生活をし、仕事・体験をしてもらう。寮生活は平均1年3ヶ月。最長2年。卒業生は、この7年間で500人をこえる。
 ただ、レンタルお姉さんと本人の関係が悪化してしまうこともある。あのレンタルお姉さんだけは絶対に許せないと、徹底して毛嫌いされることすらある。だけど、ひきこもり生活をやめさせ、新たな生活を始めさせることが彼女たちの仕事だから、ときには悪役に徹しなければならない。自分が嫌われても、本人の危機感をあおって家の外へと踏み出させる。
 訪問先の相手と仲良くなることは得意でも、引き出す相手に嫌われたくないと思う人では、レンタルお姉さんはつとまらない。
 自宅に引きこもって感情の起伏さえない生活を送っている若者が怒ったら、それは全身のありったけの感情を総動員して相手にぶつける最大限の自己表現。ひとつの前向きなシグナルととらえる。
 ところが、56歳のひきこもりも相手としている。もちろん、もはや若者ではない。本ニートと言うしかない。30年間も、家にとじこもっている人がいる。
 引きこもり生活が長くなると、表情を失っていく。まるで能面のような顔になった若者もいる。他人と話して喜怒哀楽の感情をつかう機会がないから。感情が退化すれば、表情も消える。声を出して話す必要がなくなるから、声も極端に小さくなる。言葉がうまく出てこなくなる若者もいる。私も司法試験の受験勉強を部屋に閉じこもって、一日中ほとんど人と話をしない生活をしていて、失語症になってしまったと心配したことがあります。つい、それを思い出してしまいました。
フリーターは213万人。ニートは64万人と推定されている。
 若者といっても、会社員経験のある20代、30代のニートが最近ふえている。退職型ニートと呼ばれる。30代は対応が難しい。この退職型ニートは社会人経験があるため、プライドも高く、自分をニートと一緒にするなと強く拒絶する。リストラや退職などの挫折体験と就職できないことへの焦りなどもあって、かなり精神的に屈折していることが多い。
 レンタルお姉さんは、訪問先の親とは極力コミュニケーションをとらない。
 親は、子どもの言動の揺れにふりまわされず、毅然とした態度をとる必要がある。しかし、たとえば、本人の意思を尊重するフリをして、父親として進路に迷う息子の方向づけをするという責任を負うことなく、問題を先送りしている親が多い。子どもと同じで親自身も孤独。親戚や近所づきあいもあまりない。世間体はあるので、子どもがニートだということを隠したい気持ちは強い。
 レンタルお姉さんが子どもを引き出しにかかれば、親はニートの子どもを家から押し出そうとする必要がある。その両方の働きかけがないと、ニートのひきこもり生活をやめさせるのは難しい。
 ニートの親の多くが、勤務先やパート先以外の社会との接点をあまりもっていない。会社と家との往復だけで、ろくに近所づきあいもない。親である前に、一人の人間として、自分の人生を楽しくネットワークやノウハウがとても乏しい。親自身があまり楽しそうに人生を生きていない。子育ては失敗が許されないもの、と考えている親が意外に多い。親子ともども失敗への許容範囲がとても狭い。
 ニートとは、実は親たち自信の問題でもある。だから子どもがニートになって自宅にひきこもると、親も相談できる人がいなくて、家族全員が社会から簡単にひきこもってしまう。うんうん、なるほど、そういうことだったのですね。よくわかりました。
 現代日本社会の実相がよく分かる本でした。
 街路樹でセミが鳴きはじめました。庭に早くもアキアカネが飛んでいます。日曜日、いつもより早起きして仏検(準一級)の口頭試問を受けてきました。いつも緊張します。5分前にペーパーを渡されます。2問あって、うち一問を選んで3分間スピーチをします。一問は、このところ子どもの虐待が起きているのをどう考えるかでした。こちらはパスして、二問目の勝ち組・負け組についてどう考えるかと選びました。メモをとらずに頭のなかで3分間スピーチをまとめるのって本当に難しいんですよ。昨年はまるでダメでしたが、今年はトツトツと話して、なんとか試験官と対話らしき格好はつきました。10分足らずのやりとりですが、たっぷり一日分の仕事をした気分になりました。

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