弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2005年10月 3日
「最後の一葉」は、こうして生まれた
著者:斉藤 昇、出版社:角川学芸ブックス
O・ヘンリーは私の好きなアメリカの作家です。9.11の前から久しくアメリカには行っていませんが、アメリカに行く前には、いつもO・ヘンリーの短編小説のカセットブックで英語に耳を慣らして出かけるようにしていました(私はフランス語は少々話せますが、英語はまるでダメなのです。でも、せめて、聞けるようにはなりたいと思って・・・)。その見事なドンデン返しには何度聞いても聞きあかせないものがあります。どこか、ほのぼのとした人間性を感じさせてくれるからでしょう。どれも、深い味わいのある、また切れ味のいい名文だと思います。
この本を読んで、O・ヘンリーの一生について詳しく知ることができました。O・ヘンリーが銀行員をしていたこと、横領事件で刑務所に入っていたことは知っていましたが、その詳細を知ることができたということです。詳しいことを知ってガッカリしたということは全然ありません。それどころか、ますますO・ヘンリーの書いた小説をもっともっと読みたくなりました。
O・ヘンリーの書いた本は、その死後10年間だけで500万部売れたそうです。ところが、1950年代には低い評価が与えられたというのです。
O・ヘンリーの世界は、知的に不毛なサハラ砂漠である。
よくぞケチをつけたものだと思います。とてもO・ヘンリー をまともに読んだ人の評とは思えません。
O・ヘンリーの母は、彼が3歳のとき肺結核のために早死にしていますが、文才も画才もあり、ユーモアを解していたそうですから、その才能は母親ゆずりのようです。
O・ヘンリーは学校には行かず、叔母のもとでヨーロッパ文学書を読破していきました。そして、小さいころから画もうまかったのです。ところが、お金がないため、15歳から薬剤師として働かざるをえませんでした。そして、その経験が刑務所に入ったときに役立ったのです。
その後、銀行出納係として働くようになったのですが、当時の銀行は、かなりいい加減だったようです。従業員がちょっと借りて後で返してもとがめられなかったのです。でも、O・ヘンリーは横領罪に問われてしまいます。そして、裁判中に保釈で出ていたときに南米のホンジュラスに逃亡するのです。しかし、妻の重い病気を知って帰国し、裁判を受けて懲役5年の実刑判決を受けました。5654ドルを着服したという罪です。法廷では一言も弁解しなかったのですが、控訴はしたようです。でも、ダメでした。
模範囚としてつとめましたから3年3ヶ月で出所していますが、このことを生涯にわたって娘には隠し通したそうです。死後6年たってはじめて娘は父の前半生を知りました。最初の妻が病死し、作家として売り出してから再婚しましたが、実は、その相手は幼なじみの女性でした。O・ヘンリーの本を読んで、自分が子どものころ一緒に遊んでいた男の子ではないかと手紙を送ったのがきっかけでした。それほど、O・ヘンリーの本は細部にわたって情景描写が行き届いていたというわけです。
O・ヘンリーは、娘とは違って、再婚相手には自分の過去をすべて明らかにしたといいます。並々ならぬ誠意のあらわれだと著者は評していますが、同感です。
ところが、O・ヘンリーは過度の飲酒による重篤な肝障害そして糖尿病と心臓病とを併発してしまいました。ついに48歳のとき、ひとり淋しく亡くなったのです。1910年6月5日のことですから。今から100年近く前のことです。
O・ヘンリー・サプライズという言葉が紹介されています。O・ヘンリーの作品のほとんどは2000語内外の短編です。意外性のある結末に読み手は心がぐいぐい魅せられ、強いインパクトを与えられます。
社会の弱者に対する優しさ、人間の根底にある慈愛にみちたヒューマニズムの視点がどの作品にも認められるとしていますが、まったく同感です。3年3ヶ月の刑務所生活のとき、薬剤師の仕事を医師の下でしながら、受刑者たちの話を親身になって聞いていたことが、このように昇華していったわけです。
もし、あなたがO・ヘンリーの短編をひとつも読んでいなかったとしたら、それは人生の大きな損失です。すぐさま本屋か図書館に走っていかれることを強くおすすめします。
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