弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2006年1月18日
ハードワーク
著者:ポリー・トインビー、出版社:東洋経済新報社
イギリスのジャーナリストが身分を隠して公営福祉団地に住み、最低賃金の職場で働いた体験をまとめ、告発した本です。
イギリス労働者の3割を占める低賃金労働者にとって、より高い収入、より充実感のある仕事への道は閉ざされている。派遣労働力に頼る民間企業は職場訓練に熱を入れない。このことを知って著者はショックを受けます。
イギリスでも組合の弱体化は著しい。公共部門の組織率は65%、民間部門にいたっては19%にすぎない。ストライキという武器が大衆の支持を得にくくなってきた。
つい先日、アメリカ・ニューヨークで地下鉄など公共輸送機関の労働組合がストライキに入り、ああ、アメリカでもまだストライキやってるんだと思いました。どうでしょう。日本ではストライキなんて、プロ野球選手会が何年か前にやって世間の注目を集めただけではありませんか。ホントに日本って、おかしな国です。労働三権の保障なんて、どこへ行ってしまったのでしょうか・・・。そう言えば、連合って、最近、ほとんど耳にしませんし、影が薄すぎますよね。もうひとつの全労連っていう言葉がマスコミに登場してくることもありません。
昔は労組も強かった。サッチャーが出てくるまでは・・・。あいつが炭坑労組はもちろん、イギリス中の労組をぶっつぶしちまいやがった。いまじゃ国のやりたい放題よ。なにもかも民間に移して、労組は頼りにならないし、俺たち労働者はふんだりけったりだ。
著者は、その仕事中に顔見知りの議員や記者に会ったとき何と弁解したらいいだろうと悩んでいました。しかし、誰も彼女に気のつく人はいませんでした。乳母車を押して歩く女など別世界の住人であり、数にも入らない。完璧な透明人間だ。
コールセンターや電話セールスの従業員は現代の奴隷船だ。電話セールスの従業員は 40万人以上もいる。イギリスの労働者の50人にひとりがコールセンターで働いていることになる。当然ながら従業員の入れ替わりは激しい。聴覚性ショックがこの産業の新しい職業病となっている。電話をかけ続けることによって、抑うつ症や大きな音に耐えられなくなる症状が現れる。たしかに誰でも、この仕事を数時間するだけでうつになりそうだ。
ときには小さなウソも必要よ。今は正直にしていたら損をする時代なんだから・・・。私は、このクダリを読んで、すぐに豊田商事のテレホン・レディーを思い出しました。時給1000円で彼女らは明らかにウソのセールストークをまくしたてていました。それにひっかかった人がいると、時給とは別に1件1万円とかの高額の報奨金がもらえるシステムでした。セールストークが本当なら、自分がやればいいのです。でも、テレホン・レディはそうしませんでした。明らかにウソと分かっていても仕事だと割り切って、電話をかけまくっていたのです。
幼いころに適切な教育の機会を与えることは、成長してからさまざまな援助金を出すよりはるかに役に立つ。貧しい家庭の子どもたちに就学前の2年間、集中教育を施したところ(リンドン・ジョンソン大統領のときの取り組み)、30年後の追跡調査によると、高等教育を受け、いい職に就き、家を持ち、社会保障の世話になったり、犯罪をおかしたりしない者の比率が、同様の境遇に育ち、このような教育を受けなかった者に比べて、はるかに高い。この計画に費やされた予算1ドルにつき7ドルも、国は、子どもたちが成長してからかかるはずだった費用を節約することができた。
3人に1人が大学に進学し、万人に門戸が開かれているいま、階級は消滅した。階級が消えたという思いこみは、私の世代から本格化した。しかし、底辺の30%がハシゴを上るのは難しい。貧しさのなかで育った子どもたちが貧しさから解放されるのもきわめて難しい。現代は平等な時代だというのは神話だ。しかし、この神話は必需品だ。この神話のおかげで、自分の生き方が正当化され、夜は安眠できる。
勝者が敗者の200倍もの賃金を稼ぐとすれば、蓄積した富と力は当然に子どもに引き継がれ、次の世代からは平等なスタートが切れなくなる。つまり、平等な社会を目ざすのであれば、機会と結果の二者択一は不可能だ。
いまの日本では、ホリエモンに見られるような勝ち組が異常にもてはやされています。でも、本当にそう簡単に勝った、負けたと浮かれていていいのですか。誰だって年をとれば「負け組」に近い存在、つまり弱い存在になるのですよ。身体が自由に動かない、思うことをきちんと表現できなくなるのです。そんな弱者を無用の存在と簡単に切り捨てる社会なんて、考えただけでもおぞましいものです。政治は弱者を救済するためにあるものでしょう。強い人は、お金の力で何でもできるのですから、そんな人のために政治まで動いてはいけません。
「ハローワーク」に、いつも行列ができていることを聞くたびに、企業と政治家は弱い者を救済するのがその最大の責任であること。強い人間は放っておいたら、とんでもないことをするようになるので、規制が必要であることを自覚して、その責任を果たすべきだと痛切に思います。