弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2003年12月 1日

武家用心集

著者:乙川優三郎、出版社:集英社
 オビに「己を見失うことなかれ」とあり、「静謐な筆で描く時代小説集」となっている。私は読む前から、ワクワクするほどの期待感をもっていた。そして、幸いなことに、その期待は背かれなかった。
 私は読む前、少し疲れていた(こんな私でも、たまには疲れを感じることがある)。後頭部から首筋にかけてひどく凝っていて、いかにも血行が悪く、朝起きたとき珍しく頭がスッキリ冴えない。ところが、この本を読みすすめていくうちに、心のモヤモヤが晴れわたり、頭の方もスッキリしてきた。まさに一服の清涼剤になったわけだ。
 藤沢周平の原作を山田洋次監督が映画化した『たそがれ清兵衛』ワールドが目の前に現出する。暗殺を命じられる下級武士の悲哀が語られる。結婚を約束しながら離ればなれになっていて再会したとき、もはや結びあえない境遇におかれた2人の切なさ。病気の母を押しつけあいながら、ついに引きとりを決意する娘の健気さ。
 いつの世も庶民の生活はつましい。愛憎は微妙に心のしこりとなっていく。そんな変わらぬ人の世と人情を見事に描き出している時代小説集だった。

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