弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年3月 3日
先生、イルカとヤギは親戚なのですか!
生物
(霧山昴)
著者 小林 朋道 、 出版 築地書館
コバヤシ先生は、今や大学の学長先生。そして、このシリーズも19冊目。すごいものです。私の本棚にコバヤシ先生の本が何冊並んでいるか、数えてみました。18冊ありました。つまり、この本で19冊目になるというわけです(シリーズ以外の本もありますので、シリーズ全巻をそろえたわけではないようですd)。
さてさて、今回の対象は何かな...。
コバヤシ先生はタヌキが好きとのこと。実は我が家の隣はうっそうとした雑木林になっていて、少し前のことですが、朝、そこから一頭のタヌキが姿を現わし、悠然と団地内の道路を偵察に繰り出したのです。呆気にとられてしまいました。
日本に生息する、オオカミと同じ食肉目イヌ科の野生動物はタヌキとキツネだけ。
アカハライモリの背中は黒色で、腹側は赤い。これは、背中の黒色で見つからないようにしていて、認知されたときは体を回転させて腹側の赤色を見せて攻撃をためらわせる戦略。
シマヘビが交尾しているのをコバヤシ先生は邪魔したそうです。実は、私も同じ経験があります。庭にヘビがいるのを見つけたので、長い竿で叩いて驚かして追い払おうとしたのです。ところが、なんと、ヘビは2匹いて、からまりあっているのでした。いやはや驚きました。
コバヤシ先生は野生生物を扱う学者なので、ヘビを捕まえて観察したのです。すると、オスは肛門のところにヘビに特有な、球に棘(トゲ)がびっしり生えたようなペニスが露出していたのです(もちろん写真があります)。このペニスがメスの肛門に入って、ペニスが抜けないようになっているというわけです。こうやって、私も一つ賢くなりました。
コバヤシ先生が学長をつとめる大学ではモモンガを描いた可愛らしいグッズを製作しています。とてもよく出来たコースターです。
コバヤシ先生がビオトープ(池)をつくると、カエルを狙ってマムシが出没するようになった。鮮やかな模様の毒ヘビ。コバヤシ先生はこのマムシを追いかけ、正面からにらみあっていました。ちゃんと、その証拠写真があります。たしかにマムシの顔がこちらを向いて威嚇しているのです。マムシが怒って飛びかかってきたら、どうしましょう...。もちろんコバヤシ先生は一定の距離を置いていました。
コバヤシ先生のいる大学で学べる学生は幸せです。
(2025年1月刊。1760円)
2025年3月 2日
インド沼
インド
(霧山昴)
著者 宮崎 智絵 、 出版 インターナショナル新書
インドに行ったことはありませんが、インド映画はそれなりに観ています。面白いからです。
『ムトゥ踊るマハラジャ』の踊り、大勢で所狭しと乱舞する姿に圧倒されました。『バーフバリ伝説誕生』も『RRR』も、そのスケールの大きさに思わず息を呑みました。
インド映画は今や日本だけでなく世界的に評価され、ヒットしている。
1857年に起きたインド大反乱をイギリス東インド会社軍が鎮圧し、ムガル帝国は滅亡した。そして1877年にイギリスのヴィクトリア女王を皇帝とするインド帝国が成立した。その実質はイギリス帝国の一部として、植民地になったということ。
『RRR』は、このインド帝国時代を舞台としている。
公開処刑は、民衆に恐怖の感情を植え付けるとともに、貴族の娯楽でもあった。
インドでは、法律上はともかくとして、現実には今なおカースト制が生きているようです。不可触民(ダリット)は人口の10~15%を占めている。
アンベードカルは、不可触民のコミュニティに生まれ、イギリスで博士号と弁護士資格を得た。差別を嫌って、ヒンドゥー教から仏教へ集団改宗したときのリーダーになった。インド独立後、法務大臣となり、インドの憲法起草委員長にもなった。
世界で一番映画を制作しているのはインド。年間2000本近い。アメリカは660本(2017年)。インドでは映画のチケット代が安く、庶民の娯楽。
インド映画には、突然、群舞のシーンが必ず登場してくる。ラブシーンでキスをするのが忌避されるので、その代わりに情熱的に踊って愛情を表現する。そもそもインドの演劇論では踊りも演劇の一部である。
インド中西部の都市ムンバイは旧名ボンベイなので、そこからハリウッドをもじって「ボリウッド」と呼ばれ、映画制作が盛んな都市になっている。
映画館では、観客が一体となって映画に入り込み、喜怒哀楽を共有する。
ヒンドゥー教では結婚は義務とされている。離婚はなかなか出来ない。親による結婚のアレンジは当たり前。結婚の相手が見つかって次の問題が持参財(ダウリー)。法律では禁止されているものの、現実には伝統なので続いている。花婿側は花嫁側に対して、年収の3倍も要求する。なので、娘が3人いると親は破産すると言われている。
親に結婚を反対された恋人が駆け落ちすると、探し出されて殺されることがある。これを名誉殺人という。この名誉とは、親や親戚にとっての名誉。
結婚式の日取りは星占いで決める。3日から7日もかけるので、年収の3倍から4倍も費用がかかる。
シク教徒の草本山の黄金寺院(ハリマンディル・サーヒフ)では、毎日10万食の食事が巡礼者や訪問者に無料で提供される。いやあ、これはすごい規模ですね。
日本の子ども食堂や大人食堂はとてもかないません。シク教はカーストを否定しているため、共食(共に食事を共にする)のを大切にしている。
ガンディーは、イスラム教徒の肩をもつ裏切り者とされ、ヒンドゥー原理主義集団民族義勇団のリーダーから暗殺された。
トイレは不浄であり、排せつ物はけがれているという意識から、トイレを家内どころか家の敷地内につくることすら拒否反応がある。トイレは野外ですればいい、するものだという感覚です。それでは女性は大変です。
女性の生理用ナプキンをインドに普及させた男性をモデルとした実話ベースの映画『パッドマン』は、私も観ました。
インドでは高学歴が尊重されるので、大学入試も卒業するのも大変。それで、学生の自殺が多い。15~29歳の年代層では自殺が死因のトップになっている。年に1万3千人をこえる。
『ダンガル』という映画も観ましたが、これは、女性のレスリング選出がオリンピックで活躍する話です。
映画を通じてインドという国のリアルを知ることができました。
(2024年8月刊。940円+税)
2025年3月 1日
ユーラシアのなかの「天平」
日本史(奈良)
(霧山昴)
著者 河内 春人 、 出版 角川選書
聖武天皇は724年に即位し、729年に「天平」と改元した。この年2月、左大臣として政権トップにあった長屋(ながや)王が突然失脚した。長屋王は謀反の疑いがあるとされ、屋敷を包囲されるなか、妻や子どもたちともども自害に追い込まれた。貴族が死刑に処せられることはなかったので自害することが求められた。
この長屋王の謀反は、冤罪であったとされています。では、なぜ...?
長屋王は、皇親勢力に対する貴族官僚のトップとして聖武天皇を支えていた。皇親勢力は長屋王に抗していた。
著者は、長屋王事件の黒幕を聖武天皇その人だったと推察しています。長屋王の妻が産んだ子が皇位継承において有力になるのを恐れたというのです。いやあ、この指摘には信じられないほどの衝撃がありました。
この当時、皇位継承というのはきわめて不安定なものだった。「天平」という世は、初めから不穏な空気を漂わせていた。明るい雰囲気だけは、とても言えなかった。
このころ、中国は唐の時代。712年に即位した玄宗の治世は、唐の最盛期。楊貴妃がやがて登場し、詩人の李白が活躍している。政治の世界では、門閥や皇帝の寵を得て出世した恩蔭(おんいん)系貴族と、試験(科挙)に合格して栄達を果たそうとする科挙官僚の政争が激化していた。
日本は、法的なレベルで自らを中華と位置づけた。中国(唐)を自国に従属する格下の国として振るまった。これは日本国内で通用しても、対外的にはありえないこと。日本の遣唐使は唐に行くと朝貢使として振る舞うしかなかった。
ソグド人は交易に従事する者が多く、その風習は商業民族として史料に記録されている。
アラブ世界では、「馬が第一、妻は第二」というほど、馬は生命線だった。馬だけでなく、馬具、とくにあぶみ(鐙)の導入。そして、騎兵の重視につながった。
732年、日本で16年ぶりに遣唐使が任命された。聖武天皇にとっては初の「遣唐使」だった。
唐人を相手にして見劣りしない学識や人柄、あるいは見た目が問題とされた。体格も良く、威風堂々とした押し出しがあるのが前提。奈良時代の遣唐使は総勢5、600人という大所帯だった。大使、副使、判官、録事の四等から構成された。
734年4月、大和朝廷の遣唐使は玄宗に謁見した。遣唐使は長安を目指した。長安は現在は西安市。兵馬俑(へいばよう)を見に、私も二度行きました。
716年に留学生として唐に入った仲麻呂は、大学に入ることを許され、唐の官僚機構のなかで順調に出世していった。
このころ日本では金が全然とれていなくて、黄金は外国から入手するしかなかった。そのための遣唐使でもあった。ところが、749年に陸奥で金がとれはじめた。朝鮮半島には、金銀の採掘、鍛治の技術があった。
752年、大宰府に新羅の使節団が到着した。7隻で700余人という大人数だった。このとき、新羅は外交文書を持参せず、口頭で用件を述べた。文書で日本が優位に立っているという証拠を新羅側は残したくなかった。
交易が行われた場は、日本と新羅がそれぞれ自国の優位性を相手に認めさせようとする、もう一つの戦場だった。
遣唐使が唐の元会(大朝会)に参加することは、日本が唐に朝貢したことを内外に示すものだった。当時の唐において対等な外交というものは存在しなかった。
755年11月、玄宗の寵臣だった安禄山が反乱を起こした。安史の乱。安禄山は、父がソグド人で母は突厥(とっけつ)人。非漢族の安禄山は、中国的なシステムのなかで勢力を増やしていき、ついには唐を揺るがした。
このころ日本で政権を担っていたのは藤原仲麻呂。ところが仲麻呂の後ろ盾として君臨していた光明皇太后が亡くなってから、急速に失墜した。
仲麻呂の乱のあと、吉備真備が称徳天皇の腹心となり、右大臣となった。そして、次の桓武天皇は遷都を実現した。天武系皇統から天智系皇統に移行した。なお、桓武の母は渡来系氏族だった。
日本と朝鮮(新羅)そして中国(唐)とを横の結びつきで考えることの意義を感じることができました。
(2024年8月刊。2750円)
2025年2月28日
企業法務弁護士入門
司法
(霧山昴)
著者 松尾 剛行 、 出版 有斐閣
今や企業法務が若い人に圧倒的な人気です。先日聞いた話では、東大ロースクール生は、40人のクラスで35人が企業法務を志望していて、五大事務所に内定しているそうです。もちろん私は企業法務を否定しませんし、日本社会に大いに必要だと考えています。それでも、企業法務以外に選択肢がないかのような昨今の風潮は残念でなりません。弁護士の仕事は地域的にも、仕事のうえでも、もっと多様なんです。それぞれ自分の人生をかけていきていて、弁護士をしている。そのことを法曹をこれから目ざそうとしている若い人に知ってほしいと切に願っています。
そんな私が、なぜこの本を読んだのかというと、最近の企業法務の業務の実情を知りたかったからです。私の要望にしっかりこたえてくれる内容の本でした。
企業法務弁護士になりたいという学生のもっているイメージは...。
〇キラキラした仕事ができる
〇一般民事を扱うより、仕事が楽そう
〇感情論の比重の強い一般民事より合理的でロジックにもとづいて仕事ができる
〇裁判所に行かず事務所で仕事ができる
〇親族相続法や刑事法は扱わない
これについて、企業法務を扱うべきベテラン弁護士である著者は誤解と過大評価があるとしています。
キラキラ...仕事の実際は地味。
楽な仕事...大きなプレッシャーを受ける
合理的・ロジック...法務担当者の悩みを聞き、精神的なケアも必要
事務所で仕事...面談しての仕事は欠かせない
親族・相続、刑事を扱わない...社長の家族関係は扱うし、企業をめぐる犯罪を扱えなかったら困る
著者の以上の回答は、いちいちうなづけるものばかりです。
では、企業法務の特徴は何か...法務部門が行うリスク管理の過程に貢献し、組織としての意思決定に支援するところだと著者は考えている。
なるほど、そうなのでしょう。
企業法務であろうとなかろうと、弁護士実務は、正解のない問題に取り組むという特徴がある。誤りはあっても、唯一の正解というのはないのです。
新人弁護士に欠けているものは、失敗の経験。なるほど、これは言いえて妙です。まったくそのとおりです。私も数々の恥ずかしい失敗を重ねてきました。
弁護士業務ではバランスが重要、これまた、そのとおりです。仕事をすすめるうえでのバランス、利益衡量のバランス、仕事と家庭のバランス。いろんな面のバランスをうまくとっていかないと決して長続きしない。どこかに正解があるということはないので、自分なりに精一杯考え、必要なコミュニケーションをとり、周囲の人を巻き込んで正解をつくり上げていく。
企業法務の弁護士であっても、私のような地方の一般民事・家事を扱う弁護士であっても、目の前には生身(なまみ)の人間がいることを忘れずに取り組むのです。
弁護士にとって重要なものの一つに、人当たりの良いことがある。いつも明るく前向きにアドバイスすることで、法務担当者にとって相談したい弁護士になるべき。
これは法務担当者には限りません。相談者が帰るときには明るい、晴れやかな顔をしているのが理想です。
たとえば、「贈賄(ぞうわい)のリスクがあるから、やめなさい」と回答して終わってしまったら、法務担当者は次から相談に来ない。では、どうしたらリスクを回避できるか、一緒に悩みを共有して、打開策を探っていくべきなのです。
企業法務と刑事弁護は縁がないように見えるが、実はそうではないと著者は強調しています。著者自身が刑事弁護人として現役とのこと。私も、弁護士である限り、刑事弁護人の仕事は続けるつもりです。そのほとんどが国選弁護人ですけれど、やむをえません。
従業員の横領、性犯罪そして取締役の背任・横領など、企業内外をめぐる刑事犯罪の発生は必至です。そのとき、私は刑事弁護はやってない、分からないという対処はもちろんありえます。しかし、企業にからむ捜査対応では刑事弁護人の経験を生かすことができるものです。もちろん、本格的な刑事弁護はその道のプロに依頼したほうがいいことは多いでしょうが、それでも刑事弁護人の経験の有無は大きな意味をもってくると私も思うのです。
さすがの内容がぎっしり詰まっている本でした。
最後にもう一回。弁護士の仕事は企業法務だけではありません。若い人たちに、地方で困っている人はたくさんいますし、いろんな新しい分野にぜひ進出していって開拓していってほしいと呼びかけたいと考えています。
(2023年11月刊。2300円+税)
2025年2月27日
2月1日早朝、ミャンマー最後の戦争が始まった。
アジア
(霧山昴)
著者 フレデリック・ドウボミ、ラウ・クォンシン 、 出版 寿郎社
ミャンマー(ビルマ)の軍事クーデターに対抗する民衆の姿をマンガで知ることが出来ました。
日本に住んでいるミャンマー人は2021年12月には3万7千人だったのが、2年後の2023年12月には8万6千人となった。急増したのはミャンマー軍事クーデターによって、国外脱出を試みる若者が増えたから。
軍事クーデターが起きたのは2021年2月1日の早朝のこと。ミャンマー国軍のミンアウンフライン総司令官が前年11月の総選挙には不正があったと主張して起こしたもの。しかし、「不正」の確たる根拠は示されていない。
その前の2017年8月、70万人以上の少数民族ロヒンギャがミャンマーでの迫害を逃れてバングラデシュへ移動した。
この本の作画を担当したラウ・クォシンは幼少期を京都で過ごしている。中国に渡り、今は香港から台湾に移り住んでいる。
2020年11月の総選挙で勝利したアウンサンスーチーの率いる国民民主連盟(NCD)
による民主的な政権は短期間のうちに終わらされた。
クーデターの翌日、国民は鍋やフライパンを叩いて抗議した。ミャンマーには金物(かなもの)を叩いて悪霊(あくりょう)を追い払う風習がある。
軍事クーデターによって、2020年11月の総選挙で当選した多くの議員が逮捕された。アウンサンスーチーは2月1日に逮捕された。不法に無線通信機を所持していたという罪で3年の実刑判決が出た。アウンサンスーチーは、多くのミャンマー人にとって、一家の長であり、母親のような存在。彼女の父親であるアウンサン将軍は、独立運動のヒーロー。イギリス軍や日本軍と命をかけて戦った。
デモ参加者はインターネットで連絡をとりあったので、軍はアクセス制限を始めた。
ミャンマーの若者には、「ミルクティー同盟」の一員だと考える者もいる。これは、台湾・香港・タイの若者たちが中国とタイの政府軍の権威主義体制に反対してつくったオンライン組織。
タイの民主化運動で三本指(親指と小指を除く)を立てるのが抵抗のシンボルとなったのがミャンマーでも広がった。
中国政府は以前のようにビルマ軍を完全には支持していないが、見捨てたわけでもない。
ビルマ民族の若者のなかに、カチン民族やカレン民族のゲリラを公然と支持する動きも出ている。ヒロンギャに対する認識を改めた人も少なくない。
ミャンマーは今、恐怖の中にあるのに、世界は、それをただ見ているだけ。
ビルマ軍幹部は、クーデターを非難した国連のミャンマー大使を解任できず、その後も任務についたまま。ビルマ軍よりも国民統一(NUG)のほうが正当なミャンマーの代表として国際社会に認識されている。
自由選挙で軍の代表が勝利したことは一度もない。
ミャンマーの置かれている実情を少しばかり知ることができました。
(2024年10月刊。2200円)