弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年3月20日

お客さん、お会計すんでませんよね

著者:井崎弘子、出版社:新風舎
 スーパーでの万引事件を国選弁護人として弁護することがコンスタントにあります。覚せい剤の使用事件と同じくらいに多いのではないでしょうか。
 財布に何万円か入っているのに、主婦が2千円足らずの食料品の万引をくり返すというケースは決して珍しくありません。たいていは妻を無視する無理解な夫へのあてつけのようです。いえ、万引する行為自体がスリルという快感を覚えているのだろうと思われるケースもあります。
 私が腰を抜かすほど驚いてしまったケースは、30代の既婚男性が女性下着のみを万引していたというものです。彼は捕まるまでに、なんと段ボール箱に20箱ほども貯めこんでいました。狭いアパートの室内に積み重ねていたのです。女性下着を見ながらマスターベーションしていたようですが、なぜ終わったらすぐに捨ててしまわなかったのか、不思議でした。警察は、女性下着を庁舎3階の大講堂の床一面に広げ、その写真を証拠として提出しましたが、それは壮観でした。
 万引しようともくろんでいる怪しい人物の目の動きは自然ではない。きょろきょろと周囲をうかがっている。商品をあまり吟味せずにカゴに入れる。カゴの中を見ずに周りを見る。もっているバッグの口は、きっちり閉まっていない。
 万引を見つけたときには、相手の話をよく聞く。説諭にマニュアルはない。もしマニュアルどおりにやると、自分の心からの言葉でないから、相手の心にひびかない。
 説諭には慣れというものはない。大事なのは、相手の話をよく聞くこと。そして、気持ちをこめて話すこと。本人が万引の理由を言いはじめたときには、言葉を止めてしまうような質問をはさまず、最後まで聞く。理由をしっかり話させることによって、相手の気持ちをほぐす効果があるし、心を開いてくれる。
 結構多いのが内部犯行。スーパーの店員の万引、そしてレジ係の横領。店員がペアになって万引することがある。
 レジ係の不正で多いのは、返品の利用。いかにもお客さんが返品に来たかのように自分で返品の操作をする。レジで架空の返品代をうち、たとえば3000円を、自分のポケットに入れてしまう。
 内部犯行だと思うときには、関係者全員に面接する。そのとき、店員の手の動きでかなり分かる。手がよく動く人はやましいところがない。疑われることを怒っている人は、自然と拳を握りしめているし、大げさにかぶりをふるったりする。反対に、怪しいと思う人は手を机の下に隠したままでしゃべる。怪しい人はあまり話さない。
 レジの犯罪は案外多く、ひとつのスーパーで年間10人はいる。
 私も、スーパーのレジ係の横領事件を担当しました。返品を利用したのですが、2年ほどで2000万円もの横領額になっていました。そのお金はパチンコ代に消え、さらに莫大な借金をかかえてしまったのです。弁護士の実務にも役立つ本でした。

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