弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年4月11日

ふふふ

著者:井上ひさし、出版社:講談社
 井上ひさしが中学3年のとき、本屋で英和辞典を万引きしようとして店のおばさんにつかまったという話に驚いてしまいました。あの井上ひさしが中学生のときに万引したんだって、えーっ・・・という感じです。とても信じられませんでした。
 ちなみに、私は万引したことは1度もありません。そんな勇気はありません。ただ、学生時代にはキセル乗車は何度もしました。生来、気の小さい私ですから、たった何十円かのキセルでも、いつ見つからないかとドキドキハラハラしていました。幸い一度も見つかったことはありませんでした。改札口を出るとき、前の大人のすぐうしろにぴったりくっついて逃げるように早足で出たこともあります。ラッシュアワーだったから見つからなかったのでしょう。でも、そんな重荷に耐えきれず、大学を卒業してからは一度もキセルをしたことはありません。車内で本を読むのに集中するには、そんなスリルは邪魔になりますから。
 万引を見つけられた井上ひさしは、おばあさんから、こうさとされました。
 これを売ると百円のもうけ。坊やにもっていかれると、百円のもうけはもちろんフイになるうえに、5百円の損が出る。その5百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を5冊も売らなければならない。
 うちは6人家族だから、こういう本を一月に百冊も2百冊も売らなければならない。でも、坊やのような人が月に30人もいてごらん。うちの6人は餓死しなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと、軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ。
 こう言ったあと、タキギを割っていったら、勘弁してあげるというのです。もちろん、井上ひさしは喜んで死にものぐるいでタキギを割りました。すると、おばあさんはおにぎりを載せた皿をもってきて、手間賃として7百円渡したのです。そして、そこから英和辞典5百円をとって、2百円の労賃と英和辞典一冊を井上ひさしにもたせました。欲しいものがあれば働けばいい、働いて買えないものは欲しがらなければいいという世間の知恵を手に入れた。井上ひさしは人生の師を得たのです。うーん、いい話ですね。
 本屋の万引率は2%といわれてきたが、最近は10%にもなる。店の利益は20%だから、その半分が万引でもっていかれる。これでは本屋の経営は成りたたない。そうなんですよね・・・。
 アメリカとフランスの大学入試(資格試験)の問題文が紹介されています。日本でも取りあげてみたらどうでしょうか。
 まずは、アメリカです。ここにあなたの一生を書きつづった一冊の伝記がある。その総ページ数は300頁。さて、その270頁目にはどんなことが書いてあるだろうか。その270頁を書きなさい。これまでの人生の総括と未来への展望が問われているわけです。すごい設問ですよね。私ならなんと書くのか、迷ってしまいます。次はフランスです。
 夜ふけにセーヌ川の岸を通りかかったキミは、一人の娼婦が今まさに川へ飛びこもうとするところに出会う。さて、キミは言葉だけで彼女の投身自殺を止めることができるだろうか。彼女に死を思い止まらせ、ふたたびこの世界で生きていく元気を与えるような説得を試みよ。
 この設問に対して、アンドレ・マルローは、「わたしと結婚してください」と説得するしかないと答えたのだそうです。なんともすごい設問であり、答えではありませんか。人生と社会の機微に通じていなければ答えられませんよね。
 小さな本ですが、さすが井上ひさしです。人生の知恵がぎっしり詰まっていて、苦笑、失笑、嘲笑、哄笑のうちに人生のあれこれを考えることができました。

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