弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2003年11月 1日

韓国社会の歴史

著者:韓永愚、出版社:明石書店
 1997年に初版が出て13回増刷、5万部も出版されたという最新の韓国通史。700頁もある本格的な歴史書でずしりと重い。継志述事、東道西器、旧本新参。背山臨水。法古主義、法古創新。いずれも、私には目新しい言葉だった。
 昔、高句麗など三国では、合議制(合座制)で政治が行われていた。日本では、そのようなことを聞いた覚えがない。もちろん庶民の参加はなく、貴族民主主義という限界はあった。九州では加耶人が、また畿内では百済系統の韓国人が天皇家を形成し、日本の歴史を主導していた。三国の人々が日本に帰化したというのは誤りである、と述べられている。後段については「帰化」という言葉が誤解を招きやすいということで、日本でも最近は「渡来」という用語に変わっている。日本の天皇家に韓国渡来の人々の血が入っていることは日本の学会でも定説となっている。たとえば、桓武天皇の母親は韓国渡来の人である。
 ただ、万葉集の作者の半分が韓国系だと紹介されているが、この点は私も確証がない。
 豊臣秀吉による朝鮮出兵を韓国では壬辰倭乱( 1592〜1598)という。これによって朝鮮半島の国土は荒廃し、人口は150万人にまで減ってしまった。捕虜数万人が長崎のポルトガル商人によってヨーロッパなどへ奴隷として売り渡されてもいる。韓国を勝利に導いた英雄である李舜臣について、「日本スパイの奸計による謀略のために罷免された」という記述があるのには驚かされた。本当にそんな事実があったのだろうか?
 日本が韓国を併合してしまった乙己条約について、皇帝の署名・捺印がなかったという指摘があり、無法な日本の手口を再認識させられて恥ずかしい。さらに、土地調査と称して無申告の土地を奪って日本の所有としていったが、このことによって人々が飢えに苦しみ、日本へ自主的に渡り、また強制連行につながっていった。日本の責任が重大であることを痛感する。
 それにしても、韓国人の朋党対立(たとえば西人と東人、北人と南人。変法開化派と衛正斥邪派)の激しさは日本人の私たちの想像を超えるものがあるように思えてならない。

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