弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年11月18日

隠居の日向ぼっこ

著者:杉浦日向子、出版社:新潮社
 著者による見事な、ふっくらとした挿し絵が付いていますから、江戸の風情を目でも味わいながら洒脱なエッセイを楽しめました。
 月代(さかやき)というのは、江戸時代の武士の頭部にある、頭頂部を剃るものです。これは、戦国期に、兜を被ったときのムレによる、のぼせを軽減するためのものでした。平和な江戸時代にも、男子たるものの覚悟の証しとして、その風習が残ったのです。
 江戸時代、ほとんどの人は鍵とは無縁の生活をしていました。外出して家を空けるときも近所の人に一声かけるだけでした。大きな家では留守番をたのみます。夜、寝るときは寝込みを襲われないように戸締まりはしていましたが・・・。
 鍵は、おもに蔵か銭函のものでしたから、鍵を持つ人とは、金持ちか信用の厚い人の代名詞だったのです。ふーん、なるほど、そうだったのかー・・・。
 肥後守(ひごのかみ)。私にも、もちろん覚えがあります。筆箱には必ず入っていました。今では学校の持ち物検査で見つかったら先生に取りあげられてしまうのでしょう。でも、私たちのときには、子どもたちの必携品のひとつでした。なまくら刀でしたが、それで工作をし、鉛筆を削っていました。
 この本を読んでもっとも驚いたのは、江戸時代には、耳掻きもひとつの生業(なりわい)になっていたということです。金の耳掻き、銀の耳掻き、竹の耳掻きの三種があって、それぞれ値段がついていました。
 金の山、銀の山、お宝掘りましょ、竹もすくすく伸び栄えます。
 こんな文句を調子よく言って、路地路地を歩いていました。おっさんの仕事です。美女ではありません。掘った耳垢を披露するのですが、かねて用意の松脂(まつやに)の削り屑をまぜて立派な耳垢にして示すのです。
 ホホウ、これはこれは、見事たくさん掘りあてました。津々浦々、評判きこえわたり、お家繁盛、代々万栄、きっと間違いありますまい。こうやって褒めそやしたそうです。
 お茶の子さいさい、という言葉の意味も知りました。江戸時代の食事は1日7回ありました。おめざ、朝飯、茶の子、昼飯、おやつ、夕飯、夜食。
 茶の子はおやつと同じで、菓子そのものも指し、お茶の子さいさいとは、菓子をつまむように手軽なことをいいます。
 私より10歳も若い著者ですが、残念なことに本年7月、病死されました。漫画家としてデビューし、江戸風俗をテーマとしたエッセイなどがあります。本当に惜しい人をなくしてしまいました。

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