弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2006年4月18日
信長は謀略で殺されたのか
著者:鈴木眞哉・藤本正行、出版社:洋泉新書
「信長の棺」(加藤廣、日経新聞社)は私も読みましたが、はっきり言って私は面白いとは思いませんでした。ですから、書評にも取りあげませんでした。小説として読みやすくはないうえに、史実とはかけ離れているとしか思えなかったのです。ところが、小泉首相が愛読しているとマスコミが取り上げたおかげもあって、みるみるうちにベストセラーになってしまいました。でも、マスコミの持ち上げ方も私には納得できません。本当に、みんな読んでから言っているのかなと、私は今でも疑問に思っています。
小泉首相は日本を精神的なレベルでズタズタに解体してしまった悪の権化だと私が毛嫌いしていることもあるのかもしれませんが・・・。
「信長の棺」は織田信長の家臣で伝記「信長公記」の作者である太田牛一を主人公としています。本書も、「信長公記」は信頼できるという前提で貫かれてしますので、両者のベースは共通しています。しかし、結論は正反対です。
本能寺の変の起きたのは1582年(天正10年)7月1日(旧暦では6月2日)未明のこと。信長は明智光秀の謀反と知ると、「是非に及ばず」と言った。これは「仕方がない」と解釈されてきたが、間違いだ。「何が起きたか分かったうえは、是非を論ずるまでもない。もはや行動あるのみ」というのが正解。なるほど、と思いました。信長は小姓たちと一緒になって最後まで戦ったのです。もっとも、そばにいた女性は逃がしたようで、そこから、信長の最期の様子が伝わっているのです。
7月1日の京都の蒸し暑い夜だったので、小姓たちは素肌同然で、弓や槍もなく、刀で戦った。甲冑を着用し、鉄砲や弓・槍で厳重に武装した1万3000の明智軍にかなうわけがなく、短時間で決着をみた。本能寺の戦いは明け方に始まって短時間で終わり、長男信忠が逃げこんだ二条御所の戦いは午前8時ころから1時間ほどで終わった。
著者は、光秀がいつの時点で謀反の決意を重臣に示したのかを重視して検討しています。結論としては、出動間近の亀山城内において、数人の重臣に告げたとしています。
光秀の三日天下という言葉があるが、実際には、11日天下だった。
明智光秀の人物像については、古典的な教養に富んだ謹直な常識人であって、勤王家でもあったというイメージが普及している。とことが、宣教師ルイス・フロイスの秀吉像は異なっている。
光秀は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあった。己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。また、築城することに造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主で、選り抜かれた戦いに熟練の士を使いこなしていた。
ここには、一筋縄ではいかない、有能で、したたかな戦国人らしい、戦国人としての光秀像が読みとれる。光秀は合理主義者であったから、信長とウマがあったので、重用されたのだという見方がある。
著者は、光秀が、信長打倒という点で一致しうる立場の重臣たちを動かし、自主的にことを運んだからこそクーデターは成功した。そこには黒幕の介在する余地などない、と断言しています。私も、なるほど、と思いました。
いろいろの謀略説があるが、クーデターが成功したあと、光秀の役に立つことをした者は誰ひとりいない。これが謀略説の決定的な弱点であるとする著者の指摘には説得力があります。
このほか、実行時期の見通し、機密漏洩の防止策の説明がないこと、裏付け資料がまったくないことも謀略説に共通する致命的な弱点だという点もうなずけます。
著者には「偽書『武功夜話』の研究」「鉄砲隊と騎馬軍団」などの本がありますが、いずれも私の目を大いに開かせるものでした。その鋭い指摘には感嘆するばかりですが、これこそ読書の醍醐味です。
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