弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2005年4月25日
ノモンハン
著者:アルヴィン・D・クックス、出版社:朝日文庫
1939年5月から8月にかけて当時の満州国とソ連との国境付近で起きたノモンハン事件、ロシア側の呼び方ではハルヒンゴール(ハルハ河)紛争は、今や多くの日本人に忘れ去られています。日本に住んだこともあるアメリカ人の学者によるノモンハン事件戦の本格的な研究書です。のべ400人もの日本軍関係者にインタビューしたとあって、臨場感にあふれる戦史となっています。文庫本で4巻あります。
できたばかりの第23師団の師団長となった小松原道太郎中将は、このとき53歳、ロシア駐在武官の経歴をもってロシア語に通じ、日本陸軍有数のロシア通とされていました。
ノモンハンでは、日本とソ連の双方の戦車群が対戦しましたが、日本の戦車砲は射程においても、破壊力においても、装甲貫通力においても、ソ連軍のBT戦車とT26型戦車に比べて、格段に劣っていました。日本軍の戦車73両のうち、44両(6割)がたちまち行動不能にさせられました。日本軍の戦車は中戦車で時速25キロ、軽戦車で45キロだったのに対して、ソ連軍の戦車はキャタピラのとき時速50キロ、車輪だったら80キロ近くで走れた。しかも、日本軍の戦車は故障が多く、装甲板はほとんど効果がなかった。
ソ連軍の狙撃兵は800メートルの距離から狙って優秀だったが、日本軍の方は照準鏡の倍率が3分の1しかないため300メートルに近づかなければ射てなかった。
日本軍は射撃技量や訓練を自慢していたが、ソ連軍の方がはるかに大砲の数が多くはるかに優秀な重砲をもっていて、弾薬の補給もぜいたくだったし、効果的に機敏に移動する能力を備えていた。日本軍が1万発うてば、ソ連軍の砲兵は3万発をお返しした。標定技術もソ連軍の方がはるかに秀れていた。
日本軍はノモンハンでの惨敗をひた隠しにして、そこから何の教訓も引き出そうとはしませんでした。敗戦の責任は現地の将兵に全部押しつけてしまったのです。ノモンハンの敗因のひとつに、当時、ソビエト赤軍の大物スパイであったゾルゲが東京で日本支配層の意向を探知し、現地の関東軍とは異なり、日本軍の上層部が不拡大方針をとっていたことをソ連に通報していたこともあげられています。
日本軍の人的損害は5万人ほど、戦死者は2万5千人にものぼります。たとえば、小松原中将の指揮する第23師団は戦死30%をふくめて76%の損失を蒙っています。しかも、大隊長以上の幹部将校は82%の損失率となっています。最前線の将校の損耗率がきわめて高いのが特徴でした。
将兵は生きて虜囚の身となるなかれという不文律にとらわれており、このため日本軍の犠牲が大きくなりました。また、軍旗を守れという意識からも犠牲者が続出しています。不幸にして捕虜となり、生きて送還された将校には自決用の拳銃が渡されました。ところが、軍の最上層部は責任を問われることはなかったのです。
若手の将校は、俺は不死身だと言いつのって身をかがめることもなく壕の上に立っていることが多く、そこをソ連の狙撃兵に狙われて次々に倒されていったという話が紹介されています。いかに狂信的な将校が多かったことがよく分かります。
日本軍は、ソ連軍を日露戦争のときのロシア軍と同じとみて馬鹿にしていたようです。簡単に蹴散らせるなどと軽く考えていて、ソ連軍が実際には人員も武器も増強されているのに、逆に戦線から早くも撤退・逃亡しているなどと根拠のない楽観論に支配されていました。精神論で戦争に勝てるものと思っていたわけです。
日本軍は単なる国境紛争としてごまかしましたが、実際には関東軍とソ連軍ががっぷり四つに組んでたたかわれた近代戦であったことが、この本を読むとよく分かります。それにしても日本軍の指揮命令と兵站活動のお粗末さ加減には腹が立ってくるほどです。
大勢の有為な日本青年が次々と戦死させられていく状況がことこまかく描かれていますので、さすがの私も、いつものように飛ばし読みすることはできませんでした。
ノモンハンでソ連軍の実戦力の強さと敗因をきちんと分析していたら、あとの展開もずい分と変わっていたのでしょう。でも、戦争という異常事態のもとでは、声の大きい者が何の根拠もなくのさばるようです。嫌になってしまいます。戦争も軍人も、殺すのも殺されるのも、私は嫌いです。
かつて日本軍が中国大陸で何をしていたのか、現代日本人は忘れていますが、被害者となった民衆が60年たったくらいで忘れるはずはありません。最近の中国での反日暴動を見るにつけ、日本政府は過去の誤りをきちんと正さなければいけないと痛感します。
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