弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2005年12月26日
歴史学を見つめ直す
著者:保立道久、出版社:校倉書房
私と同じ団塊世代である著者は、10年ほど前から日本の歴史社会の構成について、封建制という概念は放棄すべきであると考えるようになったと言います。なるほど、本書はサブ・タイトルとして、封建制概念の放棄とあります。
日本の武士道を封建制にもとづくものとして対外的に紹介したのは、あの有名な新渡戸稲造が英文で出版した「武士道」でした。ところで、この本のなかで新渡戸はカール・マルクスの資本論を引用し、封建制の活きた形は日本に見られると注意を喚起したというのです。ええーっ、新渡戸とマルクスと、どんな関連があるのか、びっくりしてしまいました。私も学生時代に1度だけ「資本論」を通読し、さらに弁護士になってからもう一度「資本論」を読み直しました。正直いって、私には難しすぎて、よく理解できませんでした。今は、ともかくマルクスの「資本論」を読了したという達成感が残っているだけです。
この本は、マルクスは本当に当時(江戸時代です)の日本が封建制であると認識していたのか、その根拠は何であったのかを解明しています。マルクスは、イギリスの外交官であったオルコックの旅行記(日本滞在記)「大君の都」を読んで書いたのだが、この旅行記は、必ずしも信頼できるものではないとしています。むしろ、マルクスは、資料批判が必要なこの「旅行記」をふまえて、皮肉を述べていたのだとしています。そして、結論として、先ほど述べたとおり、日本の歴史的な社会構成は、封建制という用語ではとらえられないとしています。
著者は、また万世一系の思想というのは、中国(唐)そして朝鮮(新羅)の王朝が次々に大きく変わっていくなかで、日本ではそんなことはないという、きわめて新しい(当時としては、の意)イデオロギーであったことも明らかにしています。
中国や朝鮮において天命をうけた王の家系は百代にもわたって続くという百王思想に対して、日本では天皇は現人神であって万代にも続いていくというイデオロギーの表明であった。つまり、万世一系の思想というのは、日本内部で完結するものとして語られたのではなく、東アジア諸国との対比のなかで語られたものであった。うーむ、なるほど、百に対する万の違い、そういうことだったのかー・・・。
そもそも、奈良時代半ばまでの王権はきわめて神話的・未開的な色彩が濃く、天皇の神的血統は近親結婚のなかで再生産されていた。たとえば、天武天皇は兄の天智天皇の2人の娘と結婚した。天武王統は、天智天皇の血のまざった子どもに王位を与えようと固執したため、天武王統の男子はほぼ皆殺しされてしまった。少なくとも、8世紀半ばまで王族内婚制は生きていた。
「君が代」は古今集にのっているが、この古今和歌集は、10世紀初頭、醍醐天皇の権威が確立すると同時に、それを祝うために編集された、きわめて政治的なテキストである。つまり、「君が代」は醍醐天皇に対する天皇賀歌なのであって、単に目上の人に対する寿歌ではない。そこをあいまいにしてはいけない。ふむふむ、なるほど、そうなんですね。
この本を読んで、平安時代を始めた桓武天皇と朝鮮半島の結びつきの強さに改めて驚かされました。桓武天皇の母が百済王氏である高野新笠であるということは前から知っていましたが、桓武天皇が百済王家救援のために朝鮮半島への出兵まで意識していたとは知りませんでした。ただし、現実には、それよりも国内の陸奥への出兵を優先させたのです。陸奥の反乱をおさえた坂上田村麻呂も渡来氏族だということも知りました。ちょうど、あの有名なアテルイが活躍したころのことです。
そして、桓武天皇の3人の子どもの乳母も渡来氏族の出身でした。乳母というのを軽く見てはいけません。相当の実権を握る存在だったのです。まだまだ、歴史には解明されるべきことが多いことを知らされます。
著者は網野善彦氏を評価しつつ、同じ歴史学者として厳しく批判しています。長く網野ファンとしてきた私としても、はっと居住まいをただされるような内容です。
後醍醐天皇が破産するまでの天皇制は実際的な政治権力だが、それ以降は「旧王」としてイデオロギー的な権力に骨抜きになった。
網野氏は鋳物師などの商工民から漁民・杣人などにいたる実に多様な生業に携わる人々を非農業民として一括する。しかし、農業と非農業の複合構造の解明こそが必要である。などなどです。肝心なところを紹介する力がないのが申しわけありません。ともかく、網野史観が絶対正しいというものでないことだけはよく分かりました。
やはり、学問の世界は厳しいんですね。
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