弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2004年8月 1日

ナチスからの回心

著者:クラウス・レゲヴィー、出版社:現代書館
 事実は小説より奇なり。ええっ、本当なの・・・。驚いてしまいました。ナチスの親衛隊の大尉にまでなった男が、戦後のドイツで左翼的知識人として大学の学長までつとめあげ、85歳になるまで過去を暴かれることがなかったというのです。もちろん、家族があります。妻は、戦後まもなくから過去を隠すことについての共犯でした。3人の子どもたちは、成人してから親の過去を知らされますが、沈黙を守り続けます。すごい家族です。
 しかも、本人は単なる親衛隊の大尉というのではありません。ヒムラーやハイドリヒとも親しく、アウシュヴィッツやヴーヘンヴァルト強制収容所とも深い関わりをもっていたのではないかというほどの人物なのです。
 彼は、終戦時35歳。戦死の届出を出して、別人になりすまして大学に入学します。そのうち、離ればなれになっていた妻と再会し、子どもをさらにもうけるのです。「故人とよく似たイトコ」になりすまし、妻は「再婚」するのです。事情を知っていた人は口をつぐみます。ドイツ中が焼け野が原になっていたので、別人になりすませました。親衛隊の隊員番号を腕に入れ墨していたのは、外科医で取りのぞいてもらいます。腕の反対側にもわざと傷をつけ、銃弾の貫通傷のように見せかけました。
 戦後、ナチスの戦争責任が問われたとき、彼はシンポジストとして、のうとうとナチスを他人事(ひとごと)のように糾弾します。ナチスから迫害されていたユダヤ人の隣りにすわって発言していたのです。ところで、彼が親衛隊に入ったのは偶然ではありませんでした。当時のドイツの経済不況のなか、出世するための早道だったからです。ナチスの側にも知識人を迎えいれてイメージアップをはかる必要がありました。
 それにしても、すごい「知識人」がいたものだと思います。「良心の呵責」という言葉が絵空事としか響かない実話です。

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