弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2005年5月18日
カストロ
著者:レイセスター・コルトマン、出版社:大月書店
著者はイギリス人。元駐キューバ英国大使だった人です。カストロについて書かれた本を読むのは2冊目です。モンカダ兵営襲撃事件がいかにも血気盛んな青年たちの暴発のようなものであり、よくぞカストロが生き延びられたと感心しました。また、グランマ号に乗ってキューバに進攻したのも、初めからうまくいったわけではありませんでした。大勢の仲間を失って山地へ逃れたあと、徐々に勢力を回復していった実情を知り、革命とは死と紙一重のたたかいなんだと改めて思い知りました。
カストロは人口1100万人の島に既に40年間も君臨する「独裁者」です。共産党一党独裁で、反対政党は許しません。ところが、悪いニュースや恥になるような問題を国民に隠すことがほとんどありません。ですから、多くのキューバ人が自分の国の政治に関わっているという意識を持っています。なにしろ、北朝鮮と違って、カストロは大衆の面前で、延々何時間も話し続けるのです。何をそんなに話すことがあるのか不思議なほどです。国連総会でも4時間半の演説をしたという最長記録があります。よその国の人は退屈したに違いありませんが、キューバ人は辛抱強いのでしょうか。それとも、よほどカストロの話が面白いのでしょうか・・・。
アメリカの大統領は、この間、9人も変わったというのに、ちっぽけな国の「独裁者」はただ1人続いているのです。この本は、カストロが政治家として権謀術数をめぐらして権力を維持してきたことを冷静なタッチで暴いています。なるほどと思いました。
キューバ人の平均寿命は76.15歳。小学校は教師1人に生徒20人。中学校は15人。ですから、文盲率は0.2%。住民163人に医師1人。投票率は95%以上。教育と医療は完全に無料。新聞によると、ベネズエラに今キューバ人医師が1万人以上も派遣されていて、その代償として石油をもらっているそうです。
ところが、学生や看護師たちが臨時収入を目当てに売春に走るという現実もあります。メキシコやスペインから多勢の中年男性が飛行機に乗って買春にやって来るのです。
カストロは弁護士でもありました。ハバナ大学法学部を卒業して弁護士になったのです。このころは共産党とは一線を画していました。ストライキのために解雇された労働者、土地から追い出された農民、暴動をおこして投獄された学生の弁護も引き受けていました。
カストロは非暴力主義者ではありませんでした。山に入ったあと、農民がスパイとなってカストロの居場所を権力に通報していることを知ったときには処刑させてもいます。
カストロはアメリカと同じようにソ連も嫌っていたようです。私はヤンキー帝国主義と同じくらいソビエト帝国主義が嫌いなんだ。このように叫んだという話が紹介されています。アメリカがケネディ大統領の時代に亡命キューバ人などを応援してキューバに侵攻したことがあります。ピッグズ湾事件です。このとき、アメリカは見事に失敗しました。ケネディ大統領はこの失敗の責任を追及されて暗殺されたという説は今も有力です。
また、キューバ危機のときには、カストロは交渉のカヤの外におかれていて地団駄を踏んでいた様子も紹介されています。ソ連の軍事力を過信していたわけです。
カストロの女性遍歴もかなり詳しく紹介されています。国民に国家の重大事を公開するのを原則としているカストロですが、自分の私生活は別です。まさに国家機密とされ、国民には知らされませんでした。何人もの女性との間に多勢の子どもが生まれたようです。でも、北朝鮮のように後継者にすることはありませんでした。そこは明らかに違います。
なにしろ、首相が自宅からボディガードもつけずに自転車で通勤するという国なのです。カストロの親族だって、物を買うのに行列に並ぶのはあたり前。この国には珍しいことに特権階級が見当たらないといいます。本当かしら、と思いますが、どうも本当のようです。もし間違っていたら、教えてください。
日本から遠い国ですが、一度ぜひ行ってみたいですね。
2005年5月17日
警察内部告発者
著者:原田宏二、出版社:講談社
私よりひとまわり上の世代ですが、その勇気に心から敬意を表したいと思います。思わず襟をただしながら読みすすめていきました。「うたう警官」(角川春樹事務所)は、この本を読むと、まさにノンフィクションなんだと思いました。まさかと思うようなことが実話なんですね・・・。なにしろ130キログラムの覚せい剤、大麻2トンの密輸、そして「クビなし拳銃」が警察署内の引き出しにゴロゴロしているなんて、とても信じられない日本警察の現実です。
著者の勇気とあわせて、告発に同行した札幌の市川守弘弁護士の不屈の闘志にも拍手したいと思います。だって、弁護士だって心のなかでは警察が牙をむき出したら恐いと思っているんですから・・・。ただ、本件では著者や市川弁護士が用心したことに加えて、ジャーナリズムが一定の役割を果たしたことも、身を守る盾になったのだと思います。それも、中央ジャーナリズムではなく、地方の「道新」(北海道新聞)のがんばりです。それに比べると、西日本新聞は警察に対してはやや腰くだけの感を受けて仕方ありません。
著者が警察の裏金問題を告発するために記者会見にのぞもうとするとき、何人もの記者から、やめた方がよいとアドバイスされたそうです。ジャーナリズムの堕落ぶりを改めて痛感しました。そんな記者に報道の自由を言う資格なんてない。私は怒りすら感じました。
「クビなし拳銃」という言葉を私は始めて知りました。犯人はいないのです。ただ、どこからか拳銃が出てきて、それを押収するのです。稲葉警部は8年間に100丁の拳銃を 押収し、そのうち64丁がクビなしだったというのです。開いた口がふさがらない異常さです。
警察の裏金づくりが体験と日誌にもとづいて淡々と語られますから、なるほど、なるほどと、よく理解できます。会計検査院が来るときには、東京からわざわざ警察庁の係官がやって来て、予行演習させられるというのです。
部外者からすると、署長交際費など、必要経費はなるべく認めればいいように思うのですが、そこは恐らく人間の欲望がからんでいるのでしょうね。税金がかからず自由に好きなように使える裏金というものはなかなかなくなりそうもありません。とくにひどいのは警備・公安警察のようです。協力者(スパイのこと。S)をかかえこむために必要だということで、その実態はまったく明らかにされていません。ところが、刑事警察の2倍から4倍近くの支出が認められているというのです。彼らが相も変わらず「共産党対策」と称して甘い汁を吸っているのかと思うと、腹が煮えくり返ってりそうなほど全身が怒りにふるえました。
著者は「明るい警察を実現する全国ネットワーク」という組織をつくって活動をすすめているとのことです。福岡でも、ぜひ応援したいものだと思いました。警察の裏金問題はまだ終わっていないのですから・・・。
2005年5月16日
荒野の庭
著者:丸山健二、出版社:求龍堂
芥川賞を受賞した作家だそうですが、私は小説を読んだことはありません。ただ、この本に出ている文章には、たしかにハッとさせられる鋭いものがあります。
自分の人生を生きるのに、何の遠慮がいるものか。ここら辺りでひとつ居直ってみよう。そして、生きたいように生きてみよう。
なるほど、そうですよね。私も、ずい分前から、したくないことはしないようにしてきました。カラオケのあるスナックなどには行きたくもありません。たいていの演歌は聞くだけで虫酸が走ってしまいます。ホステスさんに下手なおべっかをつかいたくもないので、クラブにも足をいれたくありません。ゴルフとかテニスなど、集団で競技するより、庭をひとりウロウロして、雑草を抜きながら、花を愛で、四季折々の風の香りをかぎつつ、鳥と声をかわしあうのが自分の性にあっているのです。近くの山々の緑を眺め、空の色が暮れ泥(なず)んでいく様子を見ていると、その一瞬が地球創世の貴重なひとときにも思えてきます。
著者は長野県の山中に居を構え、庭をつくり、そこに花と樹を植え、世話をしながら1年半に1作の小説を書くということです。さすがに花や樹々の写真が実に生き生きしています。水もしたたる美人。そんな言葉がぴったりの花がうつっています。なにしろ花びらに本当に水玉がのってころがっているのです。紅いクレマチスの花が出ています。我が家にもクレマチスをたくさん植えています。気品のある純白のクレマチスの花を見るといつも、心がハッとときめきます。花にはチョウがやってきます。生き物は人間だけではないのです。私も、花が咲くと写真をとります。ほどよくとれた写真はみんなに見てもらいたくなって、弁護士会に売りこみます。月報の一面を飾ったこともあります。わが子のようにうれしく思いました。大自然を身近に感じながら生きるのは、うれしいものです。これも私が年齢(とし)をとった証拠でしょうか・・・。
このブログに私のとった写真をのせて皆さんにお見せしたいとかねがね思っていましたところ、トラックバックにマコさんの素敵な写真がのっていました。風に揺れるクレマチスって、本当に風情がありますよね。赤紫色の花弁のクレマチスは奥ゆかしい深みがあります。雨にうたれてひっそり咲いている純白の花弁のクレマチスはえも言えぬ気品があります。冬の花たちが次々に紹介されますので、眺めていて飽きることがありません。まさに癒しの写真です。マコさん、ありがとうございます。
2005年5月13日
ネアンデルタール人の正体
著者:赤澤 威、出版社:朝日新聞社
「彼らの悩みに迫る」というサブ・タイトルがついています。その生活だけでなく、思考にまで迫ってみようという意欲的な本です。そのあらわれのひとつが、復元写真と図解です。石器をつくり、火を燃やし、動物を家族で解体し、骨髄をしゃぶっているカラー口絵が紹介されています。
毛皮を口にくわえ、歯でなめしていた状況や、死者を埋葬するとき、花をとって投げ入れていた様子も描かれています。あっと驚いたのは、ネアンデルタール人に背広を着せると、もちろんヒゲもそっていますが、まるで現代人と同じ格好になるということです。
しかし、ネアンデルタール人はわれわれ現代人の祖先ではありません。ネアンデルタール人はヨーロッパ周辺の寒冷地にいてアジアには住んでいませんでしたが、絶滅してしまいました。クロマニヨン人との混血説は否定されています。
人類がアフリカ起源であることはよく知られています。しかし、アフリカ起源は600万年前と20万年前と、2回あったそうです。改めて認識しました。いずれにせよ、現代人がアフリカ人を共通の祖先とすることは間違いない事実なのです。白人だから優秀だとか、黄色人種だから偉いとかいっても、何の根拠もないことがよく分かります。
縄文時代の日本の人口は20万人くらいだったことが紹介されています。へー、そんなに少なかったのか、と驚いてしまいました。
化石骨の分析から、何を食べていたのかまで分かる。そんな指摘があるのにもビックリです。タンパク質コラーゲンの同位体を分析すると、タンパク質がどのような植物に由来するか復元できるというのです。ネアンデルタール人は食肉中心の食生活であり、クロマニヨン人は動物の肉だけでなく、淡水魚も食べていました。
ネアンデルタール人は、数万年間、毎日毎日同じことを繰り返していたと推定されています。現代人の私たちからすると、何の変化もなく、退屈でおもしろくない生活だったことでしょう。そこにどんな悩みがあったか、こたえはもちろん出ていません。
星野道夫と見た風景
著者:星野道子、出版社:新潮社
写真家・星野道夫がカムチャッカ半島でヒグマに襲われて8年もたったそうです。奥さんが事故の真相を明らかにしています。彼はテレビ番組の取材に同行していたのです。このとき、心ない人物がヒグマを確実に撮影するために、ヒグマをおびき寄せようと考えて人間の食料を与えたらしいのです。ロッジを離れて、ひとりテント生活を送っていた彼を、お腹を空かしたヒグマが襲いかかりました・・・。
キャンプ生活のときには、身のまわりに置かない、食後はすぐに食器を洗って片づける。そんなアドバイスを、奥さんは彼から受けていたと書かれています。彼が大変用心深かったことがよく分かります。惜しまれてなりません。
それにしても新鮮なカットの写真集です。どれも生命の躍動を感じさせます。クマの親子が寄り添っている風景は、全身で信頼していることがよく伝わってきます。そして、アザラシの赤ちゃんの可愛いことといったら、ありません。白いぬいぐるみなんてものではありませんね、これは・・・。オッパイ飲んで満ち足りてスヤスヤ眠っている赤ちゃんの黒くぬれた鼻は生命力にみちあふれています。夕日にかがやく一群のカリブーたちの写真も傑作写真です。
手にとって頁をめくるだけでも、ひととき心をなごませてくれる、いい写真集でした。
国家の罠
著者:佐藤 優、出版社:新潮社
鈴木宗男代議士の腰巾着とも、外務省のラスプーチンとも呼ばれていて、今や刑事被告人となった男性による弁明・反論の書物です。
著者は鈴木代議士を今も高く評価しています。鈴木氏は学校の成績とは別の、本質的な頭の良さ、類い希な「地(じ)アタマ」をもった政治家だった。鈴木には嫉妬心が希薄だ。そうなのかなー、そうなのかもしれないな。でも、同世代の私にはあのエゲツなさ(もちろん会ったことはないのですが・・・)には、辟易します。旧来の典型的な政治屋としか思えないのですが・・・。
次のような構図が描かれています。外務省は田中真紀子外相によって組織が弱体化したことから、これまで潜在化していた省内対立を顕在化させ、機能不全を起こして組織全体が危機的な状況へと陥った。そこで、危機の元凶となった田中女史を放逐するために鈴木宗男の政治的影響力を最大限に活用した。そして田中女史が放逐されたあとは、「用ずみ」となった鈴木宗男を整理した。その過程で鈴木宗男と親しかった著者も整理された・・・。
田中真紀子女史が外相のとき、アメリカのアーミテージ国務副長官との会談をドタキャンした話は有名です。このとき、田中女史は、公務に従事していたわけでもなく、実は大臣就任祝いにもらった胡蝶蘭への礼状を書いていたという話が紹介されています。驚くべき馬鹿げた話です。アメリカの言いなりにはならないぞという決意を示したまでという裏話でもあれば救われる気がしますが・・・。
ところで、外務省幹部の日本人観は次のようなものだそうです。日本人の実質識字率は5%でしかないから、新聞は影響力をもたない。物事は、ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で動いていく。
イスラエルの人口600万人のうちアラブ系100万人を除くと、旧ソ連諸国から移住した100万人はユダヤ人の2割を占めることになる。それほどロシア系の人々はイスラエルに力をもっている。したがって、ロシア内部のことはイスラエルにいてもよく分かる関係にある。このように著者は説明しています。はじめて両者の関係を知りました。日本の東郷茂徳元外相の妻(エディ夫人)はユダヤ系だそうです。これまた初めて知りました。
著者が逮捕されてからついた弁護人は、いずれもヤメ検だったようです。その弁護人が著者に何とすすめたか、興味深いところです。土日は弁護士面会がないので、週末に検察官は徹底的に落とそうと攻勢をかけてくる。だんだん検察官が味方に見え、弁護人が敵に見えてくるようになる。その策略に気をつけるべきだ。国家が本気になれば、何だってできる。ロシアでも日本でも、それは同じこと。国策捜査の対象になったら絶対に勝てない。自分は何もやっていないのに不当逮捕されたから黙秘するというのもひとつの選択だが、公判の現状では黙秘は不利だ。とくに特捜事案では黙秘しない方がよい。事実関係をきちんと話して否認することだ。
うーん、黙秘はすすめないのかなー・・・。不当逮捕(デッチ上げ)事件で完全黙秘をすすめたことのある私は、いささか疑問に思いました。実は、取調べにあたった検察官も次のように言ったそうです。
中村喜四郎(元建設相)は、過激派みたいに本当に黙秘するもんだから、こっち(検察)だって徹底的にやっちまえという気持ちになった。うーん、そうなのかー・・・。
山本譲司元代議士(一審の実刑判決に控訴せず服役しました。その刑務所体験記を本にして、最近、テレビドラマになりましたね・・・)については、内部告発があったので、検察庁としても手をつけざるをえなくなった。まさか実刑になるとは思っていなかった。世論が税金の使い方に厳しくなったことに裁判所が敏感に反応したのだ。裁判所というところは結構、世論に敏感だから・・・。
この事件は、鈴木宗男を狙った国策捜査なんだ・・・。横領だと個人犯罪だけど、背任にしたら組織を巻きこむことができる・・・。検察官の言葉だそうです。
著者は2000年までに日露平和条約を締結するという国策の実現のために必死に動いてきただけだ。このようにしきりに強調しています。しかし、著者が国策、国策というのを強調するのに、かなり違和感を感じて仕方がありませんでした。それは日本の外交官全体に対する私の徹底した不信感から来るものかもしれません。いったい、これまでの戦後日本の外交にアメリカを離れた独自の視点と行動があったのでしょうか。もしあったというのなら、それを国民の目の前に分かりやすく形で示してほしいものです。小さな私的利益が大きな国策というオブラートに包まれているだけなのではないのか・・・。アメリカでライス国務長官から町村外相が常任理事国入りを焦っていることをたしなめられたという記事を読んで、改めてそのように痛感しました。
それにしても、密室で取調べにあたった検事の言動がここまで具体的に明らかにされると、検察官の言動は一層慎重になることを期待してもよさそうですが、どんなものでしょうか・・・。
2005年5月12日
フード・ポリティクス
著者:マリオン・ネスル、出版社:新曜社
食品会社はタバコ 会社と同じである。いつだって国民の健康よりも株主のニーズを優先させる。テレビの視聴時間は、太りすぎを予測する最良の指標のひとつである。太りすぎの率は1970年代公判から1990年代前半にかけて倍増し、6歳から11歳までの子どもで8%が14%に、12歳以上の子どもは6%が12%となった。同じく、太りすぎの大人は25%だったのが35%になった。
アメリカ人の食事の半分近くが家の外であり、その4分の1はファーストフードである。
食品の広告の70%はファーストフードである。塩は加工食品の業界にとって必要不可欠。塩は水を結合させ、非常に低コストで食品の重さを増し、加工食品の味を良くし、のどを乾かす。塩は、「もっと食べよう」を促進する。
牛乳は、人間の赤ちゃんが消化吸収するには濃すぎる栄養分を含んでいる。粉ミルクは母乳の特性のほとんどをもっているが、すべてではない。もっとも重要な違いは、赤ちゃんが病原体から身を守るための免疫物質が欠けていることである。母乳だけでなく粉ミルクを与えたときの方がエイズの感染率は高い。母親がエイズに感染していない場合、粉ミルクで育てられた子どもは、母乳で育てられた子どもに比べて下痢で死亡する率が6倍にのぼる。
子どもたちに、高コレステロール、高血圧の子が増え、「成人型」糖尿病の発生率がどんどん低年齢化している。肥満児の率が、白人23%、メキシコ系29%、黒人31%となっている。子どもが標的となり、テレビコマーシャルは学校現場にまで入りこんでいる。学校にソフトドリンクを押しつけるドリンク販売権まである。会社は学校にお金を支払うかわりに、その学区内のすべての学校で自社のソフトドリンクを販売できるのである。ソフトドリンクとは、カロリーが高くて、栄養価が低い食品だ。
アメリカの食生活がいかに貧しいか、そして子どもたちが狙われていることがよく分かる本です。それにしても465頁という大部な本を読みとおすのには骨が折れました。
2005年5月11日
安曇野の白い庭
著者:丸山健二、出版社:新潮文庫
「荒野の庭」という写真集(求龍堂)を見て、すごい庭だと感嘆しましたが、この本は、その庭がつくられる過程がリアルに再現されています。私の自慢の庭も50坪ほどの広さがありますが、安曇野の山のふもとに350坪もあるというのです。すごいものです。
芽吹きの季節、よく晴れた日の、風のない、宵口に、自分で造った庭に佇むときの気分といったらない。これこそが至福ではないかと思えた。著者の言葉に私も共感します。
今まさに芽吹きの季節です。五月のゴールデンウィークはどこにも出かけず、庭づくりに精を出しました。よく晴れた日の、風のない宵口にたたずんで遠くの山を眺め、夕暮れにかかっていく空を見上げます。庭にいると、鳥たちが何してるのと、すぐそばまで寄ってきます。鳩が豆鉄砲を喰らったときの目という表現がありますが、キジバトの目は、いつもそんな感じです。秋から冬にかけて毎年やってくるジョウビタキは、わずか1メートルほどの距離まで近づいて来て、尻尾をチョンチョンと上下させて挨拶してくれます。四季折々のたくさんの花、そして鳥たちと一緒にいると、まさに至福のときです。
いろんな木を植えた話が出てきます。長野県の山のふもとですから、九州とはかなり様子が違います。私も、たくさんの木を植えては、素人の悲しさで枯らしてしまいました。ピンクのハナミズキは2年ほど見事に咲いてくれたのに、いつのまにか枯れさせてしまいました。柿やイチジク、サンショウなどは大きくなる前に姿を消してしまいました。キウイのオスは今、3代目です。人間と同じで、オスの木は弱いのです。2代続けて枯れてしまいました。メスの木はとても強くて勢いが良すぎたので、大胆にカットしてやりました。早くオスの木が大きくなって、キウイの実がなることを願っています。
いま、花はクレマチスとナデシコが咲いています。クレマチスは、古くはテッセンとも呼ばれていたそうです。花の色もいろいろあります。赤紫色から濃い青紫色まで。純白のクレマチスの平たい花びらが雨にうたれている風情には、なにかしら源氏物語絵巻をしのばせる気品を感じます。
あっ、そうそう。ジャーマンアイリスも咲いています。いつのまにか青紫色一色になってしまったので、少し色の種類を増やしました。チョコレート色など、色も形もいかにも華麗で派手な花です。純白のジャーマンアイリスも咲きました。見事なホワイトです。ところが、このジャーマンアイリスは人の手がかかるのを嫌うのです。放っておけばいい。いえ、それどころか、いじめにあうと、ますます美しく咲くのです。ですから、ときどき植えかえるのが美しく花を咲かせるコツなのです。それも、コチコチの地面のところを浅く掘って、そこに放置する感じで植えつけ、あとは水やりなど世話は一切しないのです。この本で庭づくりの奥の深さを改めて感じました。
2005年5月10日
帝国の傲慢
著者:マイケル・ショワー、出版社:日経BP社
CIA幹部がビン・ラディンとのたたかいでアメリカの戦争が成果をあげていないことを暴露した本です。アメリカで50万部売れたベストセラー本だそうです。
アメリカのイラクに対する侵略は、1846年のメキシコ戦争と同じく、差し迫った脅威を呈していない相手に対して経済的利益を狙いに、挑発もされないのに戦端を開いた強欲で計画的な侵略戦争だ。
この戦争は子々孫々の代まで続くおそれがあり、主としてアメリカ本土が戦場となる可能性がある。アルカイダが再びアメリカ本土に攻撃を加えてくる可能性がますます高まっており、次の攻撃は9.11を上まわる被害をもたらすおそれがあり、しかも大量破壊兵器が使用される心配がある。
ビン・ラディンの戦力の90%が生き延びている。アフガン人は一人としてビン・ラディンの情報を寄せなかった。現代において、ビン・ラディンこそが全能なるアッラーに自らを捧げた英雄である。ビン・ラディンは虐げられた人々の解放者である。人々はビン・ラディンを尊敬するだけでなく、愛している。ビン・ラディンのために働いて命を落とすなら本望だと人々は考えている。
アメリカから見たら邪悪な自爆テロ実行犯は、イスラムから見たら殉教の英雄であり、予言者の指導に従ってその足跡をたどり、神の言葉に従う善男善女ということになる。
ビン・ラディンは明瞭な言葉で語り、その言葉と行為が一致していることで評価されている。ビン・ラディンが聖戦に関する権威者の一人として、アメリカに対して大量破壊兵器の使用を必要と判断し、その使用は宗教的に法に適う行為だと確信していることは明白だ。だから、ビン・ラディンとアルカイダがアメリカ国内で大量破壊兵器を使用したとしても、驚くに値しない。
アメリカでは、たしかに対テロ対策費は大幅に増額された。アルカイダなどの武装勢力に対抗するための技術と人材は劇的に増強された。テロ対策にたずさわる人間の数は急増した。ただし、大半は未経験者で、数少ないベテランから必要な知識を学ぶには何年もかかる。司法省は国内における保護対策に着手したというが、それは残念なことに国家安全保障の名のもとにアメリカ国民の自由を制限する対策である・・・。
アメリカが戦っている敵は、優れた才能と不屈の気概を持ち、カリスマ性と断固たる決意を備え、その垂範と指導力によって一部の狂信的イスラム教徒のみならず大多数のイスラム教徒を統率してアメリカの安全保障を脅かしている。このような共通認識をもってあたるべきだ。著者は、このことを再三強調しています。
アメリカが戦っている相手は世界規模のイスラム武装勢力であり、単なる犯罪者やテロリスとではない。アメリカの政策や対策は敵にはほんの小さな打撃を与えたにすぎない。世界13億人のイスラム教徒の大半がアメリカを憎悪している原因は、単に価値観の相違ではなく、アメリカの行為そのものにあることを認識すべきだ。
さすがは、CIAでイスラム世界の対策に従事していた人の言葉だけはあるな。そう感心しました。アメリカは傲慢が原因で敗北しようとしているという指摘に、私も同感です。いかにアメリカが近代兵器を駆使しようとも、また、フセイン元大統領を捕まえ、その息子たちを虐殺することができたとはいえ、イラク国内でのテロ攻撃は止まりません。すでにアメリカの戦死者は1500人をこえました。
アフガニスタンでは、オマル師もビン・ラディンもまったく消息不明のままです。力づくで押さえこみ、石油などの利権だけはアメリカが独占しようとする政策には明らかに限界があります。日本は、そんなアメリカに追随してはいけません。
2005年5月 9日
古代エジプト文字を読む事典
著者:秋山慎一、出版社:東京堂出版
春うららかな日曜日の昼下がり、昼食をとりながら古代エジプトのヒエログリフに挑戦しました。ながら族は消化に良くないという説もあるようですが、そんなことはないと私は確信しています。ひとりで食べるときには、新聞を読んだり、本を読みながらでも一向にかまわないと思います。だって、私は30回は噛むようにしていますので、時間がかかりますし、頭のなかが楽しくなるようなら食欲もすすみ、消化に悪かろうはずはありません。
この本は、古代エジプトのヒエログリフ、ほら、あのシャンポリオンがついに解読に成功した絵文字のことです、を文法をふくめて分かりやすく解説したものです。といっても、実は、その文法の点はさっぱり分かりませんでした。やっぱり、本を読むくらいでヒエログリフがモノになると考えるのは甘すぎます。それでも、絵文字がどんなことを書いているのか、そこにどんな法則があるのか、おぼろげながら分かった気がしてきました。
ヒエログリフの文字体系は、日本語の漢字仮名まじり文と通じるところがある。表音でもあり、表意でもあるから。英語のような単なる表音文字ではないので、ヒエログリフは目で見て確認しないと読むこともできない。
また、ヒエログリフはタテ書きも横書きもあります。この点も日本語と同じです。漢字をくずしてカタカナやひらがながつくられたような草書体まであります。神官文字と約されているヒエラティックですが、これは神官が用いたという意味ではないそうです。筆ですぐ書けるように考えだされた文字です。
眺めているだけで4000年も前の古代エジプト王国の生活にたどりつけるのですから、こんな愉快なことはありません。
2005年5月 6日
ツバメのくらし百科
著者:大田眞也、出版社:弦書房
今年も3月下旬からツバメの飛ぶのを見かけるようになりました。北海道では5月以降にならないと飛んでいないそうです。ツバメは、9月末には南方へ飛び去っていきます。日本のツバメはインドネシアやフィリピンからやって来るのです。繁殖が目的です。
まず雄がやってきて雌を迎えます。雄はしきりに鳴いてプロポーズしますが、その決定権は雌にあります。そのポイントは尾羽の長さです。というのは、寄生虫(ダニ)がいたり病原体に感染していると、尾羽の成長が悪くなるので、尾羽が長いのは健康の証明だからです。ふーん、なるほどねー・・・。
ツバメは、毎年だいたい同じ巣に戻ります。その子どもも近くに巣をつくります。そして、雄と雌の両方が生きていたら、ずっと同じ巣に戻ってきます。同じパートナーが5年も続いたという観察例があるそうです。しかし、雌はつがいの雄の目を盗んで浮気をすることがあります。そのとき、独身の雄より経験豊富で実績のある既婚の雄を受け入れる傾向が強いといいます。人間も同じでしょうか・・・。いや違うかな。女性は、やっぱり若いツバメを好むのかもしれませんね。
ところで、次のような観察例が報告されています。まず雌がやって来た。雄は新顔だった。ところが、産卵寸前になって、昨年のパートナーがひょっこり姿を現した。さあ、大変。三角関係。雄同士でとっくみあいの激しい争いが始まった。雌は、そのときどうしたか。高見の見物を決めこんだか・・・。いえ、そうではなく、遅れて帰ってきた雄を激しく排撃したのは、実は雌の方だった。雌は、限られた繁殖期間を目前にして、生死不明で、再び巡りあえるかどうか分からない、かつてのパートナーを待つ余裕はない。いったん、新たに番いを形成したからには、一度諦めたかつての番いの相手と巡り会えても、もはや無縁の異性と見なして割り切らなければいけない。そうでなければ種族維持もできなくなる・・・。このような解説がなされています。うーん、人間社会だったら、どうなんでしょうね・・・。ツバメに学ばされました。
ツバメの巣は、できるだけ人目につきやすいところにつくられます。それは人間によって、天敵から守ってもらおうという魂胆からのことです。巣の場所を最終的に決めるのも雌の方です。ヒナが生まれて、親ツバメがエサをやるときには、もっとも大きく開いたヒナの口にエサをつっこみます。もっとも大きく口を開けるのは、もっとも腹を空かしたヒナなのです。ヒナたちは、巣内での位置を絶えず入れ替わっていて、もっとも空腹のヒナが正面のもっとも良い場所に陣どる。この仕組みによって、ヒナたちは平等にエサを受けとり、一様に成長していく。ひゃあー、そうだったのかー・・。
ヒナが巣立つ日は、親ツバメの態度が一変し、ヒナには巣の外からエサを見せびらかすだけで絶対に与えない。そこで、空腹に耐えかねたヒナが意を決して巣から飛びたって親元に向かう。親ツバメはヒナを安全なところまで誘導すると、そこではじめてエサを与えるというのです。親心なんですね・・・。
ツバメの渡りのときのスピードは時速90キロくらいらしいのです。大変なスピードですよね。それにしても、はるばるインドネシアまで行くのに何日間かかるのでしょうか。
ツバメのことがよく分かる本です。わが家にはツバメの巣はありませんが、スズメがいます。今度はスズメについて、その生態を紹介した本を読んでみたいと思っています。どなたか、いい本があったらぜひご紹介ください。
忠誠の代償
著者:ロン・サスキンド、出版社:日本経済新聞社
オニール前財務長官が語るブッシュ政権の正体とオビにあります。また、大統領を震撼させた衝撃の内幕本とも銘うっています。なるほど、ブッシュ政権の寒々しい内幕がよく分かります。
ブッシュ大統領は団塊世代。マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」を見た人は覚えているでしょう。9.11事件を知らされたときのボー然とした表情のブッシュの顔は、ノータリン男の間抜け面の典型でした。よくもこんな男でアメリカの大統領がつとまるものだと思ったことでした。嘘だと思ったら、ぜひ一度あの場面を見てください。まるで何も考えていないことがよく分かる表情をしています。
オニール財務長官はブッシュ大統領と定期的に1対1で話すことのできる地位にありました。そのオニール長官がそのときのことをこう語っているのです。
ブッシュは何も質問しなかった。表情を変えずにオニールを見つめ、肯定的なものも、否定的なものも、反応らしきものはまったく示さなかった。ブッシュは重要な資料を読むことはしないし、周囲から期待されてもいない。ブッシュは、しばしば私は直観でやると高言する。
だから、ブッシュ政権には前途なんてない。もともと政策を評価し、効果的に検討して一貫した統制をとる組織なんて存在しないも同然だ。いや、ブッシュの側近で実権を握っている者はごく少数ながらいる。ローブ、ヒューズ、カードそしてライス。
ブッシュは重要な権限を他人に委ねている。政権内部の大多数がそれを見抜いている。ブッシュは十分に考え抜かれたとはいえないような極度に観念論な意見に踊らされている。ブッシュが出席する重要な会議、たとえば、閣議や国家安全保障会議には綿密な台本が用意されている。大統領が報告書を読むなんて思ってはいけない。ホワイトハウス内のスタッフはこう言っているそうです。ブッシュは、耳が聞こえない人間ばかりの部屋にいる目が見えない人間のようなもの。お互いに何の疎通も見られない。このように表現されています。呆れてモノも言えません。
オニールとパウエルとクリスティの3人は、ブッシュの隠れみのとして利用されただけ。 背筋がゾクゾク寒気を覚える本です。身近にいた人間がここまでブッシュの正体を暴いていいものかと心配になったほどです。そんなブッシュ大統領が2期目、再選されたなんて、今でも信じられない思いです。
ところで、この本にはこんなエピソードが紹介されています。
ブッシュ大統領の参加する内輪だけのパーティーのとき、子どものころお母さんにねだった好きな料理は何でしたか、そう質問されたブッシュは次のように答えました。
とんでもない。母は一度も料理したことなんてありません。あの人は指に霜焼けをこしらえていましたよ。いつも冷凍庫から取り出すだけでしたから・・・。
なんだか寒々とした情景ですね。ブッシュは父親もアメリカ大統領だったわけですが、親の愛情に恵まれず、不幸な家庭で育ったようですね。可哀想といえば、かわいそうです。
ドッグメン、第三軍犬小隊
著者:ウィリアム・W・パトニー、出版社:星雲社
今や観光地として名高いグアム島を日本軍が占領していたことがありました。そこへ、1944年7月、アメリカ軍が反撃して進攻し、1ヶ月もたたぬうちに制圧しました。このとき、アメリカ軍の死傷者は7000人、日本軍は1万8500人が生命を落として、8000人が降伏せずにジャングルに身を潜めました。横井さんとか小野田さんとか日本軍の生き残りがジャングルに隠れていた、あのグアム島です。
反撃するとき、アメリカ軍の海兵隊は720頭の犬を率いていました。第三軍犬小隊は110人の兵士がいて、軍犬のハンドラーとして戦闘に従事したのです。これらの軍犬は戦後549頭がアメリカに戻りました。再訓練の効果は十分にあがり、民間の暮らしに戻れなかったのは、わずか4頭でした。そのような軍犬の訓練の様子とグアム戦での従軍経過を当事者が紹介した本です。
軍犬は凶暴さより、むしろ家庭のペットと同じく、知性、従順さ、忠誠心、スタミナ、信頼性、鋭い聴覚と臭覚とが求められる。ある程度の攻撃性は必要だが、ハンドラーがそれを制御できる範囲内でなければならない。たとえば、恐怖から噛む犬は極端に臆病で、卑怯な振る舞いをする。犬は自分との関係を支配してくれる人間を好むものだ。
軍犬は訓練によって戦場では声を出さないように教えこまれるそうです。なるほど、ですね。
この本を読んでもっとも驚いたのは、日本軍が自殺的なバンザイ攻撃をする前夜の様子がアメリカ軍に察知されていたということです。この本には次のように紹介されています。
テンホー山の山頂に日本軍兵士は大集団を成して酒を飲み酔っぱらっていた。日本兵の集団は遠く離れていたにもかかわらず、叫んだり怒鳴ったりする声がアメリカ軍にも聞こえていたし、目撃されていた。日本兵は、空いた酒瓶を宙に放り投げたり、銃剣や軍刀を振りまわしたりして、予定の攻撃に向けて、自らを熱狂に駆り立てていた。
日本軍兵士の突撃はアメリカ軍の機関銃と小銃射撃によって撃退されたが、第一波、第二波、第三波と襲いかかり、波の切れ目がなくなっていった。日本兵は絶叫する暴徒の群れとなって、次から次へと押し寄せた。彼らは100人単位で命を落とした。
なんだか、本当に哀れな状況です。バンザイ突撃を今でも聖戦視する見方があるようですが、こんな不条理な戦闘を最前線の兵士に強いた日本軍上層部の責任は糾弾するほかありません。第二次大戦においてアメリカ軍で軍犬が活躍していたことを初めて知ると同時に、日本軍によるバンザイ突撃の不条理さを改めて認識させられた本でした。
2005年5月 2日
アレクサンドロス大王
著者:森谷公俊、出版社:講談社選書メチエ
映画「アレキサンダー」を見ましたので、もっと詳しく知りたいと思って読みましたが、私の期待に十分にこたえてくれた本でした。
アレクサンドロス大王は紀元前336年、20歳でマケドニア王となり、2年後に東方遠征に出発し、ペルシア帝国をほろぼした。西のエジプト、リビアから東は中央アジアをこえてインダス川にまで及ぶ大帝国を築きあげた。しかし、前323年、バビロンで急死した。そのとき、まだ32歳。
この本は、ポンペイで出土した有名なアレクサンドロス・モザイクの絵を中心にすえて解説しているという点にも特色があります。ダレイオス3世が戦車の上におびえた表情で乗っていて、アレクサンドロス大王は馬に乗り長槍を右手に水平にもってダレイオス3世を見つめています。いったい、どの戦場の場面を描いたものかという問いを自らに投げかけ、どの戦場のものでもない、想像上のものだというこたえを示しています。
この本ではアレクサンドロス大王の軍隊の強さが図解されています。たとえば、重装歩兵密集部隊です。長さ5.5メートルの長槍を前4列の兵士が前に倒して前進します。後ろ4列は槍を立てて続きます。これで8列の方形をつくったり、16列の楔形(くさびがた)隊形をつくったりして前進するのです。徹底した集団訓練なしにはできない戦法です。
そのうえで、3つの会戦について、戦闘開始前と途中の両軍の位置を図示しながら解説していますので、とても分かりやすくなっています。
たとえば、アレクサンドロスの軍隊が川辺で待ち構えているペルシア軍を打ち破ったとき、まずは少数の先発部隊を送り出し、それ惨敗する。しかし、それによってペルシア軍の戦列を乱す効果を上げる。だから、そこを本隊が攻撃する。このようにして不利な条件をカバーしたというのです。
アレクサンドロスは味方の少数の部隊をおとりにしてペルシア軍をおびき寄せたり、奇襲をかけたし、天才的な用兵を示しました。図入りですから、よく理解できます。
ダレイオス3世との最後の決戦の様子も図入りで詳しく解説されています。ダレイオス3世が夜襲を恐れてペルシア軍兵士を前夜、武装して立ったまま待機を命じ、兵士が戦闘意欲を喪っていった様子も描かれています。そして、映画「ベンハー」にも出てくる鎌付き戦車については、威力を示させないように工夫したというのです。すごいものです。
ただ、当時、やっと26歳になったアレクサンドロスにも弱点はあったとも指摘されています。たとえば、戦場から逃げるダレイオス3世を捕まえようとわずかな兵を率いて深追いしたことです。
さらに、映画「アレキサンダー」にも後半で、現地ペルシア人高官を登用したり、兵士として採用したりして、一緒にたたかってきたマケドニア人将兵から反発を呼んだというのも事実でした。やはり異民族を支配するというのは昔も今も一大難事なのです。
アレクサンドロス大王の実像そして虚像について素人なりによく理解できました。
夏目金之助、ロンドンに狂せり
著者:末延芳晴、出版社:青土社
下の娘が今春、大学生になりました。大学生への読書のすすめのなかで、夏目漱石をあげている学者が何人かいて、漱石って、今でも日本の若者にとって必読文献なんだなと、自覚させられました。もちろん、私も高校生のとき、また大学に入ってからも漱石はかなり読みましたよ・・・。
この本は、漱石がロンドンに留学したころを取りあげています。漱石はロンドンでノイローゼに陥り、知人から「ついに狂った」と言われたほどでした。
漱石がロンドンに着いたのは1900年(明治33年)10月28日。今から105年ほど前のことです。33歳でした。イギリスが南アフリカで戦い(ボーア戦争)、その義勇兵の帰還を歓迎する大パレードがくり広げられているさなかのことです。
漱石は単身イギリスに渡りました。妻の鏡子24歳は日本に残しました。鏡子は早起きが大の苦手。朝、夫が出勤してもまだ目が覚めなかったそうです。その鏡子は熊本の白川に投身自殺を図ってもいます。
漱石はイギリスに渡る前、人間は外見が大事だという考えから、東京・銀座の森村組で最高級のスーツを新調しました。
漱石は、巧みな英会話を披露できるほどの能力はありました。決して英語が話せなかったというわけではありません。ただ、キリスト教には警戒し、入信はしませんでした。キリスト教に疑いをもっていたからです。
漱石の顔には、あばたが残っていて、本人もかなり気にしていたようです。心のトラウマだったと指摘されています。あばたに起因する屈辱感があったというのです。
ところで、漱石は、初期の漢文体から最後の完全言文一致まで、一番過激に文体を変えていった作家といってよい、とされています。こんなこと、はじめて知りました。
当時、ロンドン在住の日本人は、駐英公使もふくめて30人ほどしかいませんでした。
日本人は部屋代の支払いがよく、きれいに生活しているので、ロンドンの家主から歓迎される存在でした。漱石もロンドンでの留学生活をはじめて半年間ほどは、それなりに楽しんでいました。ところが、そのあとは下宿に引きこもりがちになりました。文部省給費留学生として、支給される学費があまりに少なかったため、外出や付きあいを控えざるをえなかったのです。下宿籠城主義だと自称しました。
帝大英文学科卒業という肩書きをもっていた漱石は、ロンドンで、それがいかに空虚なものにすぎないか十分に自覚していました。ところが、その後、神経衰弱に陥って下宿から一歩も外に出れなくなったのです。
漱石をもう一度読んで、ついでに青春の日々を自分のなかによみがえらせたい、そう思いました。
宮澤喜一回顧録
著者:御厨 貴、出版社:岩波書店
自民党の元首相が何を言うのか、あまり期待もせずに読みはじめましたが、意外や意外、戦前から戦後、そして現代政治について、かなり思い切って裏面も紹介しながら語っていますので、面白く読みとおしました。たとえば、宮澤元首相は憲法9条を変える必要はないと言うのです。これには私も、まったく同感です。
現に自衛隊が50年いる。それは事実だ。でも、だからといって条文そのものを変える必要はないだろう。いま誰も自衛隊をやめろと言っているわけではないし、そうかと言って、わが国は外国で武力行使をしてはいけないということは多くの国民が承認していることなのだから、なにも憲法9条2項を変えなければならないことはないのではないか。9条を中心に改正することは入り用のないことだ。
同じく、宮澤元首相はイラクへの自衛隊の派遣についても批判的です。
イラク戦争は、かつてのアメリカではありえなかった先制攻撃をしかけたもの。ところが、大量破壊兵器はなかったし、9.11とイラクに直接の関係のなかったことが明確になった。そして国連の安保理事会で多数の賛成を得ることなく、ブッシュ政権が先制攻撃をかけた。このような問題のあるブッシュに対して、小泉首相は少し踏みこみすぎたのではないか。ブッシュはネオコンにひっぱられている。そこに、イギリスのブレアほどではないが、小泉首相がコミットしていることに少し不安をもつ。日米安保条約はたしかにある。しかし、だからといってここまでアメリカに踏みこみすぎることがいいのかどうか。
幸い自衛隊はこれまで攻撃を受けずに仕事をしているからいいようなものの、実際には宿営地の外へ出て、思ったほど仕事ができているわけではないし、場合によってはいつゲリラの攻撃を受けるかも分からない状況におかれている。いま武力行使はしていないが、何者かに襲われたら正当防衛せざるをえない。そのとき死んだとか殺したとかいうことになりかねない。そいう立場に自衛隊を置くことを日本の憲法は果たして想定していただろうか。やや疑問を持っている。
小泉首相についても危ないという不安感が拭えないようです。次のように語っています。
小泉首相の政策を徹底していくと従来からの自民党の支持基盤そのものが崩されることになる。自民党は既存の現役候補者をかかえているので新人が出ない。民主党の方が出世の早道になっている。官僚出身も民主党に行く人が増えている。民主党は、私にいわせるとやや仮面をかぶったまま、政権交代が可能な政党としてのイメージを獲得していくのではないか。自民党は公明党にかなり寄っかかっているところがあるので、民主党はいいところまで伸びていくのではないかと予測している。とくに小泉改革が本当に成功していけば、自民党が立っている基盤そのものがかなり緩むので、これは思わぬ展開をしないとも限らないと感じている。
宮澤元首相は、日本がこれだけ経済大国になって、安全を他国に依存しているだけでいいのか、今後もアメリカ頼りでいいのか、という点も問題提起しています。ただ、自主独立をとるべきだという強い主張でもないようですが・・・。
内閣の閣議なんて、実は議論する場なんかじゃない。このように率直に紹介されているのも驚きでした。なるほど、言われてみればそうなんでしょう。前日に開かれる次官会議ですべて決まっていて、それを承認するだけのセレモニーなんですね。
アメリカとの単独講和について、反対する人がいるけれど、当時はあれしかなかったんじゃないかと開き直っています。うーん、そうかなー・・・。私は動揺してしまいました。また、日米安保条約に反対する運動についても、あれは中味のない騒ぎだったと、一言のもとに片づけられています。そうはいっても、日米安保条約のもとでアメリカの横暴さはますますひどくなっていると思うのですが・・・。
戦争を体験した70歳以上の自民党長老に戦争反対の声が強いのは頼もしいのですが、戦争を知らない30代、40代の政治家にいかにも「勇ましい」好戦派が多いのは困ったことです。いったい自分とその家族が率先して外国の戦場、たとえばイラクへ出かけるとでもいうのでしょうか。もちろん、私は戦場へ行きたくないし、子どもたちにも行かせたくなんかありません。
アメリカCEOの犯罪
著者:D・クィン・ミルズ、出版社:シュプリンガー・フェアラーク東京
ハーバード、ビジネス・スクールの教授がアメリカ企業の実態を暴き、皇帝CEOとそれを支える取締役会、会計士そして弁護士の犯罪性を厳しく糾弾した本です。日本の監督法人と企業内弁護士も胸に手をあてながらぜひ読んでほしいと思いました。
まず、CEOたちが権力の乱用をはじめた。それに会計事務所や弁護士そして投資銀行が投資家の信頼を裏切って加担した。銀行家やアナリスト、ブローカーは組織的な詐欺をしなければ投資ビジネスで裕福な生活はできない。ところが、投資家が貪欲だったから騙されたなどと嘘をついて自己弁護している。 CEOにストック・オプションが与えられるようになってから、会社の株価が上がるとストック・オプションによってCEOに莫大な富をもたらすことから、CEOはどんな手段をつかってでも、株価を引き上げたいという強い誘惑にかられるようになった。それは、たとえ会社が破綻し、株主が貧乏になろうともだ。売り上げと利益を水増しし、株価を急速につり上げるためには詐欺も働く。取締役会も株主を裏切ってまでCEOのために行動する。そして、その裏切りは寛大な報酬ないし退職金で報われる。
CEOの冷酷さが表面化したのは1990年代になってからのこと。1990年から2000年に、CEOに支払われた報酬は511%増加した。それに反して、一般労働者に支払われたのはわずか37%増だった。CEOの報酬と一般労働者の賃金との比率は1980年に55対1であり、1990年に130対1であったが。2000年にはなんと580対1にまでなった。
かつて会計士は、公正な帳簿管理者たらんとした。しかし、1990年代には、ゲームのプレーヤーになった。会社が債務を投資家の目から隠すのを手伝ったり、CEOが大金を懐に入れる手伝いをするようになった。会計は相当厳格な規律にもとづくものと世間で思われているが、実は裁量の幅は大きい。しかも、会計事務所はコンサルティング業務でもうけようとして、監査をCEOに甘くした。大手企業は監査法人に対して、監査手数料の3倍をコンサルティング・サービスの手数料として支払っている。
弁護士も、かつては自らを企業の良心の守護者だと思っていた。しかし、弁護士も、日常的に、法律違反が明らかになるような情報をいかに当局に隠すのかをアドバイスし、テクニカルに合法だと思われるように仕立て上げるようにアドバイスしている。法律をいかにしてねじまげるかに弁護士も頭をひねっている。だから、投資家や株主が会社の顧問弁護士によって守られることは期待できない。大変厳しい指摘がなされています。日本の企業内弁護士は大丈夫でしょうか・・・。
メリルリンチのような投資会社やアナリストたちは、内輪では二束三文、くだらない最低のものと見ていた会社を投資家に「買い」だと推奨していた。今や投資家はアナリストを信頼すべきではない。そのうえ、CEOには失敗しても巨額の報酬が与えられる。会社の業績が悪くても、会社が倒産しても高額の退職金(ゴールデン・パラシュート)をもらえ、オプションの現金化が認められている。
ビジネス・スクールは、大学を卒業して実社会で数年のあいだ経験を積んで入学するから、平均は26歳である。彼らは、20年間働いて大金持ちになり、ヨットで楽しむことを目ざしている。倫理講座なんて必要ない。金もうけして何が悪いのかという雰囲気がビジネス・スクールにはある。
何だか心が寒々となってくる本です。こんな状況のアメリカを日本がお手本にしてよいとはとても思えません。いかがでしょうか・・・。
2005年5月30日
旭山動物園物語
著者:古舘謙二、出版社:樹立社
子どもたちが小さいころには、私も動物園によく行きました。残念なことに、もう久しく動物園には行っていません。幼い子どもがいるというのは、手がかかって大変だと言えばそうなのですが、本当はとても幸せなことだと今しみじみ思います。いえ、全然そんなところに行かないというのではありません。少し前に鹿児島と沖縄の水族館に行って、海の神秘を改めて堪能してきました。
北海道の旭川市には、私も一度だけ行ったことがあります。盆地ですから、夏は北海道とは思えないほどに暑くなり、冬はマイナス30度にまで冷えこむまちです。そんな旭川にある動物園が、今や東京の上野動物園を抜いて日本一の入場者数を誇っているというのです。なぜ、でしょうか・・・。
この本には、ペンギンの行進の写真が紹介されています。両側に人間が列をつくって見物するなかを、ペンギンたちが往復500メートルを群れをなしてよちよち散歩していくのです。折り返し地点では、寝そべってすべったりして10分ほど遊び、それに飽きたらまた引き返すそうです。いえ、動物園がペンギンたちに散歩を強制しているのではありません。ただペンギンの本能を生かして、人間はただ見守っているだけなのです。なんだか見てるだけで楽しくワクワクしてくる写真ですよ・・・。
オランウータンの空中運動場というのもあります。高さ17メートルの2本の柱に長さ13メートルの鉄骨を渡し、その下にロープを張っています。もちろん、オランウータンはその高くて長いロープを伝わって散歩するのです。安全ネットなんかありません。野生のオランウータンは高さ30メートルの木の上で生活していますし、握力は人間の10倍、400キロもあり、とても用心深い性格なので、落ちるわけがないのです。人間は、下から見上げて眺めるだけ。これを渡り切ってはじめてメスに一人前のオスと認めてもらって、ついに赤ちゃんが生まれたというエピソードが紹介されています。うーん、なるほど、ですね・・・。
人間の赤ちゃんとシロクマがにらめっこした話には、つい笑ってしまいました。人間の赤ちゃんは目の前に来た白クマさんを興味津々で見ています。ところが、クマの方は目の前の赤ちゃんをエサのつもりで食べようと思って近づいているのです。なーるほど・・・。 ホッキョクギツネは寒さに強く、マイナス70度になってはじめて震えはじめるそうです。すごーい。動物たちが毎日のびのび生活している様子がよく分かる、そんな動物園です。私もぜひ行って見てみたいと思いました。また旭川に行って、動物園に行き、そして帰りに有名なラーメンを食べて心身ともに温まってこようっと・・・。
2005年5月27日
倒産の淵から蘇った会社達
著者:村松謙一、出版社:新日本出版社
倒産寸前の会社を再生させることに情熱を燃やして取り組んできた東京のベテラン弁護士の体験をまとめた本です。個人の破産・再生を専門としている私にも大変勉強になりました。
人間にとって大切なことは、生命・自由・財産の順番であり、家・屋敷などの財産は三番目に大事なものにすぎない。そうなんです。ところが、一番目に大切な生命を投げ出して財産を守ろうとする人のなんと多いことでしょう。銀行が他の支払いは止めても生命保険の掛け金(月40万円)だけは社長に支払いを続けさせていたという話が紹介されています。とんでもないことです。この4月から、保険契約をして2年以上たたないと自殺のケースでは保険金がおりないことに変わったと聞きました。その前は1年でした。2年になったり、1年になったり、時々、生保会社の都合で変動しています。
著者は連帯保証制度を見直すべきだと提案していますが、まったく同感です。つい先日も、日掛け金融が、借り手の主婦と相互に連帯保証させあって自己破産申立しにくくしているケースを扱いました。安易に連帯保証人になるのは考えものですが、法制度としても考え直すべきだと私も思います。
また、返済期間をあまり考えすぎない方がよいという指摘には、なるほど、これは良い考えだと感心しました。まず返済期間ありきという概念を捨てたら、もっと世の中は楽しく活気が出てくるというのです。借入金が40億円。年に1000万円を返済している。返済に400年かかる。でも、利息の年9000万円はきちんと支払っている。社員に給料を支払い、給与も若干アップさせた。会社は幸せに経営していけるし、社員も生き生きと働いている。400年かかる約束でも、みんながそれでいいのなら、いいじゃないか。著者の指摘に、なるほど、そのとおりだと膝をうってしまいました。
会社を再生するには、特定の取引先に大きく依存しすぎないこと。この指摘は弁護士の業務にも言えることです。会社再生とは、つきつめたら人間救済なのである。うーん、なるほど、そうだよなー・・・。ついつい、うなずきました。
免除益など、企業の税金のことなどは理解できませんでしたが、会社経営に無理をしている人には手にとって読んでほしい本です。
ところで、この本の題名って、漢字が難しすぎませんか。出版社のセンスを疑ってしまいました。もっと、分かりやすい題名にしてほしいものです。
心理テストはウソでした
著者:村上宣寛、出版社:日経BP社
ええーっ、ロールシャッハ・テストとかクレペリン検査って、何の科学的根拠もなかったのー・・・。あまりの驚きで、ついのけぞってしまいました。いったい、これはどういうことなんだ・・・。受けたみんなが馬鹿を見た。サブ・タイトルはそうなっています。マジ、ホントカヨー。いまどきの若者言葉でツッコミを入れたくなる本です。
私はAB型ですが、だからどうだと言われても困ります。私は私なのですから。だから、この本で血液型で人間の正確が判定できるなんて何の根拠もないインチキな話だと改めて解明されても、私はちっとも驚きませんし、動揺もしませんでした。政治家もマラソン選手もタレントも、みんな血液型分布は日本人の平均的分布と変わらないことが立証されています。ところが、教育評論家・阿部進は血液型を保育に活用するよう九州地区の幼稚園教師研修会で講演した(2004年8月、沖縄)というのです。まったくバカげています。
さて、ロールシャッハです。1884年、スイス生まれ。37歳の若さで亡くなっています。いまアメリカではロールシャッハ・テストはまったくあてにされないものになっています。ほかの検査なら10分ですむのに、これは平均4時間もかかり、そのうえ、ほとんど科学的根拠に乏しいというのですから、お粗末すぎます。同じようにクレペリン検査も信頼性に乏しいということです。
この本は、最後に、速読法についてもコテンパンにやっつけています。あれは単なる金もうけの手段にすぎない。賢くなるためには分からない本を読まないといけない。分からない本はゆっくり読まないといけない。賢くなるには速読法は必要ない。
そうなんです。本が早く読めることを自慢している私も、別に速読法をマスターしたわけではありません。私の興味と関心の度合いで、結果として本が速く読めるというだけなのです。いまも出番を待っている本が机のそばにうず高く積みあげられています。読みたい本がたくさんあるというのは、私にとって幸せなことなのです。だから、特別に意識することなく、自然に本は速く読めるのです。
葬祭の日本史
著者:高橋繁行、出版社:講談社現代新書
いやあー、驚きました。葬式って、昔はこんなに盛大に、にぎにぎしくやられていたんですね。昔と言っても、わずか90年前の日本のことです。信じられません。ひっそり、しめやかに、音も立てずに、しのび泣き。そんなお葬式のイメージが、それこそガラガラと音をたてて崩れおちていきました。
えっ、誰のお葬式のことを言っているのか、ですか・・・。ほら、あのオッぺケペー節で有名な明治の川上音二郎ですよ。川上音二郎は明治44年(1911年)11月に48歳の若さで亡くなりました。死ぬ間際に、病院から大阪市北浜にあった帝国座に移され、そこで息を引きとったんです。川上音二郎って、新派劇の創始者でもあったんですね。ただちに帝国座の舞台に祭壇が組まれました。
通夜は、なんと1週間。ええっ・・・。そんなの、聞いたこともありません。今じゃ、お坊さんを招いて1時間ほどで終わりますよね。1週間後のお葬式が、また実にすさまじいものです。当日の会葬者は3700人。帝国座から葬儀所のお寺までの6キロを、盛大な行列をつくってすすみます。午前9時に帝国座を出発して、午後1時にお寺に到着しました。これは江戸時代の大名行列をとりいれた葬列だったのです。
この本がすごいのは、その葬列を再現する図をのせているところです。先頭を歩く2人の遠見。次に葬儀屋のトップがつとめる先払い。そのあとに、先箱、大鳥毛、毛槍、台笠、立笠、曲長柄と続きます。奴は、手にもった道具を宙に放り投げ、別の奴がそれを受けとります。このとき、かけ声をかけるやり方と、黙ってするやり方があったようです。
さらに、大勢の徒士、打物、花車と続き、人力車に乗った先進僧が登場します。この先進僧は葬儀ディレクターとして、式進行の一切を取りしきります。まだまだ、行列は延々と続きます。両側には見物人がぎっしり。日本人って、昔から物見高いのです。
喪主と遺族は白衣です。白い衣裳なのに「色着」(いぎ)と呼びます。一般会葬者は黒服です。これも、なんだか今と違いますよね。
そして、現代の火葬場の様子も紹介され、参考になります。日本のお葬式にも、こんなに変遷があるんですね。ちっとも知りませんでした。
葬祭の日本史
著者:高橋繁行、出版社:講談社現代新書
いやあー、驚きました。葬式って、昔はこんなに盛大に、にぎにぎしくやられていたんですね。昔と言っても、わずか90年前の日本のことです。信じられません。ひっそり、しめやかに、音も立てずに、しのび泣き。そんなお葬式のイメージが、それこそガラガラと音をたてて崩れおちていきました。
えっ、誰のお葬式のことを言っているのか、ですか・・・。ほら、あのオッぺケペー節で有名な明治の川上音二郎ですよ。川上音二郎は明治44年(1911年)11月に48歳の若さで亡くなりました。死ぬ間際に、病院から大阪市北浜にあった帝国座に移され、そこで息を引きとったんです。川上音二郎って、新派劇の創始者でもあったんですね。ただちに帝国座の舞台に祭壇が組まれました。
通夜は、なんと1週間。ええっ・・・。そんなの、聞いたこともありません。今じゃ、お坊さんを招いて1時間ほどで終わりますよね。1週間後のお葬式が、また実にすさまじいものです。当日の会葬者は3700人。帝国座から葬儀所のお寺までの6キロを、盛大な行列をつくってすすみます。午前9時に帝国座を出発して、午後1時にお寺に到着しました。これは江戸時代の大名行列をとりいれた葬列だったのです。
この本がすごいのは、その葬列を再現する図をのせているところです。先頭を歩く2人の遠見。次に葬儀屋のトップがつとめる先払い。そのあとに、先箱、大鳥毛、毛槍、台笠、立笠、曲長柄と続きます。奴は、手にもった道具を宙に放り投げ、別の奴がそれを受けとります。このとき、かけ声をかけるやり方と、黙ってするやり方があったようです。
さらに、大勢の徒士、打物、花車と続き、人力車に乗った先進僧が登場します。この先進僧は葬儀ディレクターとして、式進行の一切を取りしきります。まだまだ、行列は延々と続きます。両側には見物人がぎっしり。日本人って、昔から物見高いのです。
喪主と遺族は白衣です。白い衣裳なのに「色着」(いぎ)と呼びます。一般会葬者は黒服です。これも、なんだか今と違いますよね。
そして、現代の火葬場の様子も紹介され、参考になります。日本のお葬式にも、こんなに変遷があるんですね。ちっとも知りませんでした。
2005年5月26日
日本型成果主義の可能性
著者:城 繁幸、出版社:東洋経済新報社
同じ著者の「内側から見た富士通」(光文社)はベストセラーにもなりましたが、この本で成果主義の問題点が具体的によく分かり、なるほどなるほどと納得させられました。
この本は、さらに議論を前にすすめています。これまた、企業社会に身を置いたことのない私にも実感としてよく分かりました。年功序列の最大の特徴は差をつけないことにある。年功序列制度が日本の発展を支えてきた。それは差をつけないから、落伍者を生み出さない。そこで必然的にいかにポストを増やすか、いかに仕事を増やすかというのが経営方針となってきた。そこには評価制度は必要なかった。
日本企業の成果主義は、たいてい目標管理制度をともなっているが、それには上から下への目標のブレイクダウンという特徴がある。しかし、目標管理制度が理論どおりに機能するためには、1.目標が数値化できる、2.目標のハードルが同じ高さ、3.常に目標が現状にマッチしている、4.評価のとき、達成度だけで絶対評価が可能、この4点が必要である。
しかし、現実に起きることは、目標が低いレベル化することと、評価の大量インフレだ。目標達成者が急増しても、実は、肝心の企業業績は一向に上がらないということが起こりうる。目標管理という壮大な手間をかけつつ、実は、年功序列制度と変わらないことをしていた、ということになるだけ。
社員の給与をいくら削れるか、これしか関心のない経営者は成果主義を考えてはいけない。なぜなら、高い評価を受けた社員が1割いたとして、残る社員のうち、少なくとも2倍(2割)は士気(モチベーション)を下げてしまう。社員総体のやる気まで必ず下がるだろう。成果主義によって人材の「不良債権化」がはじまる。
要するに、ごく一部の従業員だけがやる気を出しても、残りの社員がやる気を喪失するような制度では、組織全体のパフォーマンスは決して上がらないということです。
そう言われたらそのとおりですよね。韓国は日本の先を行ってアメリカ並みになろうとしているそうです。でも、著者もアメリカ社会は決して真似してよい社会とは思えないと言っています。国民の2割が貧困層、3000万人が日々の食事にも窮しているのです。2極分化がすすめば、社会不安も増大していきます。犯罪も多発します。みなさん、よくよく考え直しましょうね・・・。
2005年5月25日
野鳥を呼ぶ庭づくり
著者:藤本和典、出版社:新潮選書
わが家にやって来る野鳥は、キジバト、スズメ、ヒヨドリ。この連中が常連です。キジバトには毎朝エサを与えています。麻の実が大好物です。エサをやるのが遅いと、わざと近くにやってきて、私からよく見えるところでウロウロしています。番いのキジバトが毎日食べていますが、たまに3羽目がやって来ると、たちまちケンカが始まります。結局、3羽目は追っ払われてしまいます。丸々と太り、いかにも肥満気味のキジバトになっているのが申し訳ないという気分です。毎日エサを与えても、手乗りとまではいきません。お隣りの奥さんには肩にとまったりしていますが、私には1メートル以内の接近は絶対に許してくれません。
スズメはわが家の軒下に巣をつくっていますが、ハトと違って警戒厳重で、私を見ただけですぐに逃げ出します。いつも20羽近くがやかましくチュンチュンさえずっています。ヒヨドリも甲高い声を出しながら飛びまわり、うるさいほどです。植物の実は食べませんので、キジバトのエサには近づきません。私がときどきミカンやリンゴを桜んぼの木の枝に差しておくと美味しそうに食べています。サクランボが色づくと、あっというまに食べ尽くしてしまいます。ちょっと前までは私と競争していました。サクランボの実は色はとてもいいのですが、甘さがもうひとつ、なのです。それで3年前から競争はやめてヒヨドリのエサにしています。甘く色づくまではヒヨドリも食べません。酸っぱい夏ミカンのようなものもヒヨドリは食べません。リンゴも切ったばかりのものは固いし、甘さが足りないようで、少しやわらかくなったところでヒヨドリはついばみ始めます。このときは、私が1メートルほど近くに寄っていっても逃げません。それほど美味しいのでしょう。
リンゴやミカンを木の枝に差しておくとメジロもやってきます。目のまわりが白いので、まさにメジロです。梅の花が咲いたときにも蜜を吸いにやってきます。メジロは周囲をすごく気にしていかにも気ぜわしく蜜を吸います。キジバトほど大きくはありませんが、スズメをひとまわり大きくしたツグミもやって来ます。こちらは虫を食べています。庭をチョンチョンチョンと跳ぶようにしてかけまわって虫を食べています。
庭仕事をしていると秋から冬にかけてはジョウビタキがやって来ます。ほんの1メートル先あたりに止まって、尻尾をチョンチョンと上下させ、ジッジッと挨拶してくれます。とっても可愛らしい鳥です。虫を追うというより、人間の顔を見て、「何してるの?」と覗きこむ感じなのです。
白と黒のツートンカラーのカササギが、うるさい声を出しながらすぐ近くを飛びまわっています。朝鮮半島から日本に渡ってきたというのですが、ドイツでも見かけました。近くの電柱の上に大きな巣をつくっています。そのうち九電の職員にとり払われてしまうのかと心配しています。こちらは肉食です。先日は、ツグミみたいな鳥を2羽のカササギが路上で騒々しく食べている現場を目撃してしまいました。
わが家の庭のすぐ下は田んぼです。スズメの大きさで黄色い小鳥たちの群れが一斉に飛びたつのを見かけました。カワラヒワです。太く白いくちばしをもっていて、雑草の種子を食べるそうです。
春になると姿を見たことはありませんがウグイスがやってきます。春一番は、いかにも慣れず下手な歌です。でも、だんだん歌はうまくなっていきます。私はいつもトイレの窓からウグイスの鳴き声を楽しんでいます。
この本によると、シジウカラは、1年間で12万5000匹の毛虫を食べるそうです。すごいものです。野鳥が来ると庭も生き生きしてきますし、何か人間まで楽しい気分になってくるのです。毎日のエサ代も、そう考えたら安いものです。野鳥が伸び伸びと遊ぶ庭づくりを私も目ざしています。そのつもりで、庭の木に巣箱を2つくくりつけてみたのですが、2年近くになるのに、どちらも利用してくれません。よく見えるのを嫌ったのでしょうか・・・。残念です。
2005年5月24日
北海道警察の冷たい夏
著者:曽我部 司、出版社:講談社文庫
なるほど、題名のとおり背筋がゾクゾクしてくるほどの冷たさを感じます。今や北海道はロシア・マフィアに実質的に支配されているのも同然だとされているのです。ロシア・マフィアはパキスタン人を配下として日本から盗難車をロシアに密輸出し、また、大量の覚せい剤を密輸入しているというのです。北海道の暴力団はロシア・マフィアの非合法ビジネスに組み込まれ、密漁カニ、拳銃、売春・・・何でもありの世界になっている・・・。
道警の稲葉警部の事件を、この本によって詳しく知ることができました。事実は小説より奇なりとは昔からよく言いますが、まさしく、そのとおりです。警察庁登録50号事件というのがある。南アフリカから、ブラジル製のロッシーという拳銃が800丁も日本に輸入されたことを警視庁が察知した。1996年のこと。公安委員会の許可を得て、警察庁を中心として千葉県警、警視庁、北海道警による合同捜査がすすめられた。そのとき、関東に面の割れていない道警の稲葉警部が抜てきされて、暴力団員になりすまして潜入捜査にあたった。元暴力団幹部と組んで囮捜査をすすめていった。ところが、稲葉警部の耳がフラワーになっているのに気づいた相手の暴力団員が怪しみ、稲葉警部の耳に拳銃をあてて引き金を指にかけた。その場は、元幹部が言い逃れを言ってなんとか切り抜けたが、小便をちびるほどの恐怖だったとあとで感想をもらした。
結局、この捜査は失敗し、800丁のうちわずか8丁の拳銃を摘発しただけで終わってしまった。この失敗から、稲葉警部はスパイ(S)を大切に運用するしかないと確信し、また、警察という組織にも不信感を抱いたというのです。耳がフラワーになっているという言葉を初めて知りました。柔道で鍛えると耳の軟骨が慢性的に潰れてしまい、耳全体が分厚く膨れている状態をさすのだそうです。今度、警察官の耳をじっくり観察することにしましょう。
稲葉警部は借りていたマンションが9部屋、所有物件が4ヶ所。ハーレーダビッドソンを3台も所有。ポルシェにも乗って、愛人は3人。そのうち1人は同僚の警官(24歳)。そんなお金がどこから出てくるの・・・。そんな生活を何年間もしていました。上司の覚えがよかったからできたことです。ところで、稲葉警部は今や刑務所生活ですが、彼を部下として利用してきた歴代の道警の銃器対策課長はみな出世して、現在も道警の幹部のままです。稲葉警部が7年間で100丁の拳銃を押収などした成果をチャッカリ我がものとし、邪魔になった稲葉警部を切り捨てて平然としている。なんと恐ろしいことでしょう・・・。すさまじい腐臭が遠く九州まで漂ってきました。
これは北海道警だけの問題ではない。赤いオビにそう書かれています。まさしく言い得て妙です。なんとかしてくれよ。そう叫びたくなりました。熱いお茶でも飲んで気分をとりあえず安めることにしましょう・・・。だけど、これは決して忘れることはできない深刻な日本警察の現実です。日本って、こんな国だったんですね・・・。ああ、やだ、やだ。これは寅さん映画に出てきていたタコ社長のせりふです。でも、感嘆にあきらめるわけにはいきません。日本警察の民主化をすすめたいものです。
2005年5月20日
その後の慶喜
著者:家近良樹、出版社:講談社選書メチエ
徳川幕府15代将軍・徳川慶喜が死んだのは大正2年(1913年)11月のことでした。明治天皇が死んで1年以上たってのことです。77歳の天寿を畳の上でまっとうしたのです。明治維新になってからは、ずっと勝海舟の監督の下におかれていたそうです。それでも、大正までも生き延びていたことに驚きました。もちろん、政治的な活動は一切許されていません。ですから、ずっと趣味の世界に生きていました。
徳川慶喜は、鳥羽・伏見の戦いに負けると、たちまち部下を捨てて敵前逃亡し、江戸へ逃げ帰りました。ですから、幕府の心ある将兵は、みな将軍慶喜のことを、賢明かもしれないが、果断とは無縁の、ただ自分自身と徳川家の保身をのみ図る臆病者と見限っていました。
慶喜には「豚一」というあだ名があったそうです。これは、将軍になる前から洋食を好んで食する一橋という意味です。つまり、新しいもの好きで、タブーをもあまり恐れない人間であったということでもあります。慶喜は思いたったら、すぐに行動しないと気がすまない性格でもありました。
慶喜の子は10男11女います。末子は明治21年に生まれた10男です。この子たちは、植木屋、米屋、石工など、普通の庶民に里子に出しました。庶民の子に子どもを預けた方がたくましく育つだろうという見込みのもとです。といっても、やはり、慶喜が身分格差を重視していなかったことの反映でもあります。
慶喜の好奇心は並はずれたものがありました。人力車、自転車、電話、蓄音機、自動車などを、いち早くとりいれてつかっているのです。そして、政治的にも社会的にも活躍できなかったこともあって、多彩な趣味の世界にいりびたりました。銃猟、鷹狩、囲碁、投網、鵜飼い、謡い、能、小鼓、洋画、刺しゅう、将棋・・・などです。身体を動かすのを好み、読書(学習)は性にあわなかったそうです。
慶喜を30年間も静岡に押し込めていた張本人は、勝海舟でした。ひゃあー、勝海舟って、将軍様よりも実権を握っていたのかと不思議な気持ちになりました。
東京帝大法科を卒業した息子から社会主義についてのレクチャーを受けることもあったようです。大逆事件を報道する新聞を隅から隅まで読み、貴族階級の没落を予想したといいます。将軍の座を追われた慶喜が、平凡ではあるけれど、意外にも充実した人生を過ごしていたことがよく分かる本でした。
夏の椿
著者:北 重人、出版社:文芸春秋
江戸時代を舞台とした時代小説。神田川に舟が浮かび、川岸にはしだれ柳が風を受けて揺れている。そんな情景をふつふつと思い描くことができます。
江戸時代にも地面師がいました。今でいう地上げ屋のことです。貧乏長屋の住人が邪魔なので、浪人をつかってなんとか追い出しを図ります。
幕府経済を動かしていたのはお米。その米問屋の不審の筋が見えてきます。高利貸しまがいのことをしては、狙った地面を取りあげて利を図るというのです。
江戸の町人と長屋に住む人々の生活を背景に、殺人事件の謎を周乃助が足を運んで解きほぐしていきます。そこに襲いかかる剣の達人。その素性は何か・・・。
時代劇に大型新人登場とオビに書かれています。人情物というより、探偵の謎解きという感もありますが、なかなか読ませます。
インチキ科学の解読法
著者:マーティン・ガードナー、出版社:光文社
尿療法というのがあります。知っていますか? 朝、起きがけに自分のオシッコをコップ一杯飲むというものです。ええっ、と思いますが、私の知っている弁護士も一時期、その信奉者であり、実践していました(今も、かもしれません)。
しかし、この本によると、治療に尿素がつかわれているからといって、ヒトの尿を飲んだり注射してもいいなんていう拡大解釈はもってのほか、だそうです。
フロイト、あの精神分析で有名なフロイトは、重度のコカイン中毒患者だったそうです。そして、その夢理論は実証的な根拠を欠く主観的な推測でしかなかった。睡眠中にテープを聞くのに学習効果があるというのはまったくの嘘。レム睡眠の目的は、シナプスの偶発的な接続を減らすことによって、不要な記憶を消すことにある。そのランダムな処理過程が、必然的に奇怪でナンセンスな光景を捏造するだけなのだ。
「エホバの証人」は、1914年にハルマゲドンが始まり、あらゆる国々が破壊されたあとに神の王国が建てられると唱えていた。その年が何事もなく過ぎると、その予言の日が1915年へ、さらに1918年に延ばされた。そして、その予言が失敗すると、1975年を再臨の年に選んだ。今では、「その日」を予言することはしていない。
インチキ科学は日本でも依然として大流行しています。信じる者は救われるといいますが、その流す害毒の方は小さくありません。目を覚ますきっかけになりうる本だと思います。
義経の登場
著者:保立道久、出版社:NHKブックス
私と同世代の著者は、頼朝中心史観から脱却すべきだと強調しています。
たとえば、義経の父は源義朝ですが、母の常磐(ときわ)は身分の低い雑仕女(ぞうしめ)だったとされている常識は間違いだというのです。たしかに常磐は「雑仕」ではあった。しかし、同時に「美女」でもあった。そして、近衛天皇の中宮・九条院呈子(しめこ)に13歳のときから仕えていた。
保元の乱は後白河天皇と崇徳院との対立であり、平治の乱は後白河の近臣内部の殺しあいだった。義経は常磐にとっては3人目の子ども、22歳。義朝によって最後の男子であった。平治の乱のとき、常磐は九条院と院に属する女房などにとって最大の話題であり、心配の種であった。そこで、平治の乱のあと、平清盛の前に引き出されて常磐は老母の助命と子どもたちの解放を願い、清盛がそれを受けいれ、常磐をいっとき自分の女とした。そのあと、常磐は一条長成と再婚している。
清盛が頼朝の命を奪わなかったのは、平治の乱のあとの政治状況をふまえて慎重に判断をしてのことであった。そのころ、後白河は清盛の妻・時子の妹の滋子(建春門院)を寵愛していた。そのような状況で、清盛はできる限り穏便に事態を収拾しようとしたのだ。
ところで、清盛は、後白河上皇と二条天皇の双方に両天秤をかけてもいた。しかし、この後白河上皇と滋子との関係が10年も続いたことによって、清盛と後白河との連携も強まり、平氏政権は絶頂の時期を迎えた。ところが、それは、逆に平氏政権の基礎を掘り崩していく時期でもあった。そして、突然、滋子が35歳で死んだことにより、16歳の高倉天皇に世継ぎの男子がいないことが問題となった。後白河上皇と高倉天皇との父子間対立は、結局、平氏によるクーデターとなった。
以上、この本を十分に理解できたとは言えませんが、義経を単に判官びいきの視点からではなく、当時の貴族と武家をとりまく社会構造をふまえて多面的に見直すための一つの視座を与えてくれる本ではありました。
2005年5月19日
馬賊で見る「満州」
著者:渋谷由里、出版社:講談社選書メチエ
張作霖の実像を追跡した本です。私が大学2年生のときに生まれた完全な戦後派の著者は、これまでの歴史観から離れて、独自の張作霖像を描き出すことに努めました。その努力はかなり報いられているように思います。ただ、張作霖爆殺事件を引き起こした関東軍内部の動向について、もっと掘り下げてほしいという不満は残りましたが・・・。
2001年10月に、張作霖の長男の張学良が満100歳でなくなりました。1936年12月の蒋介石を監禁した西安事件の首謀者として有名な張学良は、蒋介石に台湾まで連行され、1990年まで軟禁生活を過ごしていたのです。心身ともにタフだったのですね・・・。
張作霖は馬賊出身として有名ですが、その馬賊の実態が解明されています。張作霖は身内の援助で「保険隊」を組織した。この「保険隊」は、「保険料」と称するお金を地方の資産家からもらって、その家屋や資産を外敵の襲来から守る自衛組織である。馬賊を社会からの完全脱落者としてのアウトロー集団と位置づけるのは難しい。むしろ、地域社会の底辺層にある人々が社会に食いこみつつ、上昇の機会をうかがうための有効な装置として機能していたものである。張作霖は、内政については王永江にほとんどまかせていて、この王永江が見事に内政を取りしきった。
張作霖は日本の傀儡(かいらい)政権であったか否か、著者は否定的に見ています。張作霖の軍事顧問として日本軍から送りこまれた日本人(町野武馬や松井七夫)は、日本側の利益より中国の利益第一で意見を述べていました。ですから、日本軍の上層部は、これらの軍事顧問を嫌ったほどです。
河本大作ら一部の関東軍将校が張作霖を1928年6月4日に爆殺しました。これは鉄道権益を中心に物事を考えたことによるもので、周到かつ極秘裏に暗殺計画はすすめられました。しかし、河本大作らは張作霖本人を殺したかどうかすぐには分からず、ウロウロしているあいだに息子の張学良への政権移譲が完成してしまったのです。
要するに、張作霖は単なる馬賊ではなかったということです。なるほどですね。そんなに単純な人物でないことがよく分かりました。