弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年11月 1日

プーチニズム

著者:アンナ・ポリトコフスカヤ、出版社:NHK出版
 ロシアの寒々としたというより、資本主義化したロシアの最悪面と軍隊の本質的悪をいやというほど認識させられる本です。これを読むと、資本主義万歳とか、軍隊に入れて性根をたたき直せという言葉が、いかに間違ったものであるか、よくよく分かります。
 まずは、資本主義国家ロシアの悲惨な実情です。
 1991年、事実上の市場経済が導入され、多くの人が大金を手にして、中流階級が生まれはじめた。ところが、今やそれが消え去っている。
 ロシアでの事業成功の3条件。第1に、最初に国家のおこぼれに与った者が成功する。つまり、国の資産をわがものにした者が勝つ。だから、現代ロシアの大企業の大半の経営者は、かつての共産党の特権官僚や共産党員だ。第2に国の資産をうまく手にしたら、当局と仲良くする。第3に治安機関と仲良くする。
 店舗を手に入れるためには、自分のお金で買う権利を役人に与えてもらわなければいけない。それがロシア式資本主義。ギャングにお金を渡すと、連中がほかのギャングや役人から守ってくれる。ギャングは本当に便利な存在だ。
 エリツィン時代のロシアに犯罪組織が生まれ、成長していった。現在のプーチン政権下では、彼らが国家の舵をとっている。プーチンは富の再分配は不可能であり、すべては現状のままであるべきだと語る。プーチンはチェチェンでは神、いや皇帝のような存在かもしれない。生殺与奪の権を有している。しかし、そんなプーチンもマフィアに手を出すのは恐れている。私たちの想像をはるかに超えて、ここではお金が力をもつ。利益が何百万ルーブルという額になったとき、人の命や尊厳など無価値に等しい。
 ロシア人はマフィア同士を比べて、よりましな方を尊敬する。こっちより向こうの方が性質(たち)が悪いから、と言って。
 法は無法の前にあまりにも無力だ。国民が受けられる司法サービスは国民の属する階級によって決められる。社会上層部、つまりVIPの身分はマフィアや新興財閥が占めてしまっている。持たざる者には、もともと司法などない。
 プーチンが権力の座に就くと、権力機構のあらゆる椅子にKGB出身の人物が座ることになった。6000人を超すKGBなどの出身者がプーチンに続いて表舞台に躍り出て、現在では、ロシアの最上層部にひしめいている。
 プーチンの権力の強大化には西側も手を貸している。イタリアのベルルスコーニ首相だけでなく、ブレア、シュレーダー、シラクの支持を取りつけているし、ブッシュも何ら批判しない。プーチンは、この4年間、政策を国民に説明したこともない。
 プーチンの得意技は軍隊式の独白。階級が下である限り、口を閉ざし、偉くなってから独白しろ。同意するそぶりをするのは部下の義務なのだから・・・。
 まだ日本はここまでひどくはないと私は思います。でも、資本主義万歳を叫んで、弱肉強食のどこが悪いとうそぶきつつ、勝ち組・負け組という小泉流の政治改革をこのまますすめていったら、日本もそのうちロシア式の最悪の資本主義国になってしまうでしょう。
 次にロシア軍の実情。
 兵士が群れをなし、ときに小隊や中隊単位で毎週のように脱走している。2002年の1年間だけで、500人という大隊規模の兵士が暴行によって死亡した。
 兵士は将校の奴隷なのだというのがロシア軍の伝統だ。このロシア軍は常に国家の根幹をなす柱だった。そこは、今も昔も、有刺鉄線に囲まれた強制収容所そのもの。兵士たちが裁判もなく投獄され、将校たちが気まぐれに決めた刑務所並の規則がまかり通っている。
 軍隊の将校は2つに分かれる。一方の現場の将校は、実際に戦闘に参加し、己の生命をかけて山中をかけ巡り、雪や泥の中に何日も身を隠して過ごす。多くは何度も負傷している。もう一方は、すばやく出世する。世の中をうまく泳ぎ切り、別荘などを手に入れる。
 この本には、ロシア軍大佐がチェチェン人の若い民間人女性を村から軍をつかって誘拐し、強姦したうえ殺した事件を、ロシア軍がチェチェンの女狙撃兵を逮捕したところ抵抗したので殺した、このようにごまかそうとした事件が紹介されています。この事件は西側が介入したため、なんとかプーチンによって有罪とされました。
 でも、これって、かつての日本軍も、そしてアメリカ軍もしてきたことではありませんか。軍隊というのは、そういうことをするものだし、軍人による犯罪をかばい、むしろ賞賛すらする組織だというのが本質です。
 本当に背筋まで凍ってしまうほど恐ろしい本です。だからこそ一読をおすすめします。

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