弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2006年5月30日
戦後裁判史断章
著者:竹澤哲夫、出版社光陽出版社
著者は私の尊敬する弁護士の一人です。何度も講演をお聞きする機会がありましたが、いつも謙虚そのもので、真に才能があって、優れた実績のある人は違うなとそのたびに感服させられました。
弁護士生活55年をふり返り、これだけの本が書けるというのは、本当にすごいことです。私も、これで弁護士生活は32年目になっていますが、質量ともに、著者の足もとにも及びません。
まずは軍事裁判です。いま、裁判員裁判によって連日開廷が実現しそうになっていますが、終戦後のアメリカ軍による軍事裁判は週3日開廷、期日変更を許さない午前9時から午後3時までの審理でした。これは大変なことです。しかも被告人が18人(朝鮮人16人、日本人2人)もいたというのですから・・・。
軍事裁判は警視庁の5階で開かれた。連合国の旗を背景とするものの、裁判官も検察官も警備のMPも制服の米軍人だった。布施辰治弁護士が審理の冒頭で、「少なくとも朝鮮へ行ってきた裁判官は朝鮮人を裁判する裁判所を構成する資格はない。裁判の公正を期するが故に質問する」と前置きし、5人の米軍人裁判官ひとりひとりに対して「朝鮮へ渡って戦争に参加したことはないか」と質問した。その結果、2人が朝鮮での戦闘参加を認めて裁判官席から去った。これは、朝鮮戦争のさなかのことであり、朝鮮人に対して米軍はあたかも捕虜に対するようなさっきがちらついていた状況下のこと。南への強制送還は死を意味していた。何か戦場の延長のような一面をもった雰囲気のなかでの布施弁護士の、何ものにも臆しない、道理をつくした申立に強い感銘を受けた。
私は、この文章を読んで、本当に腰が抜けるほど驚いてしまいました。裁判官に向かって堂々と質問したこと、その結果、2人も裁判官が交代したなんて、とても信じられないことです。
騒擾事件として有名な平(たいら)事件の場合は、1951年秋から、毎週月火の2開廷を3週間続けて1週休み、月に6開廷のペースで3年続けたそうです。被告人は、なんと150人あまり。一審判決は全員無罪となりましたが、控訴審は逆転有罪となり、上告審は弁論はあったものの、上告棄却の判決でした。
平事件では、裁判所は平事件専門の部を構成しているから月8回開廷するという方針を変えようとしない。しかし、それでは被告人は生活ができない。裁判をそんなに頻繁に強行するのなら日当を出せと要求した。弁護人はそれはいくらなんでも・・・と絶句してしまう。
生活が苦しくて法廷に出られないという被告の訴えは、結局、裁判における当事者の対等を奪い、それは裁判の公開をも奪う。だから、当事者の対等を維持して公正な裁判をするには、月8回開廷というのは裁判所が間違っているという主張なのだ。先輩の岡林・大塚弁護士から指摘された。
裁判所もやがて徐々に被告らの真意や実態を理解するようになった。被告に日当を出せ、という切実な訴えは、裁判所が失対当局に裁判日当も日給を支給してほしいという行政的解決をもたらした。うーん、そんなこともあるんですね・・・。まったく考えられもしない発想です。
法廷において、弁護士同士のあいだには、経歴の新旧、長幼序はない。弁護人として公判にのぞむからには、それぞれが被告に対し、大衆に対し、たたかいの全体に対して責任をもつとともに奮闘するのだ。個人プレーは無縁だ。
著者はいくつもの再審無罪事件に深く関わっています。財田川事件というものがありました。そのなかに被告人の捜査段階の「自白」のなかに、「百円札80枚を逮捕されて押送途中に気づかれないようにポケットから取り出し自動車の外に投げ捨てた」というのがあったそうです。同乗警官が7人も8人もいるのに、札束を投げたのに気がつかなかったなんて、そんなバカな・・・、と思いました。でも、それで自白調書として堂々と通用していたというのですから、驚きです。
刑事弁護人の心構えとして、著者は先輩弁護士の話を引いています。テクニック以前の問題として情熱だ。この被告人がもし自分の兄弟だったら、自分の子どもだったらと考える。そうすると、情熱が湧いてくる。なるほど、ですね・・・。
徳島事件について、警察は一貫して外部犯行説であったのに、検察庁だけが妻であった冨士茂子さんを犯人として起訴した。実の娘も外部犯行説を裏づける証言をした。そして、母親とずっと一緒に生活していた。母親が「父親を殺した」のなら一緒に生活なんてできるはずがない。そして、その娘は、「私は裁判というもの信じていません」と証言し、再審には加わらなかった。徹底した裁判所不信を植えつけてしまった・・・。
いろいろ本当に学ぶところの大きい本でした。多くの弁護士に読まれることを願います。
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