弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年10月 7日

江戸の男色

著者:白倉敬彦、出版社:洋泉社y新書
 男色(なんしょく)は、日本では奈良・平安時代の公家・僧侶の社会、鎌倉・室町の武家社会、そして江戸時代には庶民をもふくんで連綿と続いてきた性風俗です。
 織田信長と小姓の森蘭丸の関係はあまりにも有名です。これは主人と小姓との間の忠義(主従関係)と、武士間の年長者と年少者との念契(男色上の契約)という二重契約が成立していたと著者は指摘しています。武家社会では男対男の関係が、女色に優先していたという特徴があります。
 江戸時代、男色は梅の香のごとく清らかに芳(かぐわ)しい、というのが当時の主張(考え)であったそうです。とても本当だとは信じられません。
 この本にはたくさんの浮世絵、いわゆる笑い絵です、が紹介されています。いずれも、男色がいかに横行していたかということを意味しています。
 江戸時代、上級の武士たちが若者を男色の相手として楽しんでいたのですが、若衆狂いは女性も負けていなかったそうです。
 三代将軍家光の男色好きは有名だったとのことですが、五代将軍綱吉となると、寵童(ちょうどう)を150人もかかえていました。恐るべき人数です。
 江戸の武家社会は男色・女色とりまぜての融通無碑だったのです。
 男色を売る陰間茶屋が繁盛しましたが、18世紀中期以降は、役者買いの主役は女性にとってかわりました。
 それにしても、武士の息子たちまでが長振袖などを着て町中を闊歩していた、坊主が白昼堂々と陰子(男色を売る若い男)を連れて物見遊山に出かけていたというのです。江戸時代を固苦しいものと考えていると、とんだ間違いをしてしまうようです。

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