弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年6月28日

脱税、許すまじ

著者:渡辺房男、出版社:NHK出版
 タイトルだけみると、国税当局サイドの本かと思ってしまいますが、読んでみると必ずしもそういうものではないことが分かります。いったい税金は何に使われているのか、何のために増税がなされてきたのか、史実によって具体的に明らかにしているのです。
 それはともかく、この本には日本で税務署が誕生するまでの情景がよく描かれています。NHKディレクターをやっていたという著者の筆力には脱帽です。
 明治20年(1887年)3月19日。所得税法が交付され、7月1日から施行された。国民の反発を抑えるために、官の介入を可能な限り避けるべく、申告納税制度を採用した。必要経費を控除した所得金額が300円以上の富裕層に限定した。彼らなら所得をごまかさないだろうと予測した。所得税調査委員会がもうけられ、そこには質問、調査権が与えられた、しかし、一般の職員には認められなかった。そして、富裕層は正直ではなかった。
 明治25年(1892年)1月、2回目の衆議院選挙が実施された。当時は制限選挙であり、投票できるのは地租や所得税など直接国税15円以上の納税者のみ。つまり、年収1000円以上の人々ということ。投票は記名押印が義務となっていて、誰が誰に投票したか、すぐに分かる仕組みだ。
 明治29年(1896年)11月1日、全国各地に504の税務署が設置された。
 明治11年以来、地租の税率は地価の2.5%に固定されたままだった。明治政府はなんとかしてこれを引き上げたかった。日清戦争後しばらくは好況だったが、その後は景気も低迷していたため、租税の5割を占める地租に手をつけるしかない。ところが、有権者の大半が地主層なため、地租値上げ案は帝国議会で何度も否決された。それが原因で、松方正義、伊藤博文、大隈重信という三内閣が短期間のうちに倒れてしまった。
 明治32年、所得税法が改正され、税務署員に所得税の課税に関する調査権と質問権が与えられた。所得調査委員会は単なる諮問機関に格下げとなった。
 問題は税金のつかいみち。公平だろうが、不公平だろうが、税金は国家に吸い上げられるもの。増税はすべて軍艦や大砲のためのお金だった。これからも戦争のための増税が続くだろう。
 これは登場人物に語らせたセリフです。まさしく、そのとおりになりました。でも、今、小泉純一郎のもとで同じことがすすんでいますよね。歴史はくり返す、です。
 当時の選挙は普通選挙ではありません。有権者はわずか96万人。日本全国の成年男子の8%のみ。92%の貧乏人はカヤの外におかれていました。
 明治政府は朝鮮支配のために海軍の増強を図った。明治15年から、酒税とタバコ税を引き上げ、売約印紙税、証券印税、菓子税を創設し、しょうゆ税を復活させた。これらが、2664万円の海軍増強8ヶ年計画の財源となった。明治20年に新設された所得税も中国(清)との戦争にそなえた海軍拡張策のためのものだった。明治33年の中国での義和団事件の勃発で、酒税・砂糖消費税などの間接税を増やしていった。
 主人公は税務署の直税課長という職にあったエリートコースの道を歩んでいたところ、税制の矛盾に気づき、ついには一転して平民新聞の編集補助の仕事に就くようになるのです。
 小説としても大変面白く、税務署誕生秘話を手にとるように知ることができました。大牟田の永尾廣久弁護士の書いた「税務署なんか怖くない」(花伝社)も面白い本でしたよ。パート?、パート?あわせて1万2000部売れたそうです。まだ在庫がありますので、ぜひ注文してやってください。

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