弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年2月26日

カストロ兄弟

キューバ

(霧山昴)
著者  宮本 信生 、 出版  美術の杜出版

 カストロ兄弟の未公開写真が何枚も紹介されています。著者はキューバ大使をつとめていたこともある元外交官です。キューバの歴史と内情が分析的に語られていて、説得力があります。
 キューバの国家経済は大変のようですが、国民が反乱を起こさなかった理由がいくつもあるようです。薄くても、全国民が福祉・医療のセイフティー・ネットの下にあり、安心感がある。キューバは気候温暖なので、飢えと寒さによる死の恐怖はない。ぜいたく言わなければ生きていける。
政府は有機農業を奨励している。教育水準は高く、識字率は100%に近い。医学もレベルが高い。
 キューバ政府の高官であっても汚職はきびしく裁かれる。アンゴラ作戦群のオチョア司令官は麻薬売買等によって死刑判決を受けて処刑された。ラヘ官房長は外国からの利益供与を受けて姿を消してしまった。同じく、ナンバー・スリと目されていたアルダナ政治局員(党中央委書記)も同じような理由で党から除名された。
 カストロは党指導部の清廉さこそ、党が国民の支持を得る最大の前提であると認識し、実行してきた。
キューバにおいては特権的官僚群は存在しない。大臣であっても自転車通勤したりしている。したがって、一般国民が党や政府の指導部に対して恨みや嫉みや怨念は存在しない。ここが旧ソ連などとはまったく異なるようです。
キューバは、ソ連の援助に頼りきっていたこともありましたし、アフリカのアンゴラへ1万5000人そして最大時5万人も軍人を派遣していたこともありました。それは、経済的には大変な負担でしたが、第三世界では評価されることでもありました。
20年前の本『カストロ』を全面的に書き改めたもののようですが、豊富な写真によってキューバとカストロ兄弟の理解を助けてくれます。
それにしても、幼いころのカストロ兄弟は、写真を見ると、いかにも賢い感じです。
(2016年11月刊。1500円+税)

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2017年2月25日

屋根うらの絵本かき

人間

(霧山昴)
著者  ちば てつや 、 出版  新日本出版社

 私も大学生のころは、毎週、マンガ週刊誌を心待ちにしていました。私のいた学生寮(駒場寮)では、寮生がまわし読みをしていました。発売初日はケンカこそしませんでしたが、奪いあい状態で、みんな競って読んでいました。何をかって・・・。「あしたのジョー」です。この本では原作者の梶原一騎との壮絶なバトルが文章だけでなく、絵によって再現されていますから、まさしく臨場感があります。『少年マガジン』は、そのころ飛ぶように売れていたと思います。
 ジョーの相手となったのが力石徹。そして力石徹はついに死んでしまうのです。その死に至るストーリーにするのかどうか、編集とテレビ局と壮絶なバトルが展開していたというのです。ところが、著者はついに力石徹を殺してしまうのです。すると、全国のファンから、たくさんの弔電が届き、ついには力石の葬儀までやられたのです。冗談ではありません。講堂には特設リングがつくられ、お坊さんが真面目な顔でお経をあげたのです。大勢のファンが葬儀に参列しようと行列をつくりました。まあ、私は、そこまではしていませんが、たしかに、「あしたのジョー」のインパクトは相当なものでした。このころ私はまだ20歳前です。著者は30代半ばでした。
 私は、著者の丸っこい感じの絵が大好きです。ほのぼの感があり、心がゆったり、気分がよくなります。ちばあきおは弟のマンガ家です。こちらも好きでしたが、50代でなくなったとのこと、惜しいことです。
 著者がマンガ家として初めて原稿料をもらったのはなんと高校2年生のとき。1万2351円でした。母親から、本当に原稿料なのかと疑われたとのことです。
 著者は戦前の満州で生まれ育ち、6歳までいました。父親は印刷会社につとめていたのです。そして、敗戦後は戦前に親しくしていた中国人に助けられ、生命からがら日本に帰ってきました。その経過も見事な絵で再現されています。ですから、著者は戦争反対、平和を愛する心が人一倍、強いのです。
 終戦後に満州で亡くなった日本人が24万5000人もいるとのこと。本当に哀れです。誤った国策による犠牲者です。
 いま、著者は宇都宮にある大学で学生に漫画を教えているそうです。そして、東京の自宅では屋根裏のような部屋を仕事部屋としているとのこと。それは満州で中国人一家に隠まれて生活していた屋根裏と同じような気分になって居心地がいいというのです。
 著者は何かにつけて要領が悪くてノロマだったとのこと。そのすばらしいマンガからは想像もできません。
 ほのぼのマンガをみて、そして人と人とのつながりを大切にして生きてきた著者の話を読んで、いいマンガって、読む人を幸せな気分にしてくれることを実感しました。ありがとうございました。皆さんに強く一読をおすすめします。
(2016年12月刊。1900円+税)

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2017年2月24日

汝、ふたつの故国に殉ず

中国(台湾)

(霧山昴)
著者  門田 隆将 、 出版  角川書店

 戦後、日本の敗戦によって日本軍が引き揚げたあと、中国本土から蒋介石の国民党軍が台湾に渡ってきて統治するようになります。
その初期に台湾人が弾圧された事件が、1947年2月28日に起きた「二二八事件」。2万人から3万人に及ぶ台湾人が虐殺された。しかも、狙われたのは台湾人の指導階級、知識人たちだった。
1947年から1987年まで戒厳令は継続した。なんと38年間。世界最長だ。
 この本は、二二八事件で虐殺された一人の日本人、坂井徳章の生涯を紹介しています。
 坂井徳章の父・坂井徳蔵は熊本県宇土市の出身。宇土の資産家の御曹司だった坂井徳蔵は20歳のとき、台湾へ渡り、警察官となった。
 1915年8月、徳蔵の勤務していた派出所が新興宗教の信者を中心とする暴徒に襲われた。西米庵事件と呼ばれ、警察官と家族22人が亡くなった。その中に40歳の徳蔵もふくまれていた。その報復として、日本軍は台湾人を徹底して弾圧した。台湾人の死者は1254人に及んでいる。
 父親を失った坂井家は窮乏生活を余儀なくされたが、徳章は成績抜群の子どもだった。そこで、徳章は師範学校に入学した。ところが、台湾では学校のトップは必ず内地人(日本人)で、本島人(台湾人)は、日本人の上には立てなかった。徳章は、そこに疑問を抱いた。その結果、徳章は3年に進級した直後に退学した。そして、やがて、巡査試験を受けた。19歳、20歳になる直前のこと。なんとか巡査になり、派出所勤務につく。そして、そこでも日本人の横暴に目をつぶることは出来なかった。警察をやめ、東京に出て高等文官試験に挑戦することにした。1939年(昭和14年)4月、32歳の春のこと。徳章は中央大学に聴講生として通学した。
昭和16年秋、徳章は高等文官司法科試験を受験し、合格した。そして、さらに昭和18年夏、徳章は高文の行政科試験にも合格した。
これはすごいですね。よほど出来たのですね。もちろん、大変な努力もしたことでしょうが・・・。
昭和18年9月、坂井徳章は台湾に戻り、台南市で弁護士業務を開始した。
日本の敗戦時、台湾には34万人の日本人が住んでいた。本島人(台湾人)は、600万人をこえる。
1947年2月。いつ何が起きても不思議でないほど、台湾人の我慢は限界に達していた。徳章たちは、騒乱の側に台南工学院の学生を向かわせるのではなく、逆に治安維持をまかせた。これによって学生たちの命も救われた。
 徳章は憲兵隊に逮捕され、拷問を加えられた。「両手が使えんよ。指も使えん」、徳章は知人にこう言った。軍事法廷に徳章が引き出されたのは、3月13日の午前10時。死刑が宣告された。
「私を縛りつける必要はない」
「目隠しも必要ない」
「私には大和魂の血が流れている」
そして、最後に日本語で叫んだ。
「台湾人、バンザーイ!」
二二八事件には、台湾人が当時の中国国民党の腐敗した台湾統治に反抗したことが無差別虐殺を引き起こしたという面だけでなく、国民党の統治者がこの機会に乗じて計画的に台湾各地のエリートを捕えて殺害した面の二つがあった。あの当時、一切の措置は蒋介石の指示によっておこなわれていた。大虐殺を実行した張本人たちは、蒋介石から、その後も重用されて昇進していった。
父親が日本人、母親は台湾人という坂井徳章は、弁護士として、台湾人のプライドを守って身を挺してたたかったのでした。
今までまったく知らなかった話ですが、心ある人は昔もいたんだなと驚嘆しました。
(2016年12月刊。1800円+税)

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2017年2月23日

一歩前へ出る司法

司法

(霧山昴)
著者 泉 徳治 、 出版  日本評論社

裁判所、とりわけ最高裁判所の内幕を知ることのできる大変興味深い本です。
正確には憲法学者を前に語った本ですが、著者は、最高裁の事務総長を経験して最高裁判事になったという、エリート中のエリート裁判官です。
ところが、弁護士になってからは自ら東京都議会議員定数是正訴訟で原告となるなど、憲法秩序をたもつためには裁判所は憲法を盾にして一歩前に出るべきだと声を大にして訴えています。そして、この訴えを、裁判官のときから実践していたことがこの本を読むとよく分かります。
著者は、裁判所は議会の立法裁量や政府の行政裁量の陰に隠れてはいけないと何回となく繰り返し強調しています。
裁判所のなかに、憲法で課せられた司法の役割に対する認識が十分に育っていない。憲法施行後70年の歴史のなかで、裁判所が法律や行政処分を違憲と判断したのは、わずか20件に過ぎないことがそれを裏付けている。
そして、国連の定める自由権規約について、条約に違反する法令は無効とすべきであるのに、現在の裁判実務は、条約適合性の審査を欠落させている。
日本の裁判所は、憲法より法律を重視し、法律解釈で立法裁量を最大限に尊重し、法律に適合するならば、憲法違反とは言えないとし、条約は無視している。このような現状は早急に改められるべきである。
私もまったく同感です。この指摘を受けとめ、広めるためにも、本書が広く法曹全般に読まれることを願います。
著者は、最高裁の司法行政部門と裁判部門の双方を知り尽くした存在である。司法行政部門では最高裁事務総長をつとめた。裁判部門では、調査官と最高裁判事を経験している。そして、最高裁判事としては、多くの個別意見を表明した。
この本を読むと、かつての自分の考えが誤りだったものもあるというのを著者は率直に認めています。たいしたものです。
著者は「ミスター司法行政」とも呼ばれる矢口洪一最高裁元長官の下でも長く働いていて、共通点と相違点があることを明らかにしています。
矢口裁判官は裁判官は少数精鋭でよくて、増員反対、むしろ弁護士からの任官者を増やせと言う考え方。これに対して著者は、裁判官を増員して裁判の迅速化を図るという考え方。
裁判官の外部研修について、著者はそれによって裁判所が準行政庁的機関になることがあってはならないと強調しています。外部研修によって、統治機関としての意識を強くして帰ってくる人がいないとも限らないからだという理由です。なるほど、その心配は的中しているかな、そんな気がしています。
著者は、再婚禁止期間の違憲判断は当然であり、夫婦同姓強制の合憲判断は間違っていると明確に断言しています。その論理はきわめて明快です。
多数決原理で個人の人権を無視することは許されない。
憲法を単なる要請、指針である、憲法は裁判規範ではなく、プログラムであるという最高裁の姿勢を強い口調で批判しています。
社会全体としては同一氏で規格化したほうが便利かもしれない。しかし、多少の不便は我慢しても個人としての生き方を認めていくべき。個人としての生き方が集団の中で押しつぶされてしまってはいけない。
現在の裁判官再任審査について、著者は次のように述べています。
下級裁判所裁判官指名諮問委員会の諮問を経て再任拒否が行われるようになったが、これには弁護士会側が会員から集めた情報が反映されており、当事者を強い調子で叱りつけるといった、訴訟指揮が乱暴であるとか、裁判の運営の仕方が問題とされるケースが多い。
記録を読んでいるとは思えない裁判官、形式的な枝葉にばかりこだわって大局観をもって臨んでいるとは思えない裁判官、強いものに弱いくせに弱い者には強い裁判官、まったくやる気の感じられない裁判官など、私も40年以上の弁護士活動で何度となく絶望的な心境になったことがあります。ですから、たまに当事者双方の意見をよく聞いて、なるほどと思える訴訟指揮をする裁判官にあたると、宝くじのように大当たりだと思ってしまうのです。
著者は最高裁による青法協攻撃を是認はしていませんが、その深刻な内情をあまり知らないのか(本当に知らないとは思えないのですが・・・)、やんわり批判するにとどめています。
青法協問題というのは、偏向裁判という外部からの攻撃をかわすために、最高裁が裁判官に対し、裁判所攻撃の口実を与えるような行動は慎むよう求めた、それが裁判所内にやや重苦しい雰囲気をもたらした、その後は、偏向裁判という攻撃も薄らいできたので、最高裁があれこれ言うようなこともなくなってきたということ。
しかし、私は「裁判所内にやや重苦しい雰囲気をもたらした」程度ではなかったと考えます。結局、裁判所のなかに青法協会員が一人も入らなくなったというだけでなく、憲法価値を裁判に活かそうと志向する人は裁判所という「暗黒世界」に足を踏み入れようとは考えなくなり、著者のいう統治機関としての意識ばかりの強い人が支配する硬直した組織になってしまったのではないでしょうか・・・。
著者は最高裁の裁判官に三人くらいは、物事の本質を見ようとする人、官僚的な発想にとらわれない人が必要だと強調しています。
いまの最高裁長官と同期(26期)で惜しくも最高裁判事にならなかった園尾隆司さんについて、著者は高く評価しています。民事裁判を柔軟で使いやすいものにしなければならないという考え方の持ち主で、大変才能と機知に富んだ人だ。「才を秘めた人」というより「才があふれ出ている人」なのである。
園尾さんは、学生時代に私と同じようにセツルメント活動をしていました。また、落語研究会(オチケン)にも入っていたとのことで、裁判官の仕事をしながら高座に出ていたというのでも有名です。破産法の運用について大胆な手法を取り入れた実績もあり、その解説を弁護士会主催の講演会で聴いたとき、固い話を笑わせながらわかりやすく話すのは、さすが「オチケン」出身だと感嘆したことでした。
著者は、自分のことを保守的な人間だと思うとしつつ、保守派でもリベラル派でもないとしています。
最高裁が違憲判決を出したのは、それが与える影響の非常に少ないケースのときに限っている。果たして、裁判所はそれでよいのかという疑問を投げかけています。
放送の自由をめぐっても、裁判所は、もう少し敏感になって権力側に自制を求める必要がある。いまの最高裁には官僚派の裁判官が大勢を占め、社会秩序重視の判決が多くなっている。
私としては異論のあるところもいくらかありましたが、全体としては、エリート裁判官として歩いてきた割には、憲法価値と少数者の人権擁護を守る裁判所の役割を強調するなど、かなり思い切った発言をしていると驚嘆しました。一読に価する本として、法曹三者に限らず広く読まれてほしいものです。
(2017年1月刊。2700円+税)

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2017年2月22日

少年が来る

韓国

(霧山昴)
著者  ハン・ガン 、 出版  クオン

 1980年5月18日。韓国全羅南道の道庁所在地である光州で、市民による自発的な民主化闘争が戒厳軍によって無惨にも武力鎮圧される事態が起きました。いわゆる光州事件です。当時、日本のマスメディアは手のつけられない暴徒を軍部がようやく鎮圧したと報道し、まるで、市民が暴徒化したのが悪いかのように描いたのでした。
 なにより厳重な情報統制により、詳細かつ正確な情報が日本に入ってこなかったのです。私自身も何か大変なことが韓国で起きているけれど、何が起きているのか分からないという、もどかしい思いで一杯でした。
 光州事件の真相が広く知られるようになったのは、7年後の1987年6月に軍部出身の廬泰愚(ノテウ)大統領候補が民主化宣言をしてからのことです。
 この本は光州事件をテーマとする小説です。いろんな手法で事件の真相、実情にアプローチしていますので、小説の作法として目新しさを感じました。
 軍人が殺した人々に、どうして愛国歌をうたってあげるのだろうか。どうして対極旗で柩を包むのだろうか。変だと感じた。まるで、国が彼らを殺したのではないとでも言うみたいだ。軍人が反乱を起こしたんじゃないの、権力を握ろうとして。真っ昼間に人々を殴って、突き刺して、それでも足りないみたいに銃で撃ったのを見たでしょ。そうしろって、彼らが命令したの。そんな彼らを、私たちの祖国の人たちだと、どうして呼べるのか・・・。
 機関銃と戦車がある精鋭部隊の戒厳軍が、朝鮮戦争のときに使っていたカービン銃をもっている市民軍を怖がるなんて考えられない。作戦の段取りをしているだけのこと。
軍人が撃ち殺した人たちの遺体をリヤカーに載せ、先頭に押したてて数十万の人々とともに銃口の前に立った日、不意に発見した自分の内にある清らかな何かに自分で驚いた。もう何も怖くはないという感じ。いま死んでもかまわないという感じ。数十万の人々の血が集まって、巨大な血管をつくったようだった新鮮な感じを覚えている。その血管に流れ込んでドクドクト脈打つ、この世で最も巨大で崇高な心臓の脈拍を感じた。
この日、軍人に支給された弾丸は80万発。当時、光州の人口は40万人。光州にすむ都市全住民に2発ずつ死を打ち込むことのできる弾丸が支給された。
 できる限り過激に鎮圧せよという命令が下っていた。そして、特別残忍に行動した軍人には、軍の上部から数十万ウォンずつの褒賞金が渡された。
 畜生のアカどもめ、降伏するってか、命が惜しくなったってか、くそったれめ、いかす映画みてえじゃないか。
両手をあげて前にすすんできた五人の生徒たちをM16自動小銃で撃ちまくった。
 特別に残忍な軍人がいたように、特別に消極的な軍人もいた。人に弾を当てないように銃身を上にあげて撃った兵士たちがいた。軍歌斉唱のとき、最後まで口をつぐむ兵士もいた。
 光州事件の実際をまざまざと思い起こさせてくれる小説集です。
(2016年10月刊。2500円+税)

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