弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年11月 9日

戦争の論理

著者:加藤陽子、出版社:勁草書房
 いくつかの論文の寄せ集めなので、体系的な掘り下げに欠ける弱点がありますが、そこで指摘されているのは鋭い気がします。
 たとえば、日露戦争について、海軍は極秘版の「海戦史」をつくっていたが、そこでは敵前大回頭後30分だけの砲撃でバルチック艦隊が潰滅したという大艦巨砲主義はとうてい導き出せないとのこと。そうではなく、主力艦と巡洋艦隊が丁字と乙字の戦法でバルチック艦隊を攻撃し、その後の水雷艇隊と駆逐隊による雷撃が勝敗を決したというのが正確な理解だ。
 秋山真之は乃木希典率いる陸軍第三軍に一日も欠かさず書簡を送っていた。
 旅順の攻略に4、5万の勇士を損するも、それほど大なる犠牲にあらず。国家存亡に関わるところだから。203高地は旅順の天王山というより日露戦争の天王山。
 もともと参謀本部は、開戦前の計画にはなかった遼東半島南部の旅順攻略という支作戦などに貴重な兵員と武器弾薬をさきたくないと考えていた。陸軍側は旅順攻略に躊躇していた。その消極的な陸軍を督励し、膨大な犠牲を払わせて203高地を奪取させたのが海軍だったという事実は、陸軍への負い目の感覚とともに、海軍としてはできれば忘れたいことであった。
 うーん、そうだったのかー・・・。
 日本軍は、このとき独自の戦略を創造したと軍事史研究者は指摘している。それは、旅順の攻防戦を、単に陸軍の要塞戦としてみるのではなく、陸海軍の共同作戦とみる見方である。なるほど、そのように見るべきなのかー・・・。
 日露戦争のはじまる前に、日本側の指導者の大部分、政党勢力、国民は、開戦数ヶ月前までは、この戦争に消極的な態度をとっていた。ところが、一大飛躍があった。たとえば、のちに大正デモクラシーの旗手となる知識人の吉野作造は、日露戦争の開戦直後に次のように述べた。
 ロシアによる満州の門戸閉鎖は非文明である。世界の平和的膨張のためにロシアを打倒しなければならない。
 ええーっ、そんなー・・・。あの吉野作造がこんなことを言ってたなんて、ちっとも知りませんでした。話はまったく変わりますが、日本人は好戦的かどうかという議論があります。しかし、やはり一般的に決めつけることはできないようです。同じ吉野作造は、こうも言っています。
 日本社会には徴兵忌避を容認する気風が根強く存する。しかし、これは排すべきだ。日本の兵役制度は、貴族富豪の子弟について、事実上、兵役拒否を黙認しているが、これはけしからんことだ。
 でも、誰だって兵隊にとられて死にたくはないですよね。お金があればなんとか戦場に行かないようにするのは当然のことでしょう。もちろん、金と権力のある連中が戦場の後方でのうのうとしていて、戦争でもうかり、名誉まで得るというのを認めるというわけではありません。
 最後に、日本人が兵隊も民間人も、侵略した先の外地から速やかに9割以上も日本へ帰国できたことの意味も考えられています。侵略した先の国々でさんざんひどいことをした割には大半の日本人が帰国できたという裏には、中国人の寛大な人道主義もありますが、アメリカや蒋介石の思惑と都合もあったようです。この本を読んで初めて知りました。
 なかなか味わい深い本だというのが私の読後感です。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー