弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年12月 9日

離れ部屋

著者:申 京淑、出版社:集英社
 現代韓国文学を代表する「自伝的」長編小説。オビにはこのように書かれています。
 不思議な余韻が心に残る気のする小説です。私にはとてもこのような文章は書けません。
 私は16歳の少女。パク・チョンヒ大統領の時代。ここは済州島。維新体制と緊急措置の撤廃を求める声がみちあふれている。
 ソウルへ兄を頼って少女は上京する。職業訓練院を経て電機会社の女工として働き始める。低賃金で無権利状態のなかで労働組合が結成され、誘われて組合員になる。しかし、やがて組合の支部長を裏切って学校に通うようになる。そして、念願の小説を書きはじめる。それがマスコミに注目され、インタビューを受ける。
 16歳の少女と、それから20年たって小説を書いている私とが交互に登場してきて、過去と現在の言葉が矛盾を感じさせないまま、見事な織物のようにつむぎ出され、読み手をアナザーワールドへとぐいぐいと引きずりこんでいくのです。実に不思議な感触です。時代背景もしっかり書きこまれています。たとえば、光州事件、ソウルでのデパート崩壊事件なども織りこまれています。
 18歳になり、19歳になった。私は書きつけていった。
 夏にこの家へ来ると、決まって食べたくなるものがあった。お芋のツルの皮をいちいちむいて、キムチのように漬けたものと、タニシ入りの味噌チゲ。
 身体の記憶力は、心の記憶力よりも穏やかで冷たく、細やかで粘り強い。気持ちよりも正直だからだろう。
 さあ、ためらっていないで飛び立つのよ、あの森の中へ。目の前に立ちふさがる稜線を越えていくのよ。はるかな夜空のもとで、星を目ざして高い木々の枝々で艶やかに眠るがいい。
 年々歳々、忘れることはないだろうから、いつかふたたび、新しい文章になって戻っておいで。
 最後に、著者は日本の読者のみなさんへ、という言葉を寄せています。
 小説というのは、互いに知らぬ者同士の間をたゆたいながら流されていく、帆船のようなものだ。その帆船に乗っているのは人間の物語である。
 ふむふむ。なるほど、そう、そうなんですよね、。どこに流されていくのか、よく分からないまま、みんなたゆたいながら流れていっているわけです。それを文章にして、元いた場所に戻っていき、また、現代にかえって、さらに生きていきたい、私もそのように痛切に願っています。

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