弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年3月18日

学校に戦争がやってきた

著者:佐藤光康、出版社:無明舎出版
 第二次世界大戦で日本が敗戦する直前の1年間の山形の学校の様子を浮かびあがらせた本です。学校誌や作文など貴重な資料を渉猟し、体験者の証言で裏付けをとっていますので、貴重なドキュメントになっています。
 山形中学の生徒たちは学徒の勤労動員でゼロ戦をつくっていた群馬県大田市の隣りの大泉町にあった中島飛行機小泉製作所に行かされ、そこで働きました。ここは、4年間でセロ戦を8900機もつくったところです。ちなみにゼロ戦はデビュー当初こそ最新鋭機として恐れられましたが、やがてグラマン機などから容易に撃墜されるようになってしまいました。技術革新が弱かったのです。被弾防禦が弱く、機銃掃射を浴びると、すぐに火を噴くことからペーパープレーンとまで言われていました。
 勤労動員された生徒たちは、食べるものに事欠いて、フラフラしながら働かされていました。育ちざかりなのにいつも腹ペコだったというのですから、耐えられなかったことと思います。
 それにしても特攻隊は志願ではなく、命令だったとか、予科連の募集が不振で押しつけていたという実情を知らされ、ひどいものだと思いました。青少年の純真な心を大人がもてあそんではいけないのは古今東西変わらない真理です。

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