弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年6月22日

半島を出よ

著者:村上 龍、出版社:幻冬舎
 今から6年後の福岡。北朝鮮の特殊戦部隊兵士9人が開幕戦が進行中の福岡ドームを武力占拠します。そして、2時間後に484人の後続の特殊部隊が来て、ドーム周辺を制圧し、シーホークに本部を構えるのです。
 福岡市内でほとんど物語は進行しますので、地名が次々に登場しても土地勘が働き、具体的なイメージが湧きやすい小説です。近未来の日本でいかにも起こりそうな状況設定ですし、いろんなオタク族の描写が微に入り細をうがつものですので、ついつい引きずられてしまいます。話のテンポも速く、上下2巻本で920頁もありますが、一気に読みとばせます。
 6年後の日本と福岡の状況が、殺伐としたものとして描かれています。
 ホームレスが4倍に増え、自殺者は9万人(今は3万人)、失業率は9%(今の2倍)、若い世代の犯罪率が異様に増加し、治安悪化は著しい。公園にはホームレスがいて、NPO法人が管理している建前だが、実はギャング団が支配している状況にある。
 朝鮮労働党の3号庁舎の内部の様子もことこまかく描写されていますが、巻末の参考文献リストで、相当の裏付け取材がなされていることが分かります。私も、その大半は読みました(残念なことに映像の方は全然見ていません。なんとか私も見たいものです)が、脱北者から直接体験談を聞いているところに迫力の違いを感じます。
 特殊戦部隊兵士は身体のなかに正確な時計を持つことを要求される。訓練を続けるうちに、睡眠が5時間と言われたら、就寝してきっちり5時間後に目を覚ますようになる。
 家柄が良く頭が抜群に良くてスポーツも万能という少年少女は、北朝鮮ではまず特殊部隊の兵士になる。訓練は過酷をきわめ、3年から6年の訓練期間を終えると、鋼のような身体と全身が凶器であるような格闘能力をもつ最強の兵士ができあがる。
 特殊部隊への入隊を認められるのは、核心成分と呼ばれる特権層の子どもたちだけであり、衣食住に加えて医療や教育でも最優遇されているので、金正日への忠誠心は揺らぐことがない。
 特殊部隊に福岡が制圧されても、東京の政府は無為無策で、九州を切り離してテロ部隊の状況を阻止しようとするだけ、危機管理の甘さを露呈させます。ところで、アメリカ軍の動きがまったく出てこないところが不思議で、奇妙な感じです。自衛隊の動きもなく、ただ大阪から警察の特殊部隊(SAT)がやって来て逆に全滅させられてしまうのです。アメリカ軍はやっぱり日本国民を見捨てる存在でしかない、ということを言いたいのかしらん・・・。
 自民党右派がもともと反米であるにもかかわらず、ブッシュ政権に忠誠を示すために自衛隊をイラクに送ったなんていう記述は、読み手をがっかりさせてしまいます。自民党右派が反米だなんて、少なくとも私は聞いたこともありません。アメリカ追従の程度を競っているのが自民党右派だと思うのですが・・・。
 やがて、北朝鮮から12万人の反乱軍が船でやって来るという緊張した状況になり、その受け入れに福岡市当局は協力します。軍資金の確保のために、福岡市内の金持ちが次々に重犯罪人として逮捕連行され、酷い拷問の末に財産放棄書にサインさせられます。
 また、特殊部隊のなかからテレビに出ているうちにスターのようにもてはやされる将兵が出てきます。うーん、ありそうですよね。
 やがて、得体の知れないオタク族の若者たちが実にさまざまな武器、弾薬をシーホークに持ちこんで爆発させていくところは、まるでハリウッド製のアクション映画だし、現実離れしています。まあ、そうでもしないと、結末を迎えることができなかったということなんでしょう・・・。

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