弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年3月22日

働く過剰

著者:玄田有史、出版社:NTT出版
 かつての大学新卒の採用といえば、学生が特段の専門的な知識を身につけて卒業してくることを、採用する企業は長く求めてこなかった。むしろ、学卒者自身が知識で事前に武装するよりは、無地のキャンパスであることを望んだ。採用後に企業色に染めやすいことを求め、何らかの思考的な色づけを持った人物を回避するというのが、企業側の態度と言われてきた。
 即戦力志向とは、つまるところ、育成軽視の別表現にすぎない。即戦力偏重は競争力の低下につながる。アメリカの業績優良企業は、すべて即戦力重視といった素朴な先入観とは、あまりにかけ離れている。日本でも、不況下において成長している中小企業ほど、実は能力開発に積極的な場合が多い。
 偏った人間は何があっても、どこに出しても恥ずかしくないように、絶対に一人前にする。だから、将来そいつが独立したいとか、もっと別の世界で働きたいというのなら、気持ちよく送り出してやる。そんなやつがいる方が、後輩にこっても目標になっていい。
 30代男性ホワイトカラーの多くが、長時間働いていることの弊害として、職業能力の開発が困難となっている事実を指摘する。
 女性の活用が業績に結びつく。アメリカでは、女性の割合が高いほど、業績が高くなっている。日本でも女性の比率が高い会社ほど、高利益をあげている。
 非正社員に対する「使い捨て」意識が潜んでいる会社や経営者には、情報漏えいなどのきついしっぺ返しがくるだろう。そもそも正社員でも非正社員でも、社員が退職するときに、その会社や職場の責任者がどのように立ちふるまっているかは、人材の育成に限らず、むしろ職場の良好な雰囲気の育成にきわめて重要な意味をもつ。コンビニをみると、経営がうまくいっているお店ほど、店長がフリーターの育成に熱心に取りくんでいる。
 団塊世代は、日本の労働者史上、長期雇用とそのもとでの年功賃金の恩恵を一番に受けた世代であり、そして最後の世代になるだろう。正社員希望の傾向は、実のところ、若者のあいだできわめて強い。若者の正社員へのこだわりは、弱まるどころか、むしろ強まっているのが実際だ。雇われて働くのではなく、自らの力で独立して働こうという志向は若者のなかで急速に衰えつつある。独立というリスクのある働き方を多くの若者が希望しなくなるなかで、きわめて特異な存在であることが、若きIT長者への注目を集めている。
 ニートは、共通して人間関係に疲れている。ニートは、不透明で閉塞した状況のなか、働くことの意味を、むしろ過剰なほどかんがえこんでしまっていたりする。ニートが象徴するのは、個性や専門性が過剰に強調される時代に翻弄され、働く自分に希望がもてなくなり、立ち止まってしまった若者の姿だ。
 ニートが増えたのには、個性発揮や専門性重視を過度に求めすぎた時代背景がある。ナンバーワンになるのは難しいが、オンリーワンになるのだって簡単ではない。そんな現実のなかで、やりたいことがないので働けないと考え、自己実現の幻想の前に立ち止まってしまったニートを、時代の犠牲者と呼んでも言い過ぎではない。
 ひきこもる若者を引き出すには、生活のリズムをつかむこと。とにかく朝6時半に起きて、みんなで朝の散歩をする。それが、すべての始まりだ。身体を動かす。そして、それを継続する。仕事に一番大事なのは、なんといっても継続できる力だ。そして、たくさん失敗する体験を積むこと。小さいころから、負ける経験をたくさんすることが大切。親から期待されたという経験がない状態で育ってきたことが、積極的にやりたいことがない若者をうんでいる。
 いろいろ大いに勉強になる本でした。さすがは学者です。

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