弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2003年8月 1日
オウム
出版社:トランスビュー
オウム真理教を擁護した宗教学者として世間から指弾された島田裕巳・元日本女子大教授が反省をこめてオウム真理教について分析した本。540頁もの大作で、私は上京する飛行機のなかで、睡魔とたたかいながら、なんとか読破した。
オウム真理教は今も相当数の現役信者をかかえている。元信者たちの多くもオウムとのかかわりを完全に断ち切ったとは言えない状況にある。なぜなのか?
坂本弁護士一家がオウムに殺害されたのは1989年11月3日深夜。この本によると、当時、「サンデー毎日」がオウムの糾弾キャンペーンをはじめ、信者が大いに動揺している状況で、坂本弁護士一家の殺害が企画されたという。それにしても、なんとむごいことを「宗教家」が考えることか・・・。
島田元教授は、ヤマギシ会の信者だった。自分の体験を通して、オウムなどのカルト教団から元信者が完全に脱却することの難しさを訴えている。
アメリカの国家犯罪全書
著者:ウィリアム・ブルム、出版社:作品社
7月30日の西日本新聞にショッキングな記事がのっていた。アメリカで131万人もの子どもが行方不明になっているという。家出63万人、誘拐3万3千人、離婚した親に連れ去られて不明となった子どもが12万人、誘拐によって死傷した子どもは20万人にのぼるという。いずれも途方もなく多い人数で、とてもそのまま信じられないほどだ。日本でも、渋谷の小学生誘拐事件が起きて世間を心配させたが、アメリカのスケールはケタが違う。誘拐・監禁の多くは性的暴力やレイプと結びついているとみられている。防止策の1つとして、半年に1回は子どもの顔写真をとっておくこととされているのにも驚かされる。
この本は、拉致・テロ・暗殺・拷問・毒ガス・・・、イラクや北朝鮮どころではないアメリカの国家犯罪をあますところなく網羅しており、まさに全書と呼ぶにふさわしい。
これからアメリカに留学しようという子どもを持つ親にとっては必読の書だと思う。同時に、もういいかげんにしてくれと、目をふさぎたくなる本でもある。
かつてガンジーはこう述べたという。あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。
月の浦惣庄公事置書
ニッポン監獄事情
出版社:平凡社新書
こうだん(交談)、がんせん(願箋)、ふきしん(拭き身)、べんすい(便水)。塀の内側にのみ通用する業界用語です。
日本の留置場は全国に1288ヶ所、年間のべ43万人、1日平均1100人が収容されています。刑務所は64、拘置所117、少年刑務所8、合計189の刑事拘禁施設があります。そこに1万5千人の刑務官が働いています。人員不足のため、いつも募集中です。
これらの矯正施設は、年間110億円(うち刑務所は99億円)の作業収入を得ているのに、それをうみだした被収容者に支払った作業賞与金は、わずかに15億円でしかありません。搾取というより、まるで奴隷労働です。この本と『パリ・サンテ刑務所』(集英社)と比較してみてください。。
なぜ、あれが思い出せなくなるのか
出版社:日経新聞社
もっとも度忘れが起こりやすいのは人名である。それは人名がもたらす情報が名前だけだから。たとえば職業名だと、既存の関連情報や知識を使ってコード化しやすく、記憶しやすいのに大して、概念的な情報のない人名は思い出しにくいのである。
人名の度忘れがもっとも起こりやすいのは、よく知ってはいるが少なくとも数ヶ月のあいだは会ったり思い出すことのなかった人の名前である。頻繁に会う人物を見ると、概念的、語彙的表象がともに活性化され、それらの間のつながりが強まる。
デジャ・ヴェとは、現在の状況が引き金となって、恐らく予想しやすい言葉のときと同様に、その状況が過去に経験したと勘違いしてしまう現象。全米記憶チャンピオンは、日常生活において、物忘れしないように付箋紙(ポストイット)に頼っている。
記憶は情報をそのまま記録するカメラではない。記憶は、その内容をさまざまなプロセスによって要約して保存する。後で思い出すときには、過去の経験をコピーして取り出すのではなく、経験したことを新に組み立て直す。この作業に、その経験の後で身につけた感情、信念、知識などが入りこむことがある。つまり、過去の出来事を現在の感情や知識に従わせることで、記憶を編集しているのである。
人間の記憶があてにならないこと、客観的な事実に反することを本人は真実と確信して証言することは弁護士なら誰でも経験するところです。記憶と脳の7つの謎を解明している面白い本です。
東大講義録
著者:堺屋太一、出版社:講談社
なるほど勉強になったところもありました。しかし、全般的に堺屋太一の自慢話と独自の歴史観が強すぎて、客観性に乏しい気がしました。
長篠の戦いで、織田信長の軍隊が3000丁の鉄砲を横一列に並べて発射したため、武田軍が崩壊したという話は初耳です。通説は3000丁を1000丁ずつ3段に構えて武田の騎馬隊を打ち破ったことになっています。
ところが、この通説は間違っていると解説した本が最近出ています。『鉄砲隊と騎馬軍団』(洋泉社新書)です。この本を読むと、横一列はおろか3段構えも事実に反するということが論証されています。何事によらず通説(常識)は疑ってかかった方がいいということです。その意味で堺屋太一は、もっと学生に対して、何事も既成の概念は疑ってかかれとていう点をもっと強調すべきだったように思います。
帝国以後
著者:エマニュエル・トッド、出版社:藤原書店
フランスの学者による知的刺激にみちた本です。
世界の進歩は大衆の識字化の進行と受胎調整の普及の2つによると著者は主張しています。なるほど、そうかもしれません。アメリカの貿易収支の赤字は年々大きくなっていくばかりで、アメリカ経済は日本とドイツが支えているのに、アメリカは日本を軽蔑している。アメリカの労働者は相対的貧困化だけでなく、ときに絶対的貧困化にも直面している。私は、久しぶりに「絶対的貧困化」という言葉に出会い、30年前の大学生時代を思い出しました。
アメリカは至るところで悪を告発するが、それはアメリカが思わしからぬ行動をしているからだ。「悪の枢軸」というのは、アメリカの悪への強迫観念を表現している。その悪は国外に対して告発されるが、現実には、アメリカの内部から生まれている。アメリカ国内では、至るところに悪の脅威が潜んでいる。平等の放棄、責任を負わない寡頭支配集団の勢力伸長、消費者と国そのものの借金性格、ますます頻繁な死刑、人種の強迫観念の復帰。今のところ、ドイツと日本はもちこたえている。そのきわめて強力な経済がつい最近まで労働者と民衆を保護してきたから。社会的団結性の強い両国で、アメリカ流規制廃止をすすめるなら、極右の抬頭をひきおこすことになるのは確実だ。もし、ドイツと日本がアメリカ型の貿易収支の赤字を出すようになったら、世界経済はどうなるのか?
アメリカ帝国の反映も今のままでは長くはないと大胆に予測しています。そうなってしまうのではないか・・・、私も、いろんな意味で大変心配しています。
ピアフ、愛の手紙
出版社:平凡社
エディット・ピアフの「愛の讃歌」は有名なシャンソン。この本はピアフが妻子ある男性で、プロ・ボクサーのマルセル・セルダンとかわしたラブレターを集めたもの。いわば不倫の男女の恋文集。
あたし幸せよ。あたし日に日にだんだんと身が清まっていく感じだもの。汚れない身になるの。あなたがあたしにしてくれたことは、もうひとりの別のあたしに変えてくれたこと・・・。ありがとう、モナムール。だってあたしは今、怖がらずに人生を真正面から見つめているもの。あたし心の底から女になるって感じてるのよ。生まれて初めてよ。それもあなたのお陰ね。あたしの恋心はあなたを待っていて、あなたを愛したその日から人生が始まったの。とってもシンプルなことよ。
弁護士として不倫事件を扱い、男女間のラブレターを読まされることは多い。しかし、本にできるほど読む人の心をあたたかくする手紙は少ない。ピアフの手紙は心のときめきがまっすぐ伝わってくる。最近のメールはたいていは赤面してしまうだけのものが多い気がする。
平成14年版・現代法律実務の諸問題
出版:第一法規
日弁連が毎年、全国で実施している夏期研修を再現してまとめた本です。6200円もし、1100頁もありますが、私は30年前に弁護士になって以来、少なくともパラパラと通読するようにしています。さすがに一流の選ばれた講師による話なので含蓄があります(といっても、私も一度だけ講師になって、この本にのったことがありますが・・・)。
文庫本ではないので、持ち運びながら読むというわけにはいきませんが、そのときどきの法律実務で何が問題となっているのかを広く知るには絶好の書です。今回、私は弁護士倫理関係は全部読みました。弁護士公告と市民窓口の実情は、とくに興味をもちました。まだまだ一般の弁護士は公告とは無縁ですが、果たして市民にとってそれでよいのでしょうか。ホームページの活用も依然として盛んとは言えません。市民窓口でもっとも多いのは依頼者から頼んだ弁護士に対する不満です。要するに説明不足です。私も何回もクレームを受けていますので、偉そうに言うことはまったくできませんが、今でもオレにまかせとけ式の必殺請負人方式の弁護士が老若男女を問わずいることには驚かされます。(
したたかな植物たち
著者:多田多恵子、出版社:SCCガーデナーズ
私がガーデニングを楽しみはじめて10年以上になる。犬を飼っているときには難しかった。犬が庭を走りまわって、せっかくの花や野菜と枯らしてしまう。
愛犬マックスを病気(ジフテリヤ)で死なせてしまってから、花と野菜づくりにいそしむようになった。土いじりは幼いころのドロンコ 遊びとひとつも変わらない。だから、無心で遊べる。ミミズにこんにちわを言い、モグラの穴とぶつかる。気をつけないとヘビにニアミスしてしまう。
花も野菜も、手をかけた努力に精一杯こたえてくれるのがうれしい。花の美しさも、妖艶、艶(あで)やか、艶麗、という形容動詞をつけることができる。たとえば今咲いているノウゼンカズラは、まさに肉感的な橙々色の花だ。
この本を読むと、植物が生き残りのために、あの手この手の作戦をねっていることが、美しい花の写真とともに見事に解説されていてよく分かる。
「植物だって恋をする」、たしか、そんな本があったと思うが、生き物はすべてつれあいを求めて、その本能につき動かされながら生きている。人間様だけが恋に悩んでいるわけでは決してない。
平安京の仰天逸話
著者:小林保治、出版社:小学館
現代日本社会に生きる私たちが古典を読む機会はとても少ないものです。ましてや平安京時代のことなど、日々の話題にのぼることもないでしょう。
しかし、この本を読むと、今から1200年も前の日本人が現代日本人とあまり変わらない行動と思考パターンであったことに驚かされてしまいます。
浮気、間男の話も、現代日本の話にそのままおきかえても何の違和感もありません。浮気した妻が夫を暗殺しようとして殺し屋を雇う話が『今昔物語』にあったなんてちっとも知りませんでした。それにしても、浮気の相手に対する報復のしかたは、男性に比べて女性のほうが過酷のようだと著者は解説しています。クワバラクワバラです・・・。
職業としての弁護士
中国映画の明星
著者:石子順、出版社:平凡社
姜文(チアン・ウェン)、張國栄(レスリー・チャン)、朱旭(チュー・シュイ)、張芸謀(チャン・イーモウ)の4人が紹介されている。残念なことに、レスリー・チャンは本年4月1日、自死した。中国映画を日本でも見る人が増えたきっかけは2001年に「山の郵便配達」だろうと「まえがき」に書かれている。そうなのかなー、もっと前から中国映画を見る人は増えていたんじゃないかなー・・・。
私もそれなりに忙しいので、同じ映画はなるべく2回は見ないようにしている。しかし、『芙蓉鎮』は2回見てしまった。中国の文化革命のもとで迫害を受ける男女の切ない恋愛物語。雪の降りしきるシーンなど、すばらしい映像だった。『初恋のきた道』が映画館にかかるなら、もう1回ぜひ見てみたい。本当に初々しい初恋物語だ。
忘れかけていた20代の心のときめきを呼びさましてくれる。
この本に紹介されている映画を全部見たというわけではないが、中国映画は、かなり見た。『へんめん』『鬼が来た』『古井戸』『菊豆』『活きる』『あの子を探して』『至福のとき』『覇王別姫』・・・。中国映画には世界中の人々を感動させる力がある。それは、人が生きるとはどういうことかを、改めて深く考えさせれくれるものがあるからだろう。
イラク戦争従軍記
著者:野嶋剛、出版社:朝日新聞社
イラク戦争とは一体何だったのか。イラクを占領しているアメリカ軍は毎日のようにおそわれて死者を出している。どんなにフセイン政権がひどい独裁政権であったとしても(そんな独裁政権は、残念なことに世界のあちこちに実在する)、アメリカ軍が勝手に侵攻していいはずはない。今度、日本の自衛隊がアメリカ軍を援助しに出かけることになった。恐らく11月の総選挙が終わったあとになるだろうが、行けば必ず日本「軍」はイラク人を殺すだろうし、また日本「軍」の兵隊が殺されるだろう。
この本は、イラクに侵攻したアメリカ軍に従軍した朝日新聞の記者によるレポートだ。ベトナム戦争のときにもアメリカ軍に従軍した日本の記者は大勢いたから、別に目新しいことではない。しかし、イラク国民サイドからの報道を日本のマスコミがほとんどしなかった点は、ベトナム戦争のときと異なることは忘れてはいけない。
一般紙を読んでも、イラク国民の目線での記事があまりに少ない。これでは日本のマスコミは取材不足、怠慢だとしか言いようがない。
人間回復の経済学
出版社:岩波新書
著者の神野直彦・東大教授は、大学を出て自動車工場の組立工として、また自動車のセールスマンとして働いたことがあるそうです。私の知っている著名なジャーナリストにもそういう人がいます。私も大学時代にセツルメントという学生サークルで、擬似体験を少ししました。
企業が情容赦なく従業員を解雇しているときに、政府が公務員を解雇もせずに、安穏としているべきではない。政府は率先垂範して、行政改革を実施することによって人員整理すべきだと主張している。公務員を減員して「小さな政府」にする。企業もリストラによって大削減をする。つまり、人間のいない政府、人間のいない企業こそ理想だと考えられてしまう。「そして誰もいなくなった」という社会は、人間の社会ではない。いいかえれば、人間のために社会があり、経済がある。明らかにハンドルを切りまちがえている。
日本では、民主主義が機能していないと慨嘆するだけで、民主主義を機能させるために、人間の知恵をはたらかせようとはしない。それどころが、民主主義を逆に鼻であざわらうようになり、民が支配すべき公に「官」というレッテルを貼り、よこしまな私を「民」といいくるめ、「官から民へ」という合言葉で、公を私化しようとしている。
民主主義は人間の知恵の産物である。知恵をはたらかせなければ、民主主義の活性化はありえない。日本のあり方、将来を考えるうえで大いに参考になります。
在日米軍
出版社:岩波新書
湾岸戦争のとき、戦闘による死者は、イラク軍については兵士と民間人あわせて10万〜13万人とされているのに対して、アメリカ軍ではわずか144人でした。超近代兵器を駆使して、安全な場所から敵をたたくアメリカ軍の作戦を近代ハイパー・ウォーと呼ぶそうです。これは、戦争というより大量虐殺だとジャーナリストは言っています。
横須賀から出動した空母ミッドウェーは、1人の兵員も1機の航空機も失うことなく、他のどの空母よりも多くの出撃をこなしたそうです。この事実は、在日米軍基地で行なわれている訓練レベルの高さと秀逸なメンテナンスを証明しています。ペンタゴンの日米安保関係報告書によります。
この本を読んで、テポドン・ショックが、実は、つくられたものだったことを知りました。海上自衛隊のイージス艦「みょうこう」は、2週間も前から日本海に出て発射の瞬間をとらえるために待機しており、レーダーは見落とすことなく、追跡しました。また、アメリカ軍も、三沢基地を中心としてRC135S(電子情報収集機)2機によって監視していました。発射が近いという情報は偵察衛星から得ていたそうです。
次のように書かれています。無関心のひろがりは、日本の政治に理念や理想が失われ、市民が根源的なものを問うエネルギーを失っていく過程と重なって進行してきたのではないか。著者の問いかけを私は重く受けとめました。
新世紀の労働運動ーアメリカの実験
出版社:緑風出版
アメリカの労働運動がどうなっているのか知りたくて読んでみました。
アメリカでも労働組合の組織率は長期低落傾向にあります。1954年の35%が最高で、1980年に23%だったのが、今や11.2%にすぎません。ストライキも1977年の3111件が、1995年には385件となっています。その結果、実質賃金は1973年から1995年の間に15%低下し、若年層世帯の実収入は3分の1ほど減少しました。
そのなかで、1995年10月の大会でAFL・CIOは改革派のジョン・スウィニーが勝利し、執行評議会には、女性が6人、アフリカ系9人、ラテン系1人、アジア系1人を含むことになりました。組織率を向上させるための方法として注目されるのが、学生を組合オルグに採用することです。1000人以上の大学生を全国に配置したのです。
弁護士の関わりで言えば、使用者側は組合潰しの弁護士を雇っています。しかし、反対に労働者を組織する役目を果たしている弁護士もいます。
AFL・CIOは伝統的に民主党の支持基盤でした。スウィニー執行部は、少しずつ主体性をもって政治に関わろうとしているようです。
イラク、湾岸戦争の子どもたち
著者:森住卓、出版社:高文研
昨年4月に発刊された本ですから、今年のイラク戦争の場面は出てきません。でも、劣化ウラン弾が、イラク全土に放射能をまき散らし、大勢のイラク国民が苦しんでいることが写真で見てよく分かります。白血病、無脳症・・・。無言の写真は実に雄弁です。子ども専用墓地まであるとは・・・。すでに核戦争が始まっていることを実感させる寒々とする写真が続き、つい目をそむけたくなります。
でも、私たちは勇気をもって現実を直視し、感じたことを声にする必要があると思います。あのときイラクへ自衛隊を送るのを阻止しておけばよかった・・・と後になって悔やまないように、何らかのアクションを今おこしましょう。
豊かさの条件
著者:暉峻淑子、出版社:岩波新書
『豊かさとは何か』(岩波新書)の著者による続編みたいなものです。前の本がドイツ語では『貧しい日本』という題で出版されたことを知って、ええーっと驚き、ついうなずいてしまいました。エンゲル係数で有名なエンゲルの言葉が紹介されています。各国の経済力は物的生産量などで比較するのは無意味で、経済力を表す真の指標は、それぞれの国民の生活水準、つまり福祉の測定としての生計費である。これを、著者は、民主主義や人権の基礎が生活の福祉水準にあること、経済の活力もまた、自由と安全を基盤にした人間の活力なしにはありえないことを示したと解説しています。
さらに、エンゲルは、ごく少しずつなだらかな暮らしの向上が、人々の生活と行動を堅実で着実な発展に導く、急激に成金になったり、逆に落ちこんだりする中では生活の荒れと退廃を免れない、安心の支えなしに人間社会は成り立たないということも言っているそうです。私も、まったく同感です。
70代の著者が内戦で荒廃したユーゴスラビアに何度も出かけ、日本の子どもとホームステイの交流を実現するなど、そのたくましさには感嘆させられます。つい朝寝坊してしまう日本の若者も、いざとなれば立派にやるべきことをきちんとやれることも紹介され、安心します。でも、日本の家庭に詩集がほとんどなく、最後まで本を読み終えるのは困難という子どもが日本は世界で一番多いという点は、日本の将来に不安も覚えます。モノにあふれた日本ですが、心は貧しい日本人が多いように思われてなりません。
変わる家族、変わる食卓
著者:岩村暢子、出版社:勁草書房
ショッキングな本です。日本民族の食習慣がダメになりつつあることが実感させられます。これでは日本女性の長寿世界一の座も、いつまで維持できるか不安です。
食費はやりくり次第なので、節約してお金は他のことに使いたいという主婦が一般的。
食べることに関心なし。料理に手間暇かける気分になるような時間はない。同じ食卓を囲みながら、他の家族の食べているものに、子どもも親も無関心になっている。妻が家庭でつくった夕食メニューが何であろうと、「その日、自分が食べたいもの」をコンビニで買って帰り、自分は食べたいものを食べる夫が増えている。
食は文化です。フランスのブリア・サヴァランの有名な言葉、「どんなものを食べているか言ってごらん。あなたがどんな人物か言ってみせよう」。
どんなものを、どこで、どのようにして食べているかは、人間としての存在そのものに深く関わっているものです。私は、マックもケンタも、そしてコンビニもホカ弁も無縁の生活を送ってきました。本当に日本人の食生活はこれでいいのか、深く考えさせられる本です。一度、ぜひ手にとって読んでみて下さい。
蝶を育てるアリ
出版社:文春新書
自然界は不思議なことだらけ。私は昆虫の話も大好き。この本は昆虫のさまざまな生き残り作戦を紹介している。
事務所の前の街路樹でセミがうるさく鳴いている。木の根元にはセミが地中からはい出てきた穴がボコボコあいている。7年間も地中にいて、地上の生活はわずか1週間足らずというのがセミの一生。彼らの寿命の短かさにはかなさを感じる。ところが、この本によると、むしろ寿命が短かいことがメリットになることもあるという。人間の1世代を30年とすると、100万年の間に3万世代となるが、年1化の昆虫なら100万世代に達する。つまり、計算上は30倍のスピードで世代が変わるので、環境の変化にうまく適応できるから、生き残る確率が高くなる。
このほか、小鳥が昆虫をどれくらい食べるのかという数字に驚きました。シジュウカラは一羽で1年間に昆虫を12万5千匹食べる。つまり、1ヶ月に1万匹、1日平均300匹以上を食べないと生きていけないのだ。道理で、小鳥は、いつもせわしく飛びまわっているわけだ。