弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年10月 6日

危ない食卓

著者:フェリシティ・ローレンス、出版社:河出書房新社
 著者はイギリス人の女性です。フランスで休暇を過ごしたときのことを次のように書いています。
 フランス人が食文化を守りつづけていることに感心した。フランス人は地元で生産したものに誇りを持っていて、それを食すことを楽しんでいる。店の人は常に「ボナペティ」(たんと召しあがれ、という意味)と声をかけ、正午には店を閉めて帰宅し、3時間の昼休みをとる。
 そうなんです。3時間の昼休みはともかく、私がフランスに行きたいのは、美味しいものを楽しく味わうフランス人の生き方に賛同しているからでもあります。イギリスでは、それがありません。
 ファーストフードを大急ぎで胃の中に流しこみ、自宅のディナーでも調理ずみチキンと袋から出したカットサラダを盛りつけるだけ。
 著者はスーパーで売っているチキンの解体現場に潜入して働きました。実は、私の依頼者が先日、鶏肉生産工場に就職したのですが、その苦悩のほどをたっぷり聞かされました。要するに毎日、生きた鶏の首を包丁で切り落とす仕事なのです。この本では頸動脈切断機という言葉が出てきますので、イギリスでは、その仕事は機械化されているのかもしれません。私に話してくれた人の職場では、人間が手作業でしているそうです。殺される鶏の方も、危険を察知して、ひとしきり、ひどく暴れるそうです。そして、糞尿を周囲にばらまいたりして必死に抵抗するのです。それを抑えて短時間で次々に殺していく作業です。上司からは、誰かがやらなければいけない仕事だ。モノだと思えばいいし、そのうちに慣れてくるからと慰められたそうです。でも、私にはとても耐えられません。いかにも、辛そうな口調で語ってくれました。うーん、そうかー・・・、そうだろうなー・・・。私は、何と言ってよいか、返す言葉が見つかりませんでした。
 この本では、そのような悩みの次の場面が問題となっています。解体して生産されているトリ肉は、いったいどこの国で生産されたのか不明なほど、あちこちの国のトリ肉が混ざっていて、食品ラベルはウソだらけだというのです。
 チキンナゲットはトリの皮からできている。イギリス人はトリのむね肉を好み、日本ではもも肉が人気だ。足は中国で、砂袋はロシアで好まれる。膨大な量のトリ皮が残るので、トリ皮はチキンナゲット加工業者をめざして世界中を旅することになる。実は、風味のあるナゲットをつくるにはトリ皮を15%入れるのがちょうどいい。
 オランダ産の業務用チキンから、ブタのたんぱく質と大量の水が検出された。ウシ廃棄物を混ぜたトリ肉はイギリス全土に流通していて、チキンナゲットのメーカーがそれを使っている。最近の鶏舎には、3万羽から5万羽のニワトリを入れている。給餌も給水もコンピューター管理。ニワトリに与えるえさと水に寄生虫退治の薬や、必要に応じて大量の抗生物質が混ぜられる。
 1957年、食用ニワトリの平均生育期間は63日で、体重1キロあたり3キロのえさが必要だった。1990年代には生育期間は42日、えさは1.5キロですむようになった。2007年には、体重2キロのニワトリを生育する日数は33日になる予定。半減する。ところが、ニワトリ自身の健康が危なくなってきた。
 うーん、トリ肉もチキンナゲットも恐ろしい食品だったのかー・・・。
 この本は、また、食品の危険性だけでなく、巨大スーパーの進出が社会機構を壊すことも強調しています。
 地域の食料品店というのは食べ物を買う機会だけではなく、いろいろな社会機能をもっている。近所の人と出会って会話をかわす場であり、お年寄りや小さい子たちのふれあいがあり、人のつながりと安心感をもたらす場なのだ。ところが、郊外型ショッピングセンターができると、そのような機会も機能も喪われ、人の住む地域は「食の砂漠」地帯と化してしまう。
 イギリスでは、6大スーパー・チェーンが食品市場の4分の3を支配している。イギリスの食品の半分は1000軒の大型スーパーで売られている。いや、実は世界の食品小売業トップ30社は全世界の食品売り上げの3分の1を支配している。
 アメリカのウォルマートは世界一大きな小売業であるだけでなく、世界一売上高の大きい企業でもある。その売上高は2450億ドル。第二位はフランスのカルフールで、売上高は650億ドル。ウォルマートの4分の1でしかない。今後5年間で、小売が食品供給連鎖を完全に支配することになる。つまり、全世界の食をほんの数社の巨大グローバル企業が支配することになるのだ。
 日本人の好むエビ、あのブラックタイガーについても取りあげられています。
 抗生物質と成長ホルモンにどっぷりつかっている。ブラックタイガーは肉食動物なのでエビ一匹を育てるために、その体重の2倍以上のたんぱく質を与えてやらなければならない。えーっ、そうなんだー・・・。日本人は東南アジアの環境破壊の元凶なのか・・・。エビを食べるのも、ほどほどにしなくっちゃ。
 食は生きるうえでの最上の喜びのひとつ。そのために買い物をし、料理をし、食卓を囲むことで、人と人とは結びついてきた。人は人と食事を共にすることで、社会を築いていく。食を考えることは、私たちはどんな社会の一員でありたいのかを考えることでもある。
 うーん、怖い。いろいろと毎日の食生活のあり方の根本を考えさせられる本でした。

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