弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2004年5月 1日
アフリカの小さな国
著者:大林公子、出版社:集英社新書
団塊の世代の日本人女性のバイタリティーはすごいものです。内乱やクーデターの絶えないアフリカの国々に子どもを連れて(夫とともにですが)出かけるのです。
この本はコートジヴォワールに1年間住んでいたときの滞在日記のようなものです。コートジヴォワールという国は、比較的に国情も安定している国のようですが、それでもクーデターが起こり、部族同士の殺しあいは起きました。宗教や言語などの違いが部族同士の殺しあいにまで発展するようですが、早く安定してほしいと願うばかりです。
日記のような本ですから仕方のないことかもしれませんが、詳しい注釈はあっても、もうひとつ、コートジヴォワールという国がどんな国なのか、よく分からなかったのは残念でした。それでも、そこに住んだ庶民が、日本と同じ善良な人々であることを知って安心もします。ただし、フツーの人々がクーデター騒ぎに便乗し、取りつけ騒動のようなことを起こしてしまうことも知りました。
中世寺院と民衆
著者:井原今朝男、出版社:臨川書店
中世民衆を、戦争で被害を受ける哀れな被害者とみる歴史像は虚像である。
著者はこう断言します。民衆は、もっとしたたかだったというのです。映画『七人の侍』を見ると、なるほど農民のしたたかな強さが実感できます。あの映画は、単なるフィクションではない。私は、確信しています。
寺院も自ら武装していた。中世の寺院は、むしろ戦争の主体であった側面の方が強い、河原者も自らを守る武装する集団としての実力をもっていた。現代の通説では、中世の国家権力は幕府が掌握し、天皇は政治権力から切り離され、宗教的権威をもつにすぎなかったとする。しかし、前近代において、宗教や儀礼を経済や政治と区別された観念とみるとことは、歴史の実態と相違する。中世の天皇は権威だけの存在とは言えない。その社会的支持基盤は、民衆統合儀礼の社会システムそのものであった。天皇家は将軍家と並ぶ中世社会の公権力であった。
なるほど、政治と宗教とを明確に区別できたという現代的感覚で割り切るのは間違いのようです。現代社会でも欧米に限らず、日本でも宗教を基盤とする政党は存在するわけですから、よく考えると明確な二分説が成り立たないことは明らかなのですが・・・。
戦前の天皇は日本国の統治権を掌握し、日本の軍隊を指揮命令する最高司令官であり、大元帥(だいげんすい)と呼ばれていた。この大元帥という言葉は、中世に盛んに行われていた太元帥法(たいげんのほう)という護国法会(ほうえ)によっている。太元帥法は外敵から国土を防衛する法会であった。そうなんだ。私は、ちっとも知りませんでした。中世の日本では、飢饉や戦乱で男たちが減り、女性が男の2倍もいた。夫婦関係が成立しにくい社会では多様な性関係が発達し、性道徳が混乱するのは、いつの時代も変わらない。僧尼同宿の寺院生活が営まれていた。寺などで同宿する尼が妊娠すると、実家に帰って出産し、産後に寺に戻ってまた仏道の生活を続ける。中世の寺院は世俗化の頂点に達していた。
生きのびるためには何でもあり、の世界になっていたんだな。そう思いました。現代の世界もそうなりつつあるように思いますが、いかがでしょうか・・・。
「うつ」を治す
著者:大野裕、出版社:PHP新書
うつ病に苦しむ人は世界的な規模で増加している。女性の5人から10人に1人、男性の10人から20人に1人はうつ病にかかる。発症しやすいのは25歳から35歳だが、何歳でも起こる可能性がある。さまざまなタイプのうつ病全体をあわせると、人口の10%から20%がかかっている。うつ病は多くの人がかかること、何度もかかることがある点で風邪に似ている。うつ病は、きちんと治療しないと、何度も繰り返す可能性が高い。うつ病は慢性化しやすい病気であり、死につながる危険性のある病気でもある。
この本には人づきあいが楽になる10のヒントが紹介されています。私にも大変参考になりました。1、自分をもっと認める。2、他の人のことをもっと認める。3、問題点は何かを具体的に考えてみる。4、完璧な人間関係はない。5、意見の食い違いを恐れすぎない。6、言いづらいこともしっかりと伝える。7、言葉に頼りすぎない。8、思いこみから自由になる。9、思い切って自分流を捨てる。10、困ってもよい。困ることを恐れず、自分を信じ、相手の人を信じて、しんぼう強くつきあううちに、また新しい人間関係ができあがっていく。
うつ病は、たとえてみればガソリンがきれてしまった自動車のようなものだ。いくらアクセルを踏んでも、ガソリンが入っていなければ車は走れない。「がんばれ」と励ましても、それは「動かない」と焦っている人に「早く車を動かせ」と言っているようなものだ。ガソリンが入るまで、つまり精神的なエネルギーがわいてくるまで、辛抱して待つことが大切だ。
うーん、そうなんだ・・・。うつ病の治療には薬が効果的のようです。そして、そのとき、一定の投薬量を生涯飲み続ける方がいいこともあるようです。たとえていうと、高血圧の人がずっと薬をのんだ方がいいのと同じだということです。勉強になりました。
それでもヒトは人体を改変する
著者:グレゴリー・ストック、出版社:早川書房
遺伝子を付加する方法がわかれば、よりすぐれた人類をつくりだせるとすれば、なぜそれをしてはいけないのだ?
この疑問に真正面からこたえ、それを否定するには、人間とは何かということまでさかのぼるというような、かなり根本的なところまで考えぬく必要があります。
アメリカでは、エリート大学に属する学生は民族的にも文化的にも以前よりずっと多様化しているが、彼らは全人口のなかの限られた層の出身である。1990年にエール大学とハーバード大学にアメリカの全大学生の400分の1が入学したが、成績優秀な学生の10分の1が含まれていた。超一流大学への知的エリートの集中は新しい現象だ。
この本は、次のような問いを投げかけています。あなたは体外受精と遺伝子工学とをつかって安全に赤ん坊の能力を増強するのが可能だとする。そのとき、あなたは子どものIQ値を20ポイント上げるようにするか?もし、そうしないとき、子どもが大きくなったときに、なぜ、ほかの子どものように自分の頭がよくないのかと尋ねられたとき、どう答えるか?うーん、本当にそんな時代がやって来るのでしょうか・・・?
白土三平論
著者:四方田犬彦、出版社:作品社
今から30年前の学生で白土三平の『カムイ伝』をまったく読んでいない人は、どれだけいただろうか・・・。少しあとに出てきた『ゴルゴ・サーティーン』も人気が高かったが、白土三平のマンガには、なにより香り高い思想性があった。しかし、人物描写は決してスマートではない。いかにも劇画調で、いささかの泥臭さがあった。でも、自然の風物がふんだんに登場してきて、一揆というのはこういう状況だったのか、と勉強になったものだ。
私の生活していた学生寮では、白土三平が連載していた『ガロ』は、『ジャンプ』や『マガジン』などとは違った愛読者がいて、奪いあうようにしてまわして読んでいた。
340頁もあるこの本で、私たちは白土三平について、その生いたちからたどることができる。父親が左翼美術家の岡本唐貴だということを知り、白土三平が信州の真田村に疎開していたことも分かる。白土三平の自然の風物は、この子ども時代の原体験をもとに発展させられたものだ。
ところが、1960年代にあれほどもてはやされていた白土三平が、東大・安田講堂の落城、そして連合赤軍内部で「総括」と称する大量殺人がなされていたことが明らかになったあと、急転直下、見向きもされなくなってしまった。私も、そう言えば『ガロ』を読まなくなった。なんだか、いつまでも暗くて泥臭い雰囲気を敬遠してしまった。
この本は、白土三平のマンガをところどころで紹介しながら、その思想的な変遷をふくめて、刻明にたどっている。白土三平を語るこの本を、単なるノスタルジーの本と切って捨てていいのか。私にも、いろいろ考えさせられるところがあった。
アメリカの正義の裏側
著者:スコット・タイラー、出版社:平凡社
元カナダ軍人のジャーナリストによるコソボ紛争の実情を現地レポートした本です。
NATOの空爆は、150億ドルものミサイルや爆弾を投下したものの、78日間で、わずか13両の戦車を破壊しただけだった。アメリカのオルブライト国務長官は、1999年にミロシェヴィッチをヒトラーになぞらえて批判した。しかし、実は、その前の1996年には「平和の人」ともてはやしていた。
ユーゴスラビアの内戦について、私は正直言って何が正しいのか、どこが間違っているのか、よく分かりません。でも、ひとつ言えることは、ジャーナリストがけたたましく叫びたてている「事実」は決してうのみにしてはいけないということです。セルビア人とアルバニア人の双方に過激派が存在している以上、単純にどちらかを全面的に悪いと決めつけるのは間違っているように思います。過去のいきさつを捨ててでも、なんとか平和共存していかなければならないからです。そうでないと、民族が違う、宗教が異なるというだけで殺しあい、その憎悪の連鎖は止まらないでしょう。
アメリカのコソボ介入の本当の目的は、コソボにアメリカ軍の基地を手に入れることだったのではないか。訳者は、そのように解説しています。イラク復興で有名になったアメリカの建設会社ハリバートン社が、周囲14キロ、内部には300もの建物が立ち並ぶ3つの居住地区とショッピングセンター、教会、図書館、24時間営業のスポーツ施設、ヨーロッパ最高水準の病院まである基地をつくりあげました。このボンドスティールの基地は、中東からカスピ海までをカバーする最大規模の海外基地だというのです。
アメリカによるマスコミ操作の怖さを、ここでも感じました。
けっこん、せんか
著者:檀ふみ・阿川佐和子、出版社:文芸春秋
この2人の女性は、ともに有名作家の娘であり、慶応大学卒業であると同時に50歳になろうとする(なった)今も、なぜか独身であるという共通性がある。
2人とも知的であり、美人である。結婚願望がない(かった)わけでもない。しかし、本人たちが言うように男運には恵まれなかった。『ああ言えばこう食う』『ああ言えばこう嫁行く』『太ったんでないのッ!?』どれも読ませるし、笑わせる。
女同士の絆はもろい。女友達が長続きしないと言われることを、まんざら的はずれではないと思っている。アガワサワコはこう言う。しかし、なぜかこの2人の女性はお互いを悪しざまに罵倒しあうのに、20年来の友人であり続け、その対談集というか共著が爆発的に売れて、お金を稼げるまでになっている。不思議な女性(ヒト)たちだ。
女は、男のように、暇さえあれば引き出しのなかから「過去」という思い出を引っ張り出し、ウジウジぐずぐずロマンチックな気分に酔いしれるような動物では決してない。
うーん、そうなのかー。トホホ、マイッタネ・・・。いつまでもウジウジしている私は泣けてくるばかりだ。オビに恋を語るとあるが、実は、そんなことはない。この本には結婚願望をめぐるバトルはあっても、恋は真面目に語られてなんかいない。家族は語られている。それぞれの父たる有名作家の素顔が描かれ、父と娘の関係は語られている。しかし、敬遠しているのは似ているからで、「結婚」相手も父親に似たような人になりがちだ(なってはいない)という。いつまで続くコンビなのか。おばあさんになっても続くかもしれないなと思わせる序文とあとがきではあった・・・。
フューチャー・イズ・ワイルド
著者:ドゥーガル・ディクソン、出版社:ダイヤモンド社
2億年後の地球がどうなっているか、それをビジュアルに示した本です。SF小説ではなく、学者がまじめに研究した成果です。今から2億年後の地球上には、たとえば森林地帯に巨大な陸生イカが暮らしている、というのです。とても信じられません。でも・・・。
地球上の大量絶滅は、これまで5回起きた。目下、人類は6回目の大量絶滅が起こる原因を積み重ねている。これまでの5回の大量絶滅は気候の変化、火山活動、隕石の衝突などで起きた。しかし、6回目は、環境を破壊しつづけている人類によるものだ。
この本では、人類は既に絶滅してしまったあとの地球が前提となっています。まず、地球全体が氷河期に入ります。だから寒さに強い動植物のみが生き残って活動します。1億年後には、海水面が上昇し、暖かくなり、海中生物が活躍しています。
2億年後には、七大大陸が再び一つになって、第二パンゲアが誕生し、中央は広大な砂漠地帯です。このとき、体重8トンの陸生イカも出現するのです。うーん、今の私たちは化石のかけらも残っていないでしょう。だから、検証のしようのない話ではあります・・・。
筑後争乱記
著者:河村哲夫、出版社:海鳥社
筑後の戦国期で活躍した蒲池一族の興亡を中心として、戦国時代の筑後の争乱の過程が詳しく描かれています。蒲池一族は、大分の大友氏に服属しながら、「筑後15城、24頭の旗頭」と称されていました。
キリスト教に改宗した大友宗麟の島津氏攻撃が惨敗に終わり、大友氏は滅亡するに至った。このとき、蒲池一族も出兵したが、全滅してしまった。
龍造寺隆信は、蒲池一族を攻めたが、蒲池一族は柳川城にこもって徹底抗戦した。そこで、龍造寺隆信は謀略をつかった。蒲池鎮並の妻が自分の娘であることを利用して安心させ、猿楽一座とともに招待して、旅の途中で抹殺してしまった。
その龍造寺隆信も、島津氏との島原における沖田畷(なわて)の戦いで、慢心から敗死させられた。やがて天下統一のなした秀吉の大軍が九州全土を席巻するようになり、蒲池一族も辛うじて命運を保つこととなった。
やはり自分の生まれ育った郷土の歴史も少しは知っておくべきだと痛感しました。自分の住んでいる近くに今山城があったなんて、ちっとも知らなかったものですから・・・。
遺伝子は語る
日記
著者:中井貴一、出版社:キネマ旬報社
私は残念ながら見れませんでしたが、映画『ヘブン・アンド・アース』に日本人俳優としてただひとり出演した中井貴一が中国における3ヶ月間の撮影状況を、日記にもとづいて再現した本です。ひどく悲惨な状況に心から同情しました。
同じように中国映画『鬼が来た』の撮影日記を書いた香川照之の本『中国魅録』(キネマ旬報社)があります。私は『鬼が来た』の方は映画も見ましたし、映画の製作過程がリアルに再現されていますので、俳優って本当に大変なんだなーと感嘆しながら読みました。この『日記』の方は、映画の製作状況が少しは分かるものの、果たしてどんな映画なのかは、見ていないこともあって分かりにくいのが残念でした。
それにしても、中国での生活は日本人の想像を絶するところがあるようです。そこで3ヶ月間ひたすら耐えた中井貴一は本当にえらいと感服しました。食べもの、トイレそして枕の話が出てきます。マイ枕を持参して、やっと眠れたとのこと。枕って、やっぱり大切ですよね。並みの精神力では、とてももたない苛酷で酷寒の環境のなか、途中、高倉健の電話で励まされたりして、なんとかやり通した状況は読む人の心をうちます。
この7月に中国の敦煌あたりに出かける予定ですが、映画の舞台は、さらに奥地です。まさに辺境の地のようです。そんなところで中国語のセリフをしゃべって演じてというのです。弁護士なんて、それに比べると楽なものだと、ついつい反省もさせられました。。
懐かしい日本の言葉
著者:藤岡和賀夫、出版社:宣伝会議
私も50代も半ばとなり、たくさん本を読んでモノ識りの1人と自負していましたが、この本を読んで、まだまだ知らないことだらけだと痛く反省させられました。
「お膝送り」って分かりますか?私は知りませんでした。
「空茶(からちゃ)でごめんなさい」というのも聞いたことのない言葉でした。
「お持たせですが」というのも初めて知りました。「お草草様でした」というのは、先方が礼を言ったときの返事だそうですが、私は、使ったことも、使われたこともありません。
「頂き立ちでございますが」というのは、食事をいただいてすぐ失礼することだそうです。京都の「ぶぶ漬けでもどうどす?」というのは、九州人が知らないのは当然だと開き直ってみましたが・・・。
とかく噂をたてまくる人を「金棒引(かなぼうひ)き」というそうです。ちっとも知りませんでした。「目腐(くさ)れ金(がね)」というのは、つい先日知った言葉ですが、わずかばかりのお金のことをいい、ののしり言葉です。知っていましたか?
「小股の切れあがったいい女」(すらりと脚の長い女)というのは、時代小説によく出てきますので、なんとか知っていました。でも、狭斜なんて、聞いたこともない言葉です。色街のことだそうです。逆旅という言葉が旅館のことだなんて、不思議な気がします。
最後に。蟻が十なら芋虫や二十。ごきぶりゃ三十で後家になる。これは何と読むか分かりますか?
藩校早春賦
出る杭も5億稼げば打たれない
著者:平田進也、出版社:小学館
私は、この本を読みながら涙が出てくるほど感動しました。自分の仕事にここまで打ちこんでいる人がいるかと思うと、自然に頭が下がりました。日本旅行の添乗員をしている著者の体験にもとづくビジネス書です。こんな添乗員と一緒に楽しい旅行をしてみたいものです。
勝負は5度目。4度目までは我慢のとき。時間をおき、お客様との距離を縮めることが大切だ。カタチを整えるよりも、まず、心を整える。相手の欲求に合わせた非日常の演出、これが何より重要だ。
出る杭というのは、一歩リードしたときに打たれるのであって、もう一歩リードしてしまえば、打たれなくなる。いや、打てなくなる。
平田さんて、ほんまにアホやね。これが私にとって最高の褒め言葉だ。
年間売上げ5億円といいますから、まさにスーパー添乗員です。カリスマという形容詞に違和感はありません。しかし、仕事と家庭のとちらを選ぶかと問われると、迷わず家庭と答えるということです。奥さんや子どもさんたちに仕事の話をしっかりしているそうです。この点も大いに感服しました。
旅行業界にめざして勉強中のわが娘にぜひ読ませたいと思いました。
私とキャリアが外務省を腐らせました
著者:小林祐武、出版社:講談社
外務省で長年、裏金づくりの仕事をしていたノンキャリア組の著者が逮捕され、有罪判決を受けて、何をしていたのかをかなりあけすけに告白した本です。もっとひどいことがあったんだろうなと思わせます。しかし、残念なことにキャリア組の「犯罪」を糾弾するまでには至っていません。ここで糾弾されているのは、外務省をやめて日本の対米追従の外交政策を厳しく糾弾している前レバノン大使・天木直人氏です。なるほど天木氏の金銭感覚や選民思想は大いに疑問と思いますが、ではエリートコースに乗っている主流のキャリア組の方はどうなの?とつい思ってしまいます。それにしても、外務省の裏ガネづくりの実態と、内閣官房の裏ガネの運用状況には驚きというより怒りを覚えます。なにしろ月1億円というお金が、領主書もなしに闇から闇へ処理されていく世界なのです。政治は汚い、とよく言われますが、すべては税金なのです。投票率が60%を下まわるという国民の政治への無関心がそれを許しているのかと思うと、改めて怒りを投票行動に結実させなくてはと私は思いました。
ペア・パンダ
著者:田中光常、出版社:小学館
本物のパンダは残念ながら1回しか見たことがありません。ずい分昔のことです。幼い子どもと一緒に、上野動物園に見に行きました。案の定、パンダは寝ていました。
パンダは本当によく眠る。朝夕はとても活発に動きまわるが、昼間は日がな一日、食っちゃあ寝をくり返す。そして夜もまた、たっぷり眠る。
パンダは1日のうち14時間も食事に費やす。消化の悪い竹が主食なので、パンダの腸は長くないといけないのに、実は短い。だから、たくさん食べて、たくさん排出しないと栄養がとれない。
パンダの母親の子育ては愛情深い。赤ちゃんが産まれて数日間は、飲まず食わず、眠らず、排泄もせず、ほとんど移動もせずに育児に専念する。子どもを胸に抱いてペロペロなめ続ける。その数は1日に3000回にも及ぶ。排尿排便のあとも、なめてきれいにしてあげる。赤ちゃんが鳴くと、口にくわえて、抱いてお乳を与える。むずかると、おー、よしよしと揺すってあやす。ガオガオとかみつくまねをしてふざけたり、添い寝したりと一時も離れない。とても可愛いらしい2頭のパンダが満載されている写真集です。
松島市兵衛風流帖
著者:大野靖子、出版社:講談社
オビに「犯罪都市江戸捕物情話」とあるのは逆効果だと思いました。江戸が「犯罪都市」だなんて、本当でしょうか。むしろ、江戸の治安はとても良かったのではありませんか。「犯罪都市」なんていうと、現代アメリカのワシントンやロサンゼルスの物騒な状況をすぐ連想させます。もちろん、江戸に犯罪がなかったなんてことは私も言いません。奉行所があり、八丁堀同心が活躍していたことは事実です。
それはともかく、テレビの脚本家として名高い(ようです。私はテレビを見ませんので、その評価はできませんが・・・)著者の江戸人情話とストーリーの巧みさには舌を巻きます。ともかく、ぐいぐいと話の世界に引きずりこまれます。うーん、とうなるほど、主人公と登場人物の性格描写が見事です。生き生きと目の前を飛びはねるように動いていく様は、手をうって感心してしまいます。
江戸人情話と言えば山本周五郎ですが、それとはまたひと味ちがって、推理小説風の楽しさも味わうことができるのです。
パリのおっぱい、日本のおっぱい
著者:木立玲子、出版社:集英社BE文庫
フランスのマスコミで働く日本人女性が43歳のとき乳がんとなり、乳房切除の手術を受けました。4年後、転移していることが分かり、化学療法を受けます。その経過を明るいタッチで描く本です。日本とフランスの医療事情の違いも分かり、興味深い本です。
フランスでは乳がんの手術は無料です。難病100%払い戻しの対象となって、払い戻しされるのです。がんとエイズは、その対象となっています。そのため、フランスでは給料の46%を社会保険のために天引きされます。これは税金とは別です。スウェーデンは54%、デンマークは53%、ベルギーは46%です。それでも、病気にかかったときの安心感があります。
しかもフランスの病院では、ほとんど個室か2人部屋で、全員に個別の電話が提供されます。大部屋は廃止されたのです。日本もフランスの医療制度に見習うべきです。病気にかかったとき、お金のことを心配せずに安心して治療に専任できるようにするのが政治の責務だと思います。税金のつかい方に、日本人はもっと関心をもつべきです。
ただ、この本には江戸時代の日本に「離婚の権利は亭主だけにある」という昔ながらの「常識」をうのみにした誤りもあります。日本の女性は昔から、そんなに弱くはなかったのです。ぜひ、この点は改めてほしいと思いました。
戦争映画100!
著者:大久保義信、出版社:光人社
私は、たとえ「平和ボケの日本人」と罵倒されようと、平和主義者でありたいと願っています。でも、戦争映画はなるべく見るようにしています。これも世界の現実を認識するためには欠かせないものだと思うのです。スクリーンのうえで銃弾が飛び交っていても、決してこちらに飛びこんできて死ぬようなことはないという安心感もあります。
中国大陸へ駆り出された私の父は、病気になって辛うじて生還しましたが、私に「戦争ちゃ、えすか(怖い)ばい」と語ってくれたことがあります。私も、本当にそうだろうと思います。私の青春時代にはベトナム戦争がありました。私も何度となくベトナム反戦デモに参加しました。夜遅く、東京の銀座通りを埋めつくすフランス・デモに参加したときの感動は今もはっきり記憶しています。
「ワンス・フォーエバー」は、ベトナムのイアドラン渓谷におけるベトナム正規軍とアメリカ軍が初めて正面から戦闘した状況を再現したものです。「フルメタル・ジャケット」はアメリカ海兵隊の苛酷な新兵養成訓練を見せてくれます。「プラトーン」や「ハンバーガー・ヒル」はベトナム戦争の峻烈な現実を想像させてくれます。
この本は、これらの映画の意義について戦争の実態をふまえて解説してくれます。まさに「軍事オタク」というべき著者のウンチクの深さに驚嘆します。
第二次大戦を描く映画、そして最近の湾岸戦争を舞台とする「戦火の勇気」まで、軍事問題に関心をもつ人には必見の映画を見事に紹介しています。
知事の決断
著者:日本居住福祉学会、出版社:英伝社
被災者生活再建支援法が改正されました。4月1日から施行されています。地震などで被災した住宅の再建のための解体費用として最高300万円を支給するというものです。では、解体したあとに再築する費用は、いったいどうなるのか。その点について鳥取県知事が何をしたのか、本書で紹介されています。私は感動のあまり胸が熱くなりました。片山知事は、東大法学部を出て自治省に入ったエリート官僚でした。その官僚出身の県知事が霞ヶ関の常識に果敢に挑戦したのです。生半可な気持ちでは、とてもやれないことだと思います。
財務省は、住宅本体の再建費用については私有財産の形成に税金を投入することなんかできないと頑強に抵抗しています。しかし、本当にそうなるのか、他に例はないのか。片山知事は前例はあると主張します。農地です。個人の財産であっても、農地なら災害復興の対象になって補助金がもらえます。ところが、人間の生活の基本である住宅については、壊すのなら補助金を出すけれど、壊さないことが前提なら補助金は出さないというのです。変な話です。阪神・淡路大震災では、たくさんの仮設住宅をつくりました。1戸300万円はかかっています。ところが、それは取り壊すから国が補助金を出したというのです。えっ、と驚いてしまいます。
片山知事は、仮設住宅はなるべくつくらずに、現地で建て替えるのに300万円の補助金を出しました。財務省の猛反対を押し切ってのことです。これによって被災地からの住民の流出がほとんどなくなりました。私は、それを知って涙が出そうになりました。住む家を喪った親を大都会に住む子どもたちが引き取ろうとしました。それを許せば、鳥取はますます住む人がいなくなります。大都会に住む子どもたちが年老いた親を呼び寄せ、見知らぬ人々のなかで生活させるのは本当に美談なのでしょうか。やはり住み慣れたところに住み続けたいと思うのが人情なのではありませんか。私より3歳年下の片山知事の英断に、私は惜しみなく拍手したいと思います。
日本海海戦かく勝てり
著者:半藤一利、出版社:PHP研究所
ひとつくれよと露にゲンコ。今から100年前の1904年(明治37年)、日露戦争が始まりました。日本海海戦は1905年5月、対馬沖でたたかわれ、東郷平八郎のひきいる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に完勝しました。
この本は、この日本海海戦の真相を追求しています。有名な丁字戦法は使われていなかった。併航戦法がとられ、日露両軍の士気の違いで勝利した。機雷をロープでつないだ連繋機雷を新兵器で使おうとしたが、それも波が高くて使えなかった。天気晴朗なれど波高しという電文の真意は、波が高いので、連繋機雷作戦は多分できないだろうと軍司令部に通報したのだ。そんな驚くべき新事実を解明しています。
軍の機密保持と東郷長官を神格化するなかで、誤った宣伝がなされたというわけです。まさしく政府の情報操作です。
また、私は203高地の攻略作戦の意義を初めて知りました。『坂の上の雲』にも出てくる有名な秋山参謀は、「旅順の攻略に4、5万の勇士を損ずるも、さほど大なる犠牲にあらず。彼我ともに国家存亡に関するところなればなり」としているそうです。
乃木希典大将が203高地で無謀にも強行突撃をくり返し、何万人もの大量戦死者を出したのは有名な話ですが、それにはこんな背景があったのですね。ところが、203高地を占領してみると、旅順港のロシア艦隊は既に日本軍の砲撃でみな沈没していたというのです。結果的には、203高地の占領は必要なかったというわけです。
これも知りませんでした。とかく戦争には隠された部分が大きいと思いました。
国民は政府の情報操作によって、政府の思うように踊らされることが多いのは、先日のイラクの人質バッシングを見てもよく分かります。情けないことです。
鉄槌
著者:いしかわじゅん、出版社:角川文庫
弁護士には耳の痛くなる本です。漫画家の著者がスキーに出かけ、夜行バスで帰ろうとしたとき、トイレに行って戻ったら、なんと寒風吹きすさぶ夜空のなかバスに置き去りにされてしまっていました。その悔しさと怒りを漫画で表現したところ、バス会社から名誉毀損として100万円の賠償を求める裁判を起こされてしまいました。もちろん、著者も弁護士に頼んで応訴します。そのときの着手金がなんと200万円。えっ、と驚いてしまいます。そんなー・・・。
著者は、弁護士費用というのは吹っかけられるものだとは知らなかった、実は、弁護士費用も交渉で決まるものだと書いています。えっ・・・。今では、弁護士会の標準となる報酬規定が廃止されていますので、こういうことも、お互いに納得づくであればありうるわけですが、当時は弁護士会の報酬規定があったわけですから、とても信じられません。
しかも、著者によれば、弁護士と会って打ち合せをしたのは1回のみ。あとは、FAXと電話でのやりとりだったというのです。これまた信じられません。もっとも、はじめの弁護士(実名で登場します)は懲戒処分を受け、あとで弁護士登録を抹消しているそうです。ただし、それを引き継いだ弁護士は、そのようなことを何も説明していません。
そして、和解交渉に至ります。本人との打合せなしに和解交渉するというのも信じがたいところです。裁判の記録についても、きちんと本人は渡されていなかったようです。ひどい弁護士がいるものだと思います。
著者は、さらに、弁護士の文章のまずさ、拙劣さを厳しく糾弾しています。日本語になっていないというのです。難関の司法試験を合格し、文章を武器としてたたかっている人たちとはとても思えない、そうこきおろしています。関係者がほとんど実名で出てきます。こんなことを書かれたくないと思いつつ、胸に手をあてながら最後まで一気に読んでしまいました。
ケイタイを持ったサル
著者:正高信男、出版社:中公新書
わが家に夫婦ゲンカをもたらした問題の本です。男女ともに、30歳になるまで子をもつ心の準備ができていない。100年前の日本と比べて、精神的な意味で大人になるのに倍の年月を要するようになった。このくだりがケンカのきっかけです。
わが家にも親離れのできていない(と思われる)子どもがいます。その責任が、母親にあるのか、父親にあるのかでケンカになってしまったというわけです。
「ケータイ族」は、仲間への信頼にもとづいた社会関係を築けない。本当は自立してもおかしくない年ごろであるにもかかわらず、まだ親に頼らなくては何もできないと思いこむことで、「だから私が・・・してあげなくてはいけないんだ」と自らの行為を正当化しつつ、モノを次々と買い与えるなかで、子の信頼をつなぎとめようとする。そこには、子どもを信じられない親がいる。
父親である私にも耳の痛い指摘でありました。わが子たちよ、一刻も早く、まず経済的に自立してくれたまえ。
チェチェンで何が起こっているのか
著者:林克明、出版社:高文研
チェチェン共和国は広さは岩手県ほどしかない小さな国です。人口も100万人足らず。そこへロシアは10万人もの軍隊を進駐させています。そして、モスクワではチェチェン・マフィアが猛威をふるっているというのです。どうして、そんなことが起きているのか。この本は、その背景を考える材料を与えてくれます。
それは石油と石油パイプラインという利権をめぐる争いが根本にあるようです。それにしても、モスクワ劇場占拠事件といい、地下鉄爆破事件といい、どうしてこんなにロシアにはテロが相次ぐのでしょうか。それは、チェチェン共和国それ自体がロシア軍による野蛮なテロ行為で危機に瀕しているからです。まさしく、暴力の連鎖では何ごとも解決しないのです。
虚妄の成果主義
著者:高橋伸夫、出版社:日経BP社
東大出身でない東大教授の方が、なんだか大胆にいいたいことを言っているという気がします。どうなんでしょうか?
経営組織論の専門家である著者は、日本型年功制度の復活を長年にわたって強力に主張してきました。成果主義は有害無益だというのです。私も、まったく同感です。リストラ万能、人減らし論がもてはやされている今どき、珍しいくらいに小気味のいい主張です。なんといっても、人間はお金だけで仕事をするのではないんです。
日本型の人事システムの本質は、給料で報いるのではなく、次の仕事の内容で報いるシステムだということ。従業員の生活を守り、従業員の働きに対しては、仕事の内容と面白さで報いる。本来、人は面白いから仕事をするのだ。成果主義とは、差をつけるのにお金ばかりかかるが、あまり効果の上がらないシステムだ。
著者が東大生に教えさとす、次の言葉には大変共感しました。
自分だけが上から評価されたいと願い、部下や後輩を踏み台にして自分だけが出世していこうとするような人は、やがて自らも淘汰されていく。最初は調子がいいように見えていた目上からの受けがいい人は、目上の人が減るにつれて次第に力を失っていき、自然とその地位も失うことになる。けだし至言だと思いました。
人生にツキを呼ぶ黄金の1日2食
著者:佐藤富雄、出版社:講談社
人生で大切なのは心のあり方だ。これに気づいたときが吉日だ。さあ、やってみよう。「人生、これからが黄金期」これを口ぐせにしよう。これで未来はどんどん開かれていく。
ウソかマコトか、ともかくやって損はしない。1日2食主義を半年以上も実践している私には、またまたうれしくなる本だ。2食といっても、1日の摂取カロリーを変えないまま2食にするのでは逆効果。朝食分のカロリーをまるごと抜いてしまうのだ。
でも、朝ごはんを食べないともたないでしょ?そんなことはない。まったくの幻想だ。著者は自信をもって断言する。ほんと、そうなんだよなー・・・。
ところで、1日2食を実践している著者は、なんと午前3時に起きる。夜10時に就寝しているから、睡眠時間は5時間。これで十分だという。そして、朝食を抜くかわりに、なんと、朝のジョギングのあと、ビールを小瓶1本飲む。明治はじめ、ビールが日本に伝来してきたとき、ビールは薬として薬局で売られていた(ホント?)。これくらいビールは薬なのだ。希望にまさる妙薬はなし。楽天思考は百薬の長。
いずれも本当にいい言葉だ。
百姓の江戸時代
著者:田中真一、出版社:ちくま新書
江戸時代は変化のない暗くて息苦しい時代だという思いこみが私たちのなかにあります。しかし、それは誤っていると著者は強調しています。
たとえば検地です。著者によれば、検地というのは、土地を開いた(新田開発)百姓が大名に申請し、その耕作地を自分の名前で帳面にのせてもらって所有権を確保するというものでした。検地を受けていない水田には個人の所有権が及ばないのです。つまり、検地によってはじめて百姓は土地の所有権をもち、農奴的な身分から解放されるのです。検地について、単に大名が自分のために強行したという見方は誤っています。
江戸時代には士農工商という身分が固定していたとされています。しかし、現実には、お金が対価として動きつつ、武士が商人になったり職人になったり、また、百姓が武士の株を買って武士になることが多々ありました。つまり、士農工商は身分というのではなく、職分だったのです。
江戸時代の名主(なぬし)も、上からの任命ではなく百姓が選挙で選ぶようになりました。名主は村人によって選ばれ、村人が名主の給与を出すようになりました。
長(おさ)百姓が不正をはたらくと、小百姓が団結して奉行所に訴状を出して弾劾することもありました。そして、その効果はちゃんとありました。
江戸時代の百姓の位置づけについて、目を見開かせてくれる本です。
関ヶ原合戦400年の謎
著者:笠谷和比古、出版社:新人物往来社
先日、関ヶ原に行く機会がありました。気持ちよくよく晴れた日でしたので、JR関ヶ原駅で貸し自転車を借りて、それほど広くはない関ヶ原を少し探索しました。
駅の方から上り坂のところに石田三成が陣を構えた小山があります。家康の本陣であった桃配山は、そこからすると低地の方の小山になります。つまり、負けた西軍は高い方に位置し、勝った東軍は低い方から攻めのぼったわけです。これは現地に行かないと分かりません。やはり、百聞は一見に如かずというのは、そのとおりです。
西軍に属し、敗戦が決まったころに東軍を中央突破した薩摩の島津軍は、関ヶ原の狭い台地を、高い方から低い方へおりていったことが現場に行くと分かります。それでも、わずか千人ほどの部隊で家康の本陣をかすめて突破して逃げ切ったというのですから、無謀と言えば無謀だと言うしかありません。島津本陣跡という場所が小さな神社の裏にあります。そこに立ってみると、ここから東軍の真只中を抜けて脱出しようとした島津の将兵の勇気には驚かされます。『島津奔る』(池宮彰一郎)は、その状況を活写しています。
この本は、関ヶ原合戦について、秀忠軍が現場に間に合わなかったことは家康にとって大誤算だったこと、秀忠軍を温存したなんて、とんでもない間違いで、福島正則たち豊臣武将を家康は決して信用してはいなかった。ところが、予想外に勝ちすすんだため家康も進撃を速めたこと、西軍の立花宗茂が大津城の包囲戦に手こずって関ヶ原に間に合わなかったが、もしまにあっていれば、戦いの行方は西軍有利で終わったかもしれない、という。なるほど、家康が絶対の自信をもって関ヶ原の合戦にのぞんだわけではないことを知るいい本です。この際、あなたも機会をつくって現地に行ってみてください。
縄文論争
著者:藤尾慎一郎、出版社:講談社選書メチエ
縄文文化は1万年以上も続いたそうです。西暦2000年の5倍ですから、考えてみると気の遠くなるほど長い時間です。それが未開の文明なき時代かというと、さにあらず。縄文式火炎土器の見事さには目を見張るものがあります。青森市にある三内丸山(さんないまるやま)遺跡に私も行ったことがありますが、六本のクリの巨木をつかった高層建物などは、超高層ビルを見慣れている私たちを驚かします。
縄文人の身長はやや低く、男性で156〜159センチ、女性は148センチ。手足の骨は頑丈。頭でっかち。顔の輪郭は正方形に近く、眉間が突出し、鼻根部がやや陥没しているので、立体的な顔をしている。眉毛はこく、目は大きく二重まぶた。口唇はやや厚め、顎は頑丈で、エラが張っている。
著者は、在来人と渡来人との協力によって弥生時代へ変わっていくという考えです。渡来人との接触によって変更を可能とした在来人は、それまで蓄積した経験と技術を生かし、新たに手に入れた最先端の道具をつかって次々に水を水田を拓いていく。縄文時代にはコメをつくっていたのです。
新聞社の欺瞞商法
著者:サワダオサム、出版社:リム出版社
新聞は毎朝、自宅のポストに配達されるもの。日本では、これがまったく当たり前です。でも、欧米では必ずしもそうではありません。そこでは、新聞は駅のキオスクに行って買い求めるものです。しかし、日本でも新聞を読んで(購読して)いる人は、インターネットの普及もあって、どんどん減っていると言います。全国紙は、ものすごく威張っています。自分たちこそ世の中を支えているかのようなプライドにあふれています。しかし、本当にそうでしょうか?
アテネ・オリンピックに高橋尚子選手が出場できなかったことを一面トップに載せましたが、スペインの総選挙でイラク派兵に反対した首相が誕生するというニュースは軽い扱いでした。私は、えっ、なぜ、と驚きました。自衛隊のイラク派兵反対の集会やデモについても、何千人も集まっても無視します。警察の裏金操作についても、一面トップでとりあげることは絶対にしません。せいぜい3面のトップ記事でしかありません。イラクの人々が本当は何を求めているのか、についても報道しようとはしません。日本のマスコミはタブーが多すぎます。
そんな新聞が、社会の木鐸と自称しつつ、販売店は「押し紙」という過剰部数を押しつけています。『押し紙』(同時代社)とあわせて、この本を読むと、全国紙のひどい部数操作がよく分かります。公称部数の4割近くが、販売店に押しつけられたりする「過剰部数」だといいます。しかし、広告料は、あくまで公称部数でもらいますから、「過剰部数」であっても採算は合うといいます。ひどい話です。日本のジャーナリズムの底の浅さが知れる本です。
蜀山残雨
著者:野口武彦、出版社:新潮社
「大田南畝と江戸文明」というサブタイトルがついています。
「世の中にかほどうるさきものはなし ぶんぶといふて寝つかれもせず」という狂歌は大田南畝の作とされています(本当は違うようです)。狂歌はパロディーでもあります。
見わたせば金もお銭(あし)もなかりけり 米櫃(こめびつ)までもあきの夕暮
大田南畝は幕府の御徒組(おかちぐみ)に所属する小身の幕臣でした。松平定信の寛政の改革のとき、中国の科挙の制度にならった「学問の吟味」という選抜試験システムがつくられ、大田南畝も受験しました。しかし、第1回目は、大田南畝を嫌う上役ににらまれ、見事に落第。2回目に、首席で合格しました。
ロシアのレザーノフが長崎にやってきたとき、大田南畝は幕府の役人として同席したりもしています。江戸時代の文化人の様子が生き生きと描かれた本です。
逆転バカ社長
著者:柏野克己、出版社:石風社
実は、題名のイメージが悪くて、まったく期待せずに読みました。ところが、中味は意外に真面目だったのです。これはネーミングが悪いと思いました。世間うけを狙った悪フザケすぎる題名ではないかと思います。せっかくの真面目な内容がタイトルで減殺されています。
学校に行かないから学歴はない。転職を重ねるから、華麗なキャリアもバックもない。倒産もする。そんな人たちがはいあがっていくのです。もちろん、同じことをやれば誰でもうまくいくというものではないでしょう。でも、経営コンサルタントの立派な講演を聞いて感動しても、本当に実行するのは100人のうちせいぜい3人しかいないという話が出てきます。なるほど、そうなんだろうな、と思いました。天職発見の人生マニュアルというサブタイトルの方が、この本の本質をよく表現していると思いました。
中国人連続強盗団
著者:織川隆、出版社:講談社
2002年10月31日、柳川の市会議員宅が強盗に襲われました。金融業も営み、資産家として名高い人物です。現金1300万円の入った金庫などが持ち去られました。「カネ、カネ、キンコ」という犯人は言葉づかいから中国人による強盗団とみられていました。この本は、その主犯が日本人であり、いまも捕まらずに中国に潜伏中だということで、ジャーナリストが中国まで面会に出かけた様子を描いています。「30件の犯行で被害総額10億円」とオビに書かれています。強盗ビジネスの実態の一端が紹介されているので関心をもって読みましたが、内容の点は掘り下げが足らず、正直言って不満が残りました。
強盗に入ったら冷蔵庫をみる。そこに何が入っているかで、家の金銭状況が分かる。ローンの支払いに追われている家は、貧相だ。冷蔵庫が高級ハムなどの良い品で満タンになっている家が裕福だ。
被害者となった柳川市議が資産家であることは私も知っていましたが、なぜ中国人強盗団が知っていたのか疑問でした。この本を読んで、その謎が解けました。日本の暴力団(みたいな連中)が紹介していたのです。紹介料はなんと40%(成功報酬です)というのです。ええっ、と驚いてしまいました。
ジャーナリストは中国へ出かける前に会社の顧問弁護士に取材にあたって注意すべき点を尋ねています。いったい、こういうときに弁護士は何と回答するのか気になりました。
犯人に会うこと自体には何の問題もない。犯人隠避罪に問われることはないし、警察への通報義務もない。ただ、取材に対して謝礼金を出すと、犯人隠避罪を問われる危険がある。会話の内容はすべてテープに録音し、念のため出頭を促しておくこと。
こういうものでした。なるほど、そのようにアドバイスするものなのか、大変勉強になりました。ちなみに、5月20日、名古屋のトビ職が犯人の1人として逮捕されました。
カナダ・花と氷河のハイキング紀行
驚異の耳をもつイルカ
著者:森満 保、出版社:岩波科学ライブラリー
少し前に、下関の水族館でイルカのショーを見ました。イルカって、本当に頭がいい動物ですね。感心しました。イルカは水面から出した頭を、体ごと左右、上下に振る。その仕草がイヤイヤ、ハイハイと返事しているようで、なんとも愛らしい。しかし、その仕草は真正面からの反射音を良く聞き取るために、左右の下顎によく反射音が当たるように左右に振ったりしているだけのこと。人間がイヤイヤとかハイハイと勝手に思いこんでいる。
著者は、イルカがときどき集団で浜に乗りあげて死んでしまう現象について、次のように謎ときをしています。イルカは泳がない限り溺れる。眠っているときでも泳いでいなければならない。ところが、集団上陸したイルカを調べてみると、みな耳が聞こえない状態だった。得意のエコロケーションによるエサ取りができなくなったイルカたちは、極度の飢餓・脱水状態となり、泳ぐだけの体力を失ってしまう。そして、沖合いでの溺死を避け、憩いを求めて波静かな入り江の砂浜を目ざし、一斉に上陸する。上陸したイルカを調べてみると、胃も腸も完全に空っぽであり、体重も軽くなっている。
そうだったのか・・・。ナゾがひとつ解けた気がしました。