弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年1月31日

山田洋次の世界

著者:切通理作、出版社:ちくま新書
 山田洋次監督は私の好きな映画監督です。その山田洋次監督が、ベテランの役者に対して、演じようとか思いを伝えようとかいっさいしないようにと指示するというのです。
 「君の芝居は嘘なのだ。君は嘘をついている。自分に対して正直でないと叱りつけて、彼、あるいは彼女の悪い自信を一度奪いとる必要があるのです。もっと正直になって、裸になってキャメラの前に立ってほしいわけです」
 山田監督は俳優が役柄について質問してくることを嫌う。現場では「無」でいてほしいと願う。役者に対しては、「もっと自然に」「あなたはあなたのままでいい」と繰り返す。だけど、役柄を解釈して型にはめて演じることが身についているプロの役者にとって、それは一番難しいこと。
 『男はつらいよ』の大半を私は見ました。飯塚の古びた旅館で弁護団合宿をしたとき、テレビだったか映画館でだったか、寅さんが同じような古びた旅館に泊まるシーンが出てきてみんなで大笑いした記憶があります。年に2回の新作を14年間つくり続けたというのですから驚異的です。そのうえ毎回200万人もの観客を動員したというのですから、すごいものです。ところが、その割には山田洋次監督の世間的評価は高くありません。朝日新聞をはじめとする大マスコミがワンパターンの話であり、庶民向けの低級の娯楽映画だとして無視してきたからです。
 この本は、山田洋次監督が映画をつくるときの脚本が第一稿から決定稿までそろっている松竹大谷図書館の一次資料を参照しているだけに、新書の軽さに反比例してずっしりと重い内容になっています。著者は、この本の最後に次のように書いています。
 山田洋次は、常に「いま、どうして作る必要があるのか」を自他に問いかけて映画をつくってきた。問いかけの中で、放浪への憧れと現実への桎梏を行きつ戻りつしながら、常に数ミリでも希望に向かって歩んできたのではないだろうか。
 常に「いまどうしてこの映画を作らなければいけないのか」を自他に問い続けてきたからこそ、メジャーシーンで2年以上のブランクを空けることが一度もなく、80本近い作品を作り続け、いまでも現役にいることができているのではないか。世界的にも稀有な存在といえる。
 一見多様な価値観が認められた社会に見えながら、実は生きづらいという意識を人々がもっている。観客は寅さん映画を見て笑いながら、それを感じているのではないか・・・。
 うーん、深くいろいろ考えさせられました。

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