弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2006年1月24日
ブレア首相時代のイギリス
著者:山口二郎、出版社:岩波新書
数十分の演説によって政策の内容を説明して国民の理解を得ることなど、はじめから放棄している。むしろ、テレビCMと同じく、15秒ほどの短い時間で、印象的な言葉を断片的に叫び、国民の好感を得ることこそが重要となる。こうした断片的な言葉をサウンドバイトと呼ぶ。メディアに映るリーダーのイメージを管理するのは、スピンドクター(メディア政治における演出家、振付師)と呼ばれる人々。
リーダー個人の魅力やイメージによって国民の支持を動員し、選挙での勝利、重要政策の推進を図る政治の手法の拡大を政治の人格化と呼ぶ。この傾向がすすめば、国民は政策の中身をじっくり考えて判断するのではなく、特定の政治家の個性で政治の動きを正当化してしまう。人格化された政治は夾雑物を置かないといっても、テレビという媒介(メディア)が常にリーダーと国民との間に存在するのであり、直接的関係も仮想のものでしかない。
これって、まるで日本の小泉純一郎のやり方ではありませんか。でも、ここではイギリスのブレア首相のやり方のことが書かれているのです。まったくウリふたつですよね。
ブレアの下で党本部のコミュニケーション総局が力をもち、党幹部の演説・コメントなどすべてを管理している。政治家の言動は官僚的なコントロールに従った芝居のようなもの。細心の情報管理がなされている。
イギリスでは労働組合という最大の支持基盤を、日本では郵政族議員と特定郵便局長を、それぞれ自ら切り離すことによって一般市民の支持を得るという成功を、ブレアも小泉も収めることができた。既成政党に対する飽きが広がった状況においては、人格化されたリーダーによる既成政党攻撃という手法は、一度は大きな効果を発揮する。
しかし、このような政治の人格化がすすめば、権力の正統性根拠はカリスマに移る。そうなると、権力は属人的なもの、権力者の私物となりかねない。独裁の誕生を招いてしまう。
これはこれは、いまの日本でもまったく同じです。自民党をぶっつぶせ。そう叫んで国民の快哉を得て首相になった小泉純一郎は、自民党をぶっつぶすどころか、史上空前の巨大議席を占め、日本という国と社会そのものをぶっこわしつつあります。そして共犯者ともいうべきマスコミは、今なお小泉を天まで高くもちあげ、今や小泉が誰を後継者として指名するのかにだけ注目するなんて、まるでお隣の独裁国家と変わらない記事にあふれています。いつから、日本はこんな国になってしまったのでしょうか・・・。
イギリスには、かつて鉄の女と呼ばれたサッチャーがいました。中産階級出身から成り上がったサッチャーは、市場中心の「小さな政府」をつくるにあたって、社会などというものは存在しないと豪語しました。この世の中にあるのは、政府と市場と個人・家族だけであり、頼りとするのは自分と家族しかいないということ。くやしければ、がんばりなさい、というメッセージである。
しかし、そうだろうか、と著者は反問しています。人は生まれるときに、親や家庭の経済環境を選ぶことができない。貧困家庭に生まれた人は、はじめから機会を奪われており、機会の不平等は、今も階級格差の著しいイギリス社会では、個人の努力なんかではどうすることもできない。だから、機会の平等の確保は、まさに政府の任務だ。社会から排除された人が大量に社会の底辺に滞留すると、犯罪や反社会的行動の増加、それにともなう警察や刑務所の拡充など、秩序維持のコスト増加、労働力の質の低下と経済活力の低下、貧困の増加による国内需要の減少など、さまざまな問題が生まれる危険は無視できない。すべての人が社会に帰属し、参画することが、経済活力にとっても、人々がよい生活を送るためにも重要である。
著者のこの指摘に、私はまったく同感です。ホームレスを大量につくり出した社会では、安心してこどもたちを野外で遊ばせることすらできません。
それでも、ブレアは労働党です。日本の小泉とまったく違うのは、ブレアが首相に就任するにあたって叫んだ言葉です。私がやりたいのは3つある。それは、教育、教育、教育だ。この点です。それで、教育予算を増やし、教員の志望者が増えました。本当に大切なことです。もっとも、ブレアは、ひどい成績主義路線をとっているようなので、手放しで礼賛するわけにはいきませんが・・・。
今の日本の政治のあり方を考えるうえで、日英比較は大変参考になる。つくづくそう思いました。
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