福岡県弁護士会 主張・提言

2010年5月27日

司法修習生の修習資金給費制の維持を求める緊急決議

決議

 わが国の司法制度を担う法曹である裁判官、検察官及び弁護士になるには、司法試験に合格した後、司法修習を終えることが必要である。司法修習は、法律実務に関する汎用的な知識や技法のみならず、市民の権利に直接関係する法曹として求められる高い職業意識と倫理観の修得をも目的とするもので、裁判官、検察官、弁護士のいずれの道に進む者に対しても同じカリキュラムで行われ(統一修習制度)、国際的に見ても特徴があり、高い評価を受けている。
 そこで、司法修習生には、全力で修習に専念すべき義務(修習専念義務)が課されている。そして、この修習専念義務を担保するため、司法修習生には、1947(昭和22)年に司法修習制度が創設されて以来、一貫して、国庫から給与が支給されてきた(給費制)。この給費制があればこそ、司法修習生は経済的な不安を持たずに司法修習に専念することができ、また、貧富の差を問わず、国民のあらゆる階層から有為で多様な人材が法曹界に輩出されてきたのである。
 ところが、2010(平成22)年11月1日から、この給費制が廃止され、必要な者に生活資金を国が貸与する制度(貸与制)が実施されることとなった。給費制の見直しは、司法制度改革審議会の意見書等を受け、2004(同16)年11月に裁判所法が「改正」されて定められたものである。
 しかるに、裁判所法「改正」後、新たな法曹養成制度の出発点である法科大学院への志願者は年を追うごとに減少し、法学を学んでいない者(未修者)や社会人など他分野からの有為な人材の集まりにもかげりが見られる。この背景には、法科大学院(2ないし3年間)の費用が多額に上り、生活費の負担も大きく、また急激な法曹人口増により弁護士の就職が困難になるなどの経済的問題があることが指摘されている。
 このような現状のもとで給費制を廃止した場合、法科大学院時代の負債に加えて司法修習中にも更に負債を抱えることを余儀なくされ、経済的事情から法曹への道を断念する者が一層増大する事態が強く危惧されるとともに、統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれ、司法改革審議会意見書が目指した、貧富の差なく多様な人材を法曹に求めんとした新しい法曹養成制度の基本理念にも背理する結果となる。
 司法修習制度は、司法修習生が裁判官、検察官、弁護士のいずれになるかを問わず、わが国の司法制度を支える重要な社会的インフラ(基盤)であり、これを支える費用を負担することは国の当然の責務である。給費制を廃止することは、司法制度を支える法曹養成の責任を国が放棄することを意味し、これによって害を被るのは、優れた資質を備えた多様な人材からなる法曹、市民の目線にたった弁護士による援助の機会を奪われる市民である。
 よって、当福岡県弁護士会は、直ちに司法修習生に対する給費制を継続する法改正を行うよう、政府・国会・最高裁に強く求めるとともに、その実現のために全力を尽くす決意である。
 以上のとおり決議する。

                2010(平成22)年5月25日
                福岡県弁護士会定期総会

          提案理由        

1.貸与制の導入に関する裁判所法「改正」に至る経緯
(1)司法制度改革審議会意見書
   司法制度改革審議会は、2001(平成13)年6月12日、意見書において、給費制についての在り方を検討すべきであるとして「修習生に対する給与の支給(給費制)については、将来的には貸与制への切替えや廃止をすべきではないかとの指摘もあり、新たな法曹養成制度全体の中での司法修習の位置付けを考慮しつつ、その在り方を検討すべきである。」と述べた。
(2)裁判所法「改正」
   国会は、2004(平成16)年11月、給費制を廃止し修習資金の貸与制を実施することとして裁判所法を「改正」した(裁判所法67条の2 修習資金の貸与等)。ただし、実施時期は当初の法案では2006(同18)年11月1日からの実施予定であったが、貸与制について周知徹底するためとして実施が4年間延期され、附則で2010(同22)年11月1日が施行期日とされた。
(3)附帯決議
   その際、衆参両議院共通の附帯決議がなされ、1項で、改革趣旨・目的が、「法曹の使命の重要性や公共性にかんがみ、高度の専門的能力と職業倫理を備えた法曹を養成する」ものであること、3項で「給費制の廃止及び貸与制の導入によって、統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないよう、また、経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう、法曹養成制度全体の財政支援の在り方も含め、関係機関と十分な協議を行うこと。」が明記された。

2.裁判所法「改正」後の実情
(1)多様な入学者・志願者全体の減少傾向等
   新たな法曹養成制度の出発点である法科大学院について、司法制度改革審議会が望ましいとした法学部出身者以外の未修者や社会人入学者は、実情は、例えば2006(平成18)年度と2009(同21)年度を比較すると、法学未修者が3605名から2823名へと782名減少し、社会人が1925名から1298名へと627名減少しており、他分野からの有為な人材の集まりにかげりが見られる。
   そればかりか、法科大学院への志願者全体につき、初年度の2004年(同16)度では7万2800名、2005(同17)年でも4万1756名であったものが、2010(同22)年度では2万4014名(暫定値)と大幅に減少している。
(2)法曹志望者の減少の背景
   この背景には「法曹を目指すに当たり、投下する負担に比して危険が大きすぎる。」という心理が一般化し始めているとの指摘がある。
   すなわち、法科大学院の学費として、国立大学の場合、入学金が約28万円、年間授業料は約80万円となっており、私立大学の多くは、入学金が20万円から30万円程度、年間授業料は100万円から150万円程度になっている。このほかに教科書などの教材費がかかるほか、生活費も必要である。それに、社会人入学者は家族の生活を支えなければならない。現実には未修者が法科大学院で学ぶということは「1000万円もかかる大事業」となっている。
   日本弁護士連合会が2009(平成21)年11月19日、20日に実施した司法研修前研修(事前研修)の際、受講者である新第63期司法修習生候補者を対象に実施したアンケートによれば、回答者1528名中807名(52.81%)が法科大学院で奨学金を利用したと回答し、そのうち具体的な金額を回答した783名の利用者が貸与を受けた額は、最高で合計1200万円、平均で合計318万8000円にも上っていた。
   他方で、司法試験合格後の司法修習生時代においては、修習専念義務により兼職が禁止され、アルバイトを行うこともできない。
   更に、司法修習生には就職難が待っている。すなわち、急激な法曹人口増により弁護士事務所への就職が困難になっている上、公務員・社内弁護士など他分野への進出も現状では増員に見合うものにはなっていない。裁判官、検察官の増加もわずかである。
   その上に、現在の給費制が廃止されれば、兼職を許されない司法修習生は、相当の貯蓄がない限りは貸与制を利用せざるを得なくなる。仮に貸与制を利用した場合、基本額で月額23万円の貸与額は1年間の修習終了時点では合計276万円に上ることになり、上記アンケート結果を前提にすれば、新規弁護士の50%を超える者が、弁護士登録した時点で平均して600万円近くの借金を負っていることになる。給費制の廃止と貸与制の導入により、司法修習生を取り巻く経済環境は更に悪化するのである。
   近時、弁護士の就職難から、司法修習終了後直ちに独立する弁護士(いわゆるタク弁、ソクドク)や他の法律事務所の一角を借りて業務を行う弁護士(いわゆるノキ弁)が増加していることも指摘されており、これらの弁護士にとって、弁護士開業後の収入は極めて不安定で厳しいものがある。法科大学院や司法修習生時代の借金を返済することは容易ではないのである。
   このような現状では、多くの有為な人材が「法曹は、人生をかけて目指すべきものだろうか。」という疑問を持つのは当然の成り行きである。あるいはまた、高い志と能力を有しながら、経済的な理由だけで、法曹となることを断念せざるを得なくなる者が多数出てくることも容易に想像される。このままでは、法曹を目指す有為の人材が減少していくことに拍車がかかることは必至である。

3.司法修習生に対する給費制の廃止に伴う弊害
(1)有為な人材の確保
   わが国における従来の法曹の人材確保は、法曹資格の取得については貧富の差を問わず広く開かれた門戸であり、従来の法曹養成制度は、決して「金持ちにしか法曹になれない制度」ではなく、多様な人材が裁判官、検察官、弁護士として輩出されてきた。この点は非常に高く評価すべきであり、また、将来もそのようでなくてはならない。司法制度改革審議会も「資力のない人、資力が十分でない者」が法曹となる機会を求めている。
   貧富の差なく国民の各層から広く法曹が誕生することにより、真に市民のための開かれた司法が現実化し、市民の権利実現が果たされることになるのである。
   給費制が廃止されれば、21世紀の司法を支えるにふさわしい資質・能力を備えた人材が、経済的事情から法曹への道を断念する事態も想定され、その弊害は極めて大きい。
(2)司法修習生の修習専念義務
   最高裁判所は、従来から修習の実効性を挙げるために、司法修習生に対し兼業の原則禁止をはじめとする厳しい修習専念義務を課してきた。2004(平成16)年の裁判所法「改正」でも、その理念・方針には何ら変わりはない。司法修習期間が段階的に短縮され、近々1年に統一される状況において、司法修習生の質の低下を防ぐためにも、この義務は重要かつ不可欠である。
   この修習専念義務を担保するために、1947(昭和22)年に司法修習制度が創設されて以来、一貫して、司法修習生には国庫から給与が支給されてきたのであり、給費制があればこそ、司法修習生は経済的な不安を持たずに司法修習に専念することができたのである。
   この給費制を廃止しておきながら、他方で修習専念義務を課したままアルバイト等を禁止するというのでは、司法修習生に経済的に過大な負担を強いることになり、制度として無理がある。
(3)社会的責任(公共性)等公共心の醸成 ―弁護士の社会への貢献・還元―
   給費制は、現行司法修習制度の下で、法曹、とりわけ弁護士の公共性を制度的に担保する役割を歴史的に果たしてきた。
   すなわち、逮捕勾留された人に無料で接見に赴く当番弁護士制度、少年鑑別所に収容された少年に無料で面会に赴く当番付添人制度、市民相談の要となる法律相談センター事業の拡充、弁護士へのアクセスが難しい過疎地における公設事務所の開設など、弁護士・弁護士会による各種の公益活動は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の公共性・公益性を具体的な形として結実したものである。また、弁護士の人権擁護のための諸活動(例えば、人権救済、子どもの虐待防止活動、消費者保護運動、犯罪被害者支援活動、民事介入暴力対策、法教育等々)をボランティアで支えてきたのは、個々の弁護士の強い使命感にほかならない。
   しかし、経済的に困窮する弁護士が増えれば、公共心、使命感を持って、このような公益活動を担う余裕が失われ、ビジネスを優先せざるを得なくなることが危惧される。給費制の廃止、貸与制の導入が、多くの弁護士の資質や仕事の在り方に深刻な影響を与え、恵まれない人々、虐げられた人々のために社会正義を実現するという市民が期待する弁護士像から遠ざかってしまうおそれもある。

4.「国民の社会生活上の医師」としての法曹・弁護士
  司法制度改革審議会は、法曹の質を求め、法曹教育の在り方及び弁護士の役割について「国民の社会生活上の医師」であることを求め、弁護士に社会的責任(公益性)の自覚を求めている。司法制度改革審議会は、いわば弁護士を医師とパラレルに考えて制度設計をなすことを求めているとも言える。
  そこで、医師の養成制度と対比してみると、2004(平成16)年度から国家試験に合格した医師には2年間研修を義務づけられているところ、研修中はアルバイトなしで専念して研修することができる制度が設けられた。その後、医師の養成のためには、2008(同20)年度まで教育指導経費・導入円滑化加算費として毎年約160億円から171億円の予算措置がなされている。この医師は公務員だけではなく、もちろん民間医師も含まれている。2009(同21)年度からは臨床研修に国家予算が導入されており定着化している。
  このように、医師は民間人であっても市民の生命と健康を守る社会的インフラであるから、研修医の給与には国費が投入されている。「国民の社会生活上の医師」である弁護士をはじめ、市民の権利の実現ないし擁護者である裁判官、検察官を含む法曹養成のためにかけがえのない司法修習制度を医師の研修と並行して考えれば、現在の給費制を維持すべきは明らかである。

5.給費制を維持した場合の国家予算
  司法修習生の手当予算は、2007(平成19)年度において2376名の100億3000万円、2008(同20)年度において2408名の104億9900万円、2009(同21)年度において2327名の108億9400万円である。
  司法試験合格者は、当初2010(同22)年度には年間3000人となることが目指されたものの、現実には過去3年間は2100名から2200名程度で推移しており、その背景には、日本弁護士連合会の2008(同20)年7月の法曹人口問題に関する緊急提言のとおり、司法改革全体の統一的かつ調和のとれた実現をするためには、数値目標にとらわれず、法曹の質に十分配慮すべき状況にあることが指摘される。
  また、今後、旧司法試験制度が終息し、修習期間が全面的に1年間となることも併せ考えれば、司法修習生の手当予算は現状の100億円程度から大幅に増加することはないと考えられる。
  このように、今後の法曹人口問題も流動的であり、裁判所法改正時に予想された2010(同22)年度における年間3000名合格者による支出の増大予想は、その前提事実に大きな変動が認められる。

6.結論
  司法修習制度は、司法修習生が裁判官、検察官、弁護士のいずれになるかを問わず、わが国の司法制度を支える重要な社会的インフラ(基盤)であり、これを支える費用を負担することは国の当然の責務である。給費制を廃止することは、司法制度を支える法曹養成の責任を国が放棄することを意味する。また、弁護士は民間人ではあるが、そうであるからこそ、強い法曹倫理を背景に、国や地方公共団体と市民が対立する場合にも、市民の権利を擁護することができるのである。給費制を廃止することは「法の支配」を社会の隅々まで行き渡らせるという司法制度改革の目的にも背馳し、これによって害を被るのは、優れた資質を備えた多様な人材からなる法曹、市民の目線にたった弁護士による援助の機会を奪われる市民である。
  当福岡県弁護士会は、法曹養成を担う責任ある立場から、次世代の法曹を育成するため、2009(平成21)年5月25日に、「司法修習生に対し給与を支給する制度(給費制)に代えて2010(同22)年11月1日から実施される修習資金を国が貸与する制度(貸与制)の実施時期を相当期間延期し、給費制の復活を含めどのような援助措置が適切か制度全体の再検討に着手すべきである。」ことを政府・国会・最高裁に求める決議をなした。
  しかし、大変遺憾ながら、政府・国会・最高裁は、給費制廃止を何ら見直そうとはせず、他方で、法科大学院受験者の減少傾向は強まるばかりであり、状況は改善されることなくむしろ悪化している。
  また、法務省及び文部科学省は、法曹養成制度に関する制度ワーキングチームを設置し、2010(同22)年3月1日に第1回会議が開催されたが、貸与制を見直す方向での議論は見受けられない。
  以上の状況を踏まえ、日本弁護士連合会は、2010(同22)年4月15日に司法修習費用給費制維持緊急対策本部を設置し、各弁護士会と連携しつつ給費制維持のための運動を展開することを表明した。これを受けて、当福岡県弁護士会も、2010(同22)年5月14日に緊急対策本部を設置して、この問題に会を挙げて全力で取り組む方針を確認した。
  当福岡県弁護士会は、直ちに司法修習生に対する給費制廃止を撤回し、給費制を継続する法改正を行うよう、改めて政府・国会・最高裁に強く求めるとともに、その実現のために全力を尽くす決意である。
 以上

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