弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2005年3月30日
伊藤博文暗殺事件
著者:大野 芳、出版社:新潮社
伊藤博文は1909年(明治42年)10月26日午前9時半過ぎ、ハルビン駅で安重根のピストルで暗殺された。教科書にも書いてある歴史的事実である。しかし、暗殺者は安重根ではなかった・・・。
小柄な体格の安重根は駅のホームに降りたち、儀仗兵を閲兵していた伊藤博文を下の方から狙って撃った。しかし、伊藤博文の治療にあたった医師は、3発の弾丸はいずれも右上から左下へ弾が入ったと認めた。さらに、現場で発射された弾丸による弾痕は合計13個。1発で2箇所ないし流れ弾を考えたら、狙撃犯は8発か9発を発射したことになる。ところが、安重根のブローニング拳銃は7連発で、弾丸が1発残っていた。ということは数があわない。
伊藤博文の側近であり、当日も同行していた室田義文・貴族院議員は30年後に次のように語った。
ハルビン駅の2階の食堂から、斜め下に向けてフランスの騎馬銃(カービン銃)で撃ったものがいる。右肩から斜め下に撃つには、いかなる方法によっても2階以外は不可能だ。そこは格子になっていて、斜め下を狙うには絶好だった。
ということは、安重根は真犯人ではない、ということになる。これは、暗殺グループの一員であったが、直接の下手人ではないということ。関係者はそれを知ったうえで安重根を暗殺犯人として扱い、それなりの待遇をしていたのではないのか。本書はそのように提起している。
旅順監獄において安重根は多くの書を残している。墨と筆、そして絹の白布が差し入れられ、揮毫が許されている。日本の元勲を殺した殺人犯で死刑囚に、なぜ関係者がこれほどの厚遇を示したのか。それは、陰謀があり、その人身御供となった安重根に心から同情していたから。もちろん、安重根の人格が高潔であったことも一因ではあるだろう。
ところで、安重根の裁判は、実は難問をかかえていた。暗殺現場は中国のハルビンである。当時はロシアが支配していた。しかも、犯人は朝鮮人。だから、日本の刑法で犯人を処罰できるのか、という問題があった。イギリス人やロシア人、そしてスペイン人の弁護士たちが安重根の弁護人をして名乗り出ていた。それを日本政府は排除しなければならなかった。日本の元勲を殺したといっても、犯人は死刑にならず、無期徒刑の可能性も強かった。それでは困るということで、政府が裁判所に圧力をかけて無理矢理に死刑判決へもっていった。
では、安重根が真犯人ではないとしたら、一体、誰が、何のために伊藤博文を暗殺したというのか・・・。韓国併合を強引に推進しようと考えていたグループにとって伊藤博文は最大の障害であった。邪魔者は消せ。そして彼は消された。うーん、そうだったのか・・・。
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