弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年7月23日

アガサ・クリスティーの大英帝国

イギリス

(霧山昴)
著者 東 秀紀 、 出版 筑摩選書

アガサ・クリスティーの推理小説は、私も何冊か読んでいます。読むたびに、そのトリックと推理の見事さに驚嘆したものです。
アガサ・クリスティーを、観光ミステリ作家と形容する人がいるそうです。なるほど、「オリエント急行殺人事件」など、観光地を舞台としていますよね。アガサ・クリスティーの2番目の夫は考古学者で、オリエントの発掘現場にも行っていたそうです。その体験が本に生かされています。
日本で観光ミステリ作家と呼べれる一人に松本清張のミステリがある。あれほど登場人物たちに日本各地を出張の形で回らせなければ、戦後日本を代表するベストセラーにはならなかったのではないか・・・。多くの読者が、小説を読んで旅への願望を紛らわせ、出張の際に各所に立ち寄っていた当時の日本人をあわわしている。
松本清張の本のなかに、南フランスの「レ・ボー」という村を舞台とするものがあります。私も、タクシーに乗って出かけました。列車の駅から遠く離れているところですので、レンタカーを借りるか、タクシーに乗らなければいけないのです(もちろん、ツアーに加わればいいのですが・・・)。岩だらけのアメリカの西部劇映画に出てくるような村でした。
アガサ・クリスティーの描いた小説の舞台は、二つの大戦の間の束(つか)の間の平和。そして、その時期の大英帝国の栄華。
アガサ・クリスティーが前夫との離婚話の起きた1926年に失踪事件をひきおこしたということを初めて知りました。そして、本人は真相を死ぬまで明らかにしなかったというのです。よく出来たミステリーを考えた作家は、なんと自分の人生にもミステリーを秘めていたわけです。
1930年代に、アガサ・クリスティーは、毎年2作のペースでミステリを世の中に送り出した。1年に5作という年もあります。驚くべき多作です。私が読んでない本がこんなにたくさんあるかと思うと、ぞっとしてしまいました。
ヒトラーが登場してくる本もあるようです。その本のなかで、ヒトラーは、当時のイギリス人の多くが望んでいたように、平和を望んで引退するというのです。まさしくチェンバレン首相と同じく、著者もヒトラーへの幻想に踊らされていたのですね。
アガサ・クリスティーのミステリー小説を改めて読んでみようという気にさせる本でした。
(2017年5月刊。1600円+税)

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2017年7月22日

足利尊氏

日本史(室町)

(霧山昴)
著者 森 茂暁 、 出版 角川選書

足利尊氏の実相に迫った本として、興味深く読みとおしました。なにより後醍醐(ごだいご)天皇との関係については目新しい説であり、なるほどと驚嘆してしまいました。
そして、足利尊氏は聖なる天皇に反抗した「逆賊」なのかという点の考察にも感嘆するほかありませんでした。足利尊氏逆賊説は、狂信的な南朝正統論の落とし子だった。
足利尊氏は後醍醐に対して、最後まで報謝と追幕の念を抱いていた。
足利尊氏と後醍醐とは、政治的また軍事的に対立する立場に立ったことは事実だが、かといって尊氏が後醍醐を追討や誅伐(ちゅうばつ)の対象とした事実は史料的に裏付けられてはいない。
足利尊氏は後醍醐に対して明確な謀叛(むほん)を企んだとはいえないので、尊氏に「逆賊」というレッテルを貼るのは、歴史事実のうえからみて、御門違い(おかどちがい)と言わなければならない。
足利尊氏は歴史的人物であるが、その評価は、英雄と逆賊の間をゆれ動いた。これほど、評価の振幅の大きい人物は、日本史においては珍しい。
後醍醐天皇の主宰する建武政権の存続期間は、2年半ほど。
御教書(みぎょうしょ)は、どちらかというと、私的性格をもつ文書。下文(くだしぶみ)は所領をあてがう公的文書。
尊氏の尊は、後醍醐天皇の偏諱(へんき)の尊をもらって「高氏」を「尊氏」としたもの。尊氏は、20ヶ国にわたる45ヶ所の北条氏旧領を天皇から獲得した。
恩賞納付のための文書の様式として、鎌倉将軍にならって袖判下文(そではんくだしふみ)を初め発給した。
歴史上に有名な人物を見直すことができる本でした。
(2017年3月刊。1700円+税)

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2017年7月21日

満蒙開拓団

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 加藤 聖文 、 出版 岩波書店

「五族協和」、「王道楽土」、こんな美しい掛け声で、多くの貧しい日本人が夢をみて戦前の満州に渡り、悲運に泣いたのでした。もちろん、騙した政府当局者が悪いのですが、騙されたほうも、時勢に流されてしまった結果だった。やはり、みるべきことは見ておかないといけない、言うべきときには言わないと、もっと悪くなるということなのですよね。今のアベ政権のデタラメきわまりない政治のあり方を黙過していたら、戦前の悲劇を再びもっと大規模に繰り返すことになってしまいます。
長野県は満州へ送り出した開拓移民が4万人近くで、日本一多かった。二位の山形県は半分の1万7千人。そして、満州開拓政策に重要な役割を演じた人物も、なぜか長野県出身者が多い。
満州事変を起こした関東軍は、早くから日本人移民に積極的だった。それは、満州を日本の領土とするうえで、日本人があまりにも少ないという認識から。ところが、陸軍中央は消極的だった。あまりに露骨に日本領土化を進めることによる国際社会からの猛反発を買うのを恐れた。関東軍は、満州が独立国家という建前をとる以上、国家内での日本人の人口比率があまりにも低いのは問題だと考えた。
満州移民に対して、陸軍は一枚岩で積極的ではなかった。陸軍中央には懐疑的な人が少なくなかった。満州移民は、それぞれの個人や組織の政治的思惑が異なるなかで、関東軍と拓務省が連携し、それを陸軍中央が追認した。それを在郷軍人会が積極的に後押しして、軍事色の強い武装移民となった。
満州の土地所有制度は複雑で、権利関係が入り組んでいたから、日本による強引な土地買収は、現地を混乱させた。
開拓民は、月給100円という宣伝文句につられてやってきたのに、現実は、食費として1ヶ月5円しか支払われなかった。そこで、故郷から送金してもらっていた。召集を免れられるという風評を信じて開拓民に応募した人もいたが、現実には、あとで日本の敗色が濃いなかで兵士とされ、家族と引き離された。
満州に侵入してきたソ連軍は174万人(日本軍は60万人)、火砲・戦車・航空機の数量では25倍以上と、日本軍を圧倒した。
当時の国際的通年からすると、開拓団は軍事組織と見なされていた。ところが、当事者は、日本国内にいくつもある「村」としてしか認識しておらず、関東軍が守ってくれる以上、軍事攻撃にさらされるなどとは露ほども思っていなかった。
満州に渡った開拓団は928団、24万人。これに対して、戦後、無事に日本に帰国できたのは14万人でしかない。
満蒙開拓団の実際を冷静に、多面的かつ深く掘り下げた本でした。
(2017年3月刊。2200円+税)

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2017年7月20日

北朝鮮、終りの始まり

朝鮮(韓国)

(霧山昴)
著者 斎藤 直樹 、 出版  論創社

本文500頁近くもある堂々たる大作です。北朝鮮の現代史をあますところなく論述していて、説得力があります。まずは現在の金正恩政権をどうみるか、です。
金正恩を後継者に選任するよう金正日に助言したのは、金正日の妹婿の張成沢だった。このとき金正恩は30歳にもなっていない青年。金正日は金正恩を補佐する後見人役を張成沢と夫である実妹の金敬姫に託した。この決定を意外と思ったのは、当時の組織指導部を牛耳っていた第一副部長の李済剛などの幹部たち。
金正日は、2011年12月17日に亡くなった。そして、2年後の2013年12月、張成沢が粛清された。
張成沢は2回も失脚し、左遷されながらも、復権を果たした人物である。
張成沢の取り仕切る党行政部は、権力中枢を占める党組織指導部、朝鮮人民軍、国家安全保衛部の幹部達と激しい利権争いを繰り広げた。
張成沢は金正恩を動かし、不可侵ともいえる朝鮮人民軍の利権を侵食しようとした。これに対して、朝鮮人民軍総参謀長・李英浩の配下は張と党行政部に対して激しい恨みをもった。総参謀長の解任が張成沢に対する人民軍の敵対心を一層強めたことは間違いない。
張成沢は、朝鮮労働党中央委員会行政部長、朝鮮労働党政治局委員、国防委員会副委員長などの要職を手中に収め、金正恩指導部で事実上の権力を掌握し、しかも中国指導部から北朝鮮における最も重要な人物の一人であると認知された。ところが、これについて北朝鮮の支配層のすべてが歓迎していたわけではなかった。
2013年7月、張成沢が催した盛大な酒宴の場で、側近たちが「張部長同志、万歳」と礼賛した。ところが「万歳」は、北朝鮮の最高権力者のみに許されたものだった。それを知って「万歳」したということは、張成沢が最高権力者を企むものという格好の口実を与えることになった。
張成沢は、朝鮮人民軍と外貨獲得競争で激しくしのぎを削った。漁業権は、朝鮮人民軍にとって重要な利権の一部であった。ところが、その漁業権が張成沢の取り仕切る党行政部が握るようになり、朝鮮人民軍幹部の怒りを買った。
2013年9月、金正恩は張成沢の側近たちをまずは逮捕して処刑した。そして12月には、張成沢を逮捕して、死刑判決が下され、即日処刑された。
張成沢は国家転覆陰謀行為に該当する。凶悪な政治的野心家、陰謀家、希代の友逆者というレッテルを貼られた。
祖父・金日成、父・金正日という二人の金は、自身の権力基盤に刃向う者たちに対して仮借なき粛清を続けながら、自身の権力基盤の確立と安定を図った。その意味で、金正恩が叔父にあたる張成沢を刃にかけたことも理解できる。金日成にはじまり、金正日を経て金正恩に至る三代にわたる金体制を通じて一貫して流れるのは、独裁体制の確立とその堅持のためには仮借なき粛清を常としてきた。金正日の葬儀で代表をつとめた7人のうち、これまで張成沢を含めた5人が既に排除されている。
金正日時代にまして、金正恩体制の権力構造は不透明で不確実であり、権力基盤は必ずしも盤石であるとは言いがたい。金正恩が朝鮮人民軍と手を組んでいる限り、「先軍政治」が優先され、中国や韓国などとの経済協力路線はなかなか進まない。金正恩は、基本路線として、経済再生と先軍政治の双方をかかげている。しかし、この二つは、本質的に相友するものなので、板ばさみにあうのは必至である。
いつ倒れるのか、周囲はひやひやしながら見守っているのに、なかなか倒れないという不可思議な国です。北朝鮮がミサイルを打ち上げるタイミングは、日本の支配層が苦境にあって、内政から目をそらしたときのことが多いという奇妙な現象があります。骨は折れますが、一読する価値が十分にある北朝鮮の研究書です。
(2016年3月刊。3800円+税)

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2017年7月19日

不発弾

社会

(霧山昴)
著者 相場 英雄 、 出版  新潮社

東芝を連想させる「大手電機企業」の粉飾決算について、小説仕立てで内情を暴露する経済小説です。
ところが、この本では東京と並ぶ第二の舞台が、なんと福岡県大牟田市なのです。大牟田駅のすぐ近くに「年金通り」と呼ばれる目立たない飲食店街があります。まったく偶然にも、この本を読む前日に、私はちょっとした相談を受けていました。売上が10年前の3分の1にまで減っているので、飲みにきてくださいと誘われたばかりだったのです。年金生活者が乏しい年金で飲んで歌って半日すごせるというのが「年金通り」の由来だと聞いています。昔は、店の二階の小部屋で売春が横行しているという噂が立っていました。この本にも、それらしい状況が書き込まれています。そして、暴力団とのつながりも深いとされています。今はともかく、昔は恐らくそうだったのでしょう。昔の大牟田では、利権争いからの暴力団同士の殺人事件が絶えませんでした。
サブの主人公は、そんな大牟田から脱出して、証券会社に入り、無知な人々から大金を騙しとり、次には大企業の使い走りのようにして、利益保証・補填し、役員個人の蓄財にまで狂奔し、そのおこぼれにあずかるのです。
ホンモノの主人公は東大法学部を卒業した警察キャリア。ところが、なんとしてでも自分の手でホシをあげたいという個人的野望につき動かされて行動するのです。さすがに、その行動力とあわせて、各界にのびている広いネットワークのおかげで、大牟田出身の男の実像に迫っていきます。そして、いよいよ大手をかけたところ、アベ首相とモリカケ理事長の個人的関係と同じように、「政治的に処理され」無罪放免されるのです。なんと理不尽なことが起きているのかと、憤慨するばかりです。ところが、先日の都議会議員選挙の投票率は、わずか51%でしかありませんでした。日々、きつい労働に直面している人たちは、投票所に行く元気もないのでしょう。それでも投票所に足を運ばないと、日々の生活がますます暮らしにくくなるだけなのです。やはり怒りの声はあげて、叫ぶ必要があります。
証券取引で、個人投資家は自己責任として、損を出しても平然と見捨てられます。しかし、企業投資家だったら、「損失」は証券会社がカバーしてくれるのです。まことに不公平な仕組みです。許せません。ゼニカネ一本槍の人間はそれでいいのかもしれませんが、やはり世の中は、それだけですまされたくはありません。
国政を私物化するような政治家、目先の利益しか念頭にない大企業には退職・廃業してもらう必要があると私は思います。この本を読んで、ますますそう思いました。
(2017年2月刊。1600円+税)

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